第162話 明日香「クロス・アウッ!!」
町の人達が大通りの両脇に集まり手を振って新領主一行を歓迎している。ジェイ達一行は隊列を整えてその間を進んで行った。
大通りには様々な店が軒を連ねているが、お土産物店や茶店などが多く、観光客向けという印象を受ける。アーマガルトや、ゴーシュの通りと比べての話だ。
やはりこの町は、観光地としての面が強いのだろう。これはジェイが新たな領主になっても変わらない、いや変えられない部分だと考えられる。
「さっきので残る人減るだろねぇ……」
獣車の中でモニカがポツリと漏らした。
先程のマウント合戦、ジェイは何事もなかったかのように振る舞ったが、その計らいも含めて今後の引き継ぎの調整に影響するだろう。
つまり残ろうとしても良い条件が引き出しにくくなる。それならば残らない事を選ぶ人も出てくるはずだ。
「構わんさ。全員出て行かれても困るけど」
しかしジェイは、それをさほど問題視していなかった。彼としては選りすぐりが残ってくれればそれでいいのだ。
右の窓からは明日香が満面の笑みで元気良く手を振り、左の窓からはエラが微笑みを浮かべながら控えめに手を振っている。
ジェイは交互に顔を見せてアルマの町並みを見る。魔法国時代から名湯で有名な町だけあって歴史を感じさせる町並みだ。
これがジェイ自身の領地となる町。大通りを見た限りでは観光地という印象が強い。
楽ではない。だが、やれない事でもない。そしてやりがいは有る。そんな事を考えながら、ジェイは獣車に揺られて行った。
そのまま一行は代官屋敷へと到着した。ここは直轄地だったので領主屋敷は無い。
しかし、歴史ある温泉郷だけあって代官屋敷も立派なものだ。温泉も引かれているらしい。
もっとも今まで住んでいた代官の荷物がまだ残っているようなので、今日は赴任の手続きをするだけだが。
新領主が決まってからまだ一週間ほどなので、こればかりは仕方がない。
まずジェイが獣車から降り、彼が手を貸して明日香、エラ、モニカの順で降りる。更にその後に降りてきた五人目を見て、居並ぶ寄騎達がどよめきの声を上げた。
「あ、あれはまさか……!」
「まさか、そっくりさんだろ?」
「えっ、本物? 魔神?」
最後に降りて来たのはポーラ。しかも、華族学園の教師のローブを着て、フードも被っている。
そう、彼等はその姿を知っていた。学園の講堂に飾られた大きな肖像画を見てきたのだから。
なおポーラとしては一時的にとはいえ代官をする事になったので、しっかりとした出で立ちで行こう程度で深い考えは無かった。
しかし代官や寄騎達の方はそうはいかない。マウントを取ろうとしていた相手の中に伝説上の人物がいた。それに気付いて顔を青ざめさせる者が続出であった。
その後の代官から新領主への引き継ぎがスムーズに進んだのは言うまでもない。ただし、多くの者が去っていくという形で。
歓迎の宴は去る者達の送別会も兼ねて後日という事になったが、この調子では送別会の方がメインという事になりそうだ。
その日の晩、ジェイ達一行は貸し切りにされた温泉宿に宿泊。セルツ建国のすぐ後の頃に創業した宿らしく、武士文化が色濃く残る和風の宿だ。部屋も和室である。
有名な露天の大浴場がある宿だが、そこは同行してきた騎士達が使う事になった。
彼等は有名観光地での宿泊もお目当てだったようで、ここを本陣として守りに就く!とか言いつつ温泉と食事、そして酒を楽しむつもり満々だった。
ジェイ達には備え付けの風呂が有る部屋に。護衛と侍女達は両隣の部屋に控えている。
夕食まで時間があるため、ジェイは先に露天風呂に入る事にした。
明日香がポポイと服を脱ぎ捨てながら、付いて行こうとする。
「ジェイ、ジェイ、背中流してあげますね♪」
「明日香、脱ぎ捨てない! ていうか前隠して!」
色々な意味で堂々とした明日香を、モニカが慌てて止める。
「そうですよ。婚約者がいるとはいえ、嫁入り前なのですから……」
