第163話 ロシェル村の悪代官
翌朝から残るかどうかの意思確認、そして残ろうとする者達の調査を忍軍に行わせた。残りたい理由、本人の能力、そして残しても問題は無いかどうかを。
「元々ここの出身ですので残ります」
「ここで所帯を持ちまして。このままここで働きたいなと」
「温泉から離れたくないです」
「え~っと……まぁ、いいじゃないですか! 領主様に忠誠を誓いますよ?」
最後の者は不正を行っていたようで、それを続けるために残ろうとしていた。有名観光地で実入りの良い領地、こういう者が出てくるのも仕方がない。
ジェイが領主になる前の事なので直接処罰はせず、捕らえて内都送りである。
最終的に残ったのは二割弱、連れてきた東天騎士の手を借りられれば当面の治安維持はなんとかなると思われる。
だが、問題はこれで終わりではない。
アルマ領内には温泉郷の町以外に村がひとつある。ロシェル村という山村なのだが、そこもジェイの管轄となる。
「あら、ロシェル村?」
「エラ姉さん、知ってるんですか?」
「ええ、名水で有名な所で、ダーナのお酒にも使ってるのよ」
アルマ温泉に隠れて影が薄いが、ロシェルもまたセルツにとって重要な土地である。
その説明を聞いてモニカが気付いた。
「ん? つまりジェイが、義実家の酒造の生命線を握る事に……?」
「……そういう事になるな」
これも冷泉宰相なりの詫びの一環なのかもしれないという事に。
だが同時にこのまま婚姻が上手くいけばロシェルとダーナのつながりを強固にできる。
アーロでは色々とあったが、それでも縁談は破談になっていない。ジェイがそうした。その事から冷泉宰相は、デメリットばかりではないと判断したのかも知れない。
そのロシェル村にも町と同じように代官がいるのだが、アルマ代官がマウントを取ろうとしたあの場にも来ていなかった。
それどころか今日に至るまで姿を現していない。引き継ぎの調整どころか、残るか去るかも分からない状態だ。
「……連絡も無しか」
まだ代官屋敷は引越しの準備が終わってないため、ジェイは宿の一室で報告を受けていた。
アルマ代官に確認したところ新領主が来る事は確かに伝わっているそうだが、ロシェル代官からの連絡はまだ無い。
「領主が来る事の意味が分かってないとは思えないけど……」
そう言いつつも自信無さげなエラ。
今までは管理する規模は違えど同じ「王家直轄地の代官」という事でアルマとロシェルの代官は共に王家直臣の立場にあった。
しかし、ジェイにアルマが与えられて子爵領になった今、ロシェル代官も子爵の配下。つまりは陪臣の立場となってしまう。
「このまま来ないとどうなるんですか?」
「ロシェル代官を決めるのは俺だから、俺に任じられない奴が居座ったら……不法占拠だな」
それも含めて華族としては常識であるため、この状況で連絡も無いというのは考えにくい。エラの自信の無さはそこから来ていた。
華族学園も卒業していない若僧新領主と、甘く見られている可能性も考えられるが……。
「一体誰がやってるんだ、ロシェル代官……」
調べてみたところ、どうも内都華族のコネで選ばれた者らしい。世木という男だ。
「ん? この名前は……」
「あ、こいつって……」
ジェイとモニカは、その名前に覚えがあった。
「サルタートの時に逃げたヤツじゃないか!」
第五次サルタートの戦い、三年前に国境であるサルタート川を越えて侵攻してきたダイン軍を、アーマガルト軍と東天騎士団で迎え撃った戦いだ。
「誰ですか?」
「開戦直前に逃げた寄騎だよ! よく覚えてる!」
明日香の疑問にはモニカが答えた。
あの時は出陣直前に祖父レイモンドが倒れ、現当主である父カーティスは頼りにならず、アーマガルト軍を率いるのは若干十三歳の嫡子ジェイナス。そして相手は、あの龍門征異大将軍だ。
ジェイの『影刃八法』もあって撃退できたが、蓋を開けるまではアーマガルトは敗れるという見方が強かった。
それでも国境の守りを任されて派遣されている以上、寄騎達は逃げる訳にはいかない。にもかかわらず我が身可愛さに逃げ出したのが世木だ。
「騎士の風上にもおけませんね」
