第161話 マウント&サラリー
それからの数日は慌ただしく過ぎていった。
忍軍を一部隊派遣し、自分達もまたアルマへ向かう準備をする。
入学時にアーマガルトの力を見せるためと大規模な学生行列を行ったが、それと同じように新しい領主としての力を見せなければならない。
学生行列は王家が護衛を派遣していたが、ジェイがアルマ入りする時は自前で行列を用意する必要がある。
なお、アルマでの引き継ぎが終われば二学期が始まる前にポーラ島に戻らねばならないが、その時はアルマ子爵として学生行列を率いて行く事になるだろう。
その準備もあるため夏休みが終わる一週間前には、ジェイ達がアルマに到着するスケジュールで予定を立てている。
「温泉♪ 温泉~♪」
「明日香はのん気だねぇ……絶対引継ぎで大変になるのに」
「モニカさん、それは分かっています! でも、温泉が待ってるのも事実なんですっ!」
前向きな明日香に対し、モニカは憂鬱そうにため息をつく。彼女も温泉は楽しみではあるが、どうしても考えてしまうのだ。アルマに到着したら待っているであろう大量の書類仕事を。
「ねえ、エドさん。歓迎の返礼品、何が良いかしら?」
「そうですな、アーマガルト名物にこのようなものが……」
エラはアルマでの社交に向けての準備を今から始めている。
アルマに行けば、今いる代官からの引き継ぎと共に赴任中の騎士達と共に新領主関係の宴を催す事になるだろう。
どれだけの者が残り、そして去るかは分からないが、去る者達へのフォローも兼ねての対応だ。
今回の下賜の件、決めたのは王家と宮廷でありジェイに責は無い。しかしジェイがアルマを下賜された事で去る者達が出てきたのもまた事実であった。
先に派遣した忍軍から三日遅れでジェイ達もアーマガルトを発った。
同行するのは留守を守る者達以外のアーマガルト忍軍、それにアーマガルト軍の騎兵を一部隊と東天騎士団からの応援一部隊だ。
「えっと、どうして東天騎士団から?」
エラが首を傾げている。東天は東の国境を守る騎士団、私用で動かせるような者達ではない。
「あの人達も必死なんだよ……」
ジェイが答えながらチラリと明日香を見ると、今度は彼女が首を傾げた。
今、セルツとダインの国境は静かになりつつあった。二人の縁談が進められているためだ。
そのため東天騎士団もこれまで通りの備えは不要という風潮になっており、人員削減の波が押し寄せてきているのだ。
そこに舞い込んだのが、これまで何度も助け合ってきたアーマガルトの嫡子がアルマ子爵となったという報せ。首筋が寒い東天騎士団の面々が必死になるのも無理の無い話である。
東天騎士団も彼等を推薦する意図があった。ジェイにとっても見知らぬ相手より信用できると考えるとWIN-WINと言える。
先遣隊が引き継ぎの調整をする時間も必要だ。それなりの規模の軍勢を率いている事もあり、先遣隊と比べるとのんびりとした道程となった。
先遣隊から数日遅れで一行はアルマに到着。すると町の外に代官と騎士一同が勢揃いして一行を出迎えた。
「おおっ! 大歓迎ですよ、ジェイ!」
「そ、そうかなぁ~?」
獣車の窓から身を乗り出して喜ぶ明日香に対し、その陰で様子を伺うように覗き見ているモニカは少し警戒気味だ。
新領主を出迎えているようだが、モニカは同時に出陣直前のような雰囲気を感じていた。
「これは……出鼻をくじくつもりだったかな?」
ジェイがポツリと呟くと、モニカが「そう! それ!」と力強く同意した。
「出鼻をくじくって……ジェイの?」
「そうすれば優位に引き継ぎできると思ったんだろ」
「つまり、マウント取り合戦ですねっ!!」
明日香が身も蓋も無くまとめた。
つまるところ残るか去るか、まだ決めかねている者が多いのだろう。
ここで新領主に対して優位に立てれば、良い条件を引き出せるかもしれない。それなら残ってもいい。彼等の考えはそんなところではないだろうか。
「ちょ、ちょっと待って。ジェイ君は王家が選んだ新領主よ? それに対して、そんな事……!」
「珍しくもないさ。売り込むために力を誇示する。その人数が多いだけだ」
このエラとジェイの反応の差は、内都華族と領主華族の差でもあった。それぞれ求められる能力が異なるため、アピールの方法が全然違うのだ。
ジェイは寄騎にしてもらおうと訪ねてきた武芸自慢の自由騎士が「やあやあ、我こそは!」と自らの腕を誇示する姿を何度も見てきた。挑発混じりのやり方をしてきた者も珍しくない。
だからこそ今回の件についても、大した事は無いと考えていた。
一方で当てが外れたのは代官側だろう。各町村の代官達、寄騎達を揃えて出迎えたら、ジェイは自前の忍軍に国境を守る精鋭騎兵隊に東天騎士達を連れて来たのだから。
部隊の規模はジェイ達の方が大きく、出鼻をくじかれたのは代官達の方。力を誇示するという意味では大失敗だ。『アーマガルトの守護者』たるジェイをなめていたとも言える。
その結果代官達は、先頭に立つ精鋭騎兵隊に気圧されて縮こまっていた。
「それで、どうするのです?」
少々呆れ気味のポーラが、ジェイに問い掛ける。
「仕切り直しでいいでしょ。別にこっちはマウントを取りたい訳でもないですし」
という訳でジェイは何事もなかったかのように代官と話を進めて、アルマの町に入った。
仕切り直しと言うが代官は終始恐縮した様子で、事実上ジェイの方がマウントを取っている事は一目瞭然であった。
「町に入るだけでこれって、領主って大変なのね……」
疲れた様子で呟くエラ。華族学園を既に卒業している彼女だが、領主夫人としての勉強はまだまだこれからである。
今回のタイトルの元ネタは、PCゲーム『Mount&Blade』シリーズです。