「よ、嫁入り後でも隠した方が良いんじゃないかしら……」
なおポーラの衣服は魔神の肉体の一部であるため、脱ぐ必要すらなく一時的に消すだけだ。こちらはエラがおずおずと止めた。
明日香に湯浴み着を着せ、ポーラには湯浴み着姿に変ってもらってからジェイの後に続く。
「ジェ~イ~♪」
早速明日香がジェイの背中に飛びついた。婚約者達の中で最年少でありながら最も豊かに実った双丘が湯浴み着越しに押し付けられる。
まだまだ子供な彼女だが、ジェイの方はそうも言ってられずにピシリと固まった。
エラが続こうかとうずうずしていたが、流石に彼女のように無邪気にはなれなかったようだ。
明日香とジェイが腕を組んでぴっとりくっつきながら湯舟に浸かると、エラは少し離れたところの岩風呂の縁に腰掛ける。
「良いお湯ね……」
そう言って夜空を見上げる。本人は意識していないのだろうが、月明りに照らされたその姿は、アンニュイな表情と相まって、ジェイの目を惹きつけた。
その視線に気付き、エラはジェイを優し気な目で見つめて小さく微笑む。
月明りに照らされた紫がかった銀色の髪、スラリとした身体、その姿はまるで女神像のように神秘的にすら思えた。
なお内心ジェイにひっつく明日香を羨ましがっていたりするが、それはエラだけの秘密である。
そしてモニカはと言うと、ジェイが湯舟に浸かって落ち着いたのを見計らってすすすと近付いてきた。そのまま明日香とは反対側の隣をキープする。
幼馴染である彼女は知っている。ジェイは入浴時に考えをまとめようとする事を。
流石にここ数年は一緒に入浴してなかったが、子供の頃はモニカが隣で相談相手になっていた。
そんなモニカは、彼が今考えている事を察して声を掛ける。
「ねぇ、人足りそう?」
「…………微妙だな」
何気なくモニカの方へと視線をやるジェイ。子供の頃と同じ感覚であったが、目の飛び込んできたのはあの頃とは見違えた深い谷間であった。ジェイは思わず視線を逸らしてしまう。
それはともかく、ジェイが考えていたのは、今いるアルマの寄騎達が予想以上に去っていきそうだという事だった。
連れてきた東天騎士達の手前全員に残られても困るが、アルマをよく知る者達がいなくなり過ぎるというのも困る。
誰に残ってもらいたいか。それを調べるのも先遣隊の役目だが流石に時間が足りない。ジェイと共に来たアーマガルト忍軍も加わって、現在鋭意調査中であった。
「ジェイ、ジェイ、アルマ軍って無いんですか? あたし、鍛えますよ?」
「元直轄地だから、王国軍の管轄だったんだよなぁ……その辺はこれからだ」
「直轄地はそんなものよ。ダーナにもダーナ軍は無いわ」
エラが湯舟をかき分けながら近付いてきた。
「その分、寄騎が多いって聞くが……ここは特に多くないか?」
「それは観光客が多いからじゃないかしら?」
「治安維持のためじゃない? 町の寄騎さんってそんな感じだし」
交番のお巡りさんのようなものと考えると分かりやすいかもしれない。軍の代わりに彼等が治安維持を担うのだ。アーマガルトにもいたため、モニカはそういう寄騎達をよく知っていた。
アルマは観光客が多いため、その分治安維持のための寄騎が多くなっているのだ。
そんな話をしていると、ポーラも近付いてきた。
「連れてきた東天騎士達だけでは足りぬのですか?」
「う~ん……人数はいますけど、ちょっと微妙ですね」
東天騎士団は国境を守る防衛部隊であり、治安維持は専門外。だからこそ今いる寄騎をどれだけ残すかは重要であった。
「自主的に残ると言い出してくれれば……いや、それも調べないといけないか」
やる気があって残ってくれればありがたいが……そうとも限らないのが難しいところである。
「人数少ないと、調べるのは楽そうだね」
「……まぁな」
モニカの言う通りだが、それはそれで困るなとジェイは夜空の月を見上げるのだった。
今回のタイトルの元ネタは『究極!!変態仮面』の台詞です。