ポーラの言う通りである。そういう騎士のその後の扱いというのはお察しなのだが、それがどういう訳かロシェル代官に収まっている。世木の持つコネは相当なものなのだろう。
「それは……顔を出せないでしょうねぇ」
呆れ顔のエラ。かつて見捨てた嫡子が英雄となり、新領主としてやってきた。それは確かに顔を出せたものではないだろう。
「……よし、忍軍を一部隊派遣しろ。今頃逃げ支度をしてるかもしれん」
これも普通ならば考えにくいが、実際に逃げた前科があるので否定できない。
本当に逃げるつもりならば、新領主としてジェイが来ると知った時点で動き始めていた事も考えられる。命じられた忍軍は、大急ぎでロシェル村へと向かった。
忍軍が戻ってきたのは翌日。世木代官の手紙を預かって戻ってきた。
「手紙?」
「はい、今は戻れぬ事情があるとかで……」
元々印象が良くない事もあって、ジェイは胡散臭げに受け取った手紙を開く。
そこにはサルタートで逃亡した事への謝罪から始まり、今は心を入れ替えて代官として尽力している事が、美辞麗句と共に書かれていた。ジェイは思わず眉をひそめてしまう。
更に現在名水の水源を維持するための工事中であり、そのためのお金も集めてしまった。途中でお役目を放り出すような真似は二度としたくないため代官を続けさせて欲しいとも書かれている。
「……モニカ」
「はいはい」
ジェイは手紙の内容については何も言わずに、隣のモニカにそれを差し出した。
受け取った彼女は、魔法『天浄解眼』を発動させてそれを見る。
書面上に書かれた文章の間違っている箇所が赤く光って見えるというモニカの魔法だ。
「うっわ……」
思わず眩しそうに目を細めるモニカ。なんと文面のほとんどが赤く光っていた。つまり手紙の内容は嘘だらけという事である。
ジェイもそのリアクションでおおよそを察した。
「逆に本当の所はあるのか?」
「名前と……お金を集めたってとこくらい?」
「そこだけですか……」
「水源の工事となると、多分ウチもお金出してるわ……」
これには明日香とエラも呆れ顔になり、ポーラは逆に真顔になった。
「モニカ、それはつまり……工事のためにお金を集めたと言っていますが……工事の話自体が嘘だという事ですね?」
「は、はい、ポーラママ……ていうか顔怖い……」
怖がったモニカは、ジェイにしがみついた。
ジェイはすぐさま忍軍を再度送り込み、実際には工事が行われていない事を確認。それを理由に世木を捕らえさせた。
ジェイの前に引っ立てられた世木。格式高い衣服にピンと整えられた口髭、その姿はアーマガルトで寄騎をやっていた頃に比べて随分と小奇麗になっている。
だが見開いた目でキョロキョロ落ち着きがなく、かえって情けなさを際立たせていた。
「どうするんですか? 打ち首ですか? 切腹を許しますか?」
刀を手に目を輝かせている明日香。ジェイも内心は乗りたいところだったが、領主としてはそういう訳にはいかない。
「……今回の件は王家直轄地で行われた不正だ。だから内都に送る」
王家直轄地だった時のロシェルで行われた不正で捕らえたので、処罰するのはセルツ王家の役目という事だ。ジェイ達もポーラ島に向かうので、その際に連れて行く事になるだろう。
残る問題は、世木が工事という名目で集めたお金をどうしたかだが……調べてみたところ、別の所に移されていた事が判明した。
「どこにだ? 世木を助けた内都華族がいるそうだが、そいつの所か?」
そのための手駒として世木を助けた可能性も考えられた。
しかし、調査をしていた忍軍は戸惑いつつもそれを否定する。
「それが……どうもポーラ島に持ち込まれているようなのです」
「……は?」
そう、内都の南方に浮かぶ島、ポーラ島。
世木は不正に蓄えた財産の半分ほどを華族学園がある島に送っていたというのだ。
その事実が判明したのは、二学期が始まるまであと五日の頃であった。
「世木」は「水をせき止める堰」の事です。
先祖が防衛戦で活躍して敵を食い止めたとかありそう。
国境を守るアーマガルトの寄騎になっていたのも先祖のような活躍を期待されたのかも知れません。
結果はご覧の通りですが。




