第15話 第三短剣の攻防
PEテレは、商店街を通り抜けてそのまま南下した先、島の中心辺りにある。
そちらには学園関係者の住宅や繁華街、そして大きな古城があった。
「……あの城はなんだ?」
「ああ、あれは旧校舎ね」
ジェイの疑問に、エラが答えた。ポーラ華族学園の最初の校舎は、魔法国時代の城を流用したものなのだ。
「幽霊が出るって噂のとこですねー。立ち入り禁止なのに誰が目撃したんだか」
「そういえば幽霊を見つけると、成績が上がるって噂があったわね」
「成績が上がるんですか? その幽霊、すごいですねっ!」
新校舎に移ってから訪れる生徒は減り、今では繁華街もできたが、学生には少々近寄りがたい町となっていた。放送部のロマティも、来るのは二度目であった。
夜が本番の町なので、昼前の今は静かなものだ。
旧校舎以外の立ち並ぶ建物も、歴史を感じさせる赤煉瓦の大きな建物が多い。
そんな中でもPEテレは比較的新しい白塗りの壁だ。三階建ての屋上に掲げられた太陽を模したオブジェが遠くからも目立っており、迷う事なく到着する事ができた。
「周りの建物と時代が違うな」
「そうだと聞いてますねー。この辺って古い建物が多いんですけど、ここだけは撮影用に新しく造る必要があったって」
それでもこの町に建てられたのは、当時は旧校舎も現役でここが人の集まりなどから見ても島の中心だったからだ。
PEテレに到着すると、まず広いロビーが見える一面の窓が一行を出迎えた。
中に入ると天井は高く、魔動ランプの大きなシャンデリアがある。しかし、今は窓から光が入ってきており点灯はしていない。
床は毛足の長い絨毯だ。シャンデリアの真下に屋上のオブジェと同じく太陽をモチーフにした模様があった。
現時点で曽野は容疑者ですらないので、まずは受付でロマティが「連続暴走事件に関する件で曽野に会いに来た」と頼んだが、新人放送部員の彼女では会う事ができなかった。
そこでジェイが捜査を委任された風騎委員だと告げると、受付の態度は一変。一行は会議室らしき場所に通された。
中は長いテーブルが四角に並べられており、奥の壁には黒板が掛けられている。ジェイ達が入り口付近の席に着いて待っていると、背が高い男性が入ってきた。
年の頃は三十を越えているだろうか。面長で額が広く、眼鏡を掛けており、無精ひげを生やしている。服装もよれよれで、どこか辛気臭い雰囲気を漂わせている。
席に着いた彼は、ギョロリとした丸い目でジェイ達を睨みつける。その視線には敵意が感じられた。忙しい時に訪ねたから……だけではなさそうだ。
「私が曽野だ。風騎委員が何の用だね!? まさか、風騎委員が逮捕された件を報道するなというつもりではないだろうね!?」
曽野は不機嫌そうに声を荒げて机を叩くと、モニカが怯えてジェイにしがみ付く。
「そうではありません。これと同じ物を持っていると聞きまして」
しかしジェイは全く動じず、布の包みから例の短剣を取り出し、曽野に見せた。
その瞬間、曽野は目を見開いて腰を浮かす。
「そ、それが何だと……! 知らんな! そんな用なら帰ってくれ……」
曽野は上ずった声で捲し立て、そのまま部屋を出ていこうとする。ジェイはその背に鋭い声を投げ掛ける。
「落ち着いてください、曽野さん。これを所持している事自体は罪ではありません……何故、逃げるんです?」
やましい事があると言っているようなものだ。曽野もそれに気付いたようで、不承不承戻ってきて再び席に着いた。
「持っているのですね?」
「……ああ、それは罪ではないのだろう?」
そう言って曽野は椅子に背を預け、フンッと鼻息を荒くしてふんぞり返る。
「ええ、ですが暴走して事件を起こしたら罪です」
曽野は不機嫌そうにそっぽを向く。しかし、驚いた様子は無い。
「……これが原因だと分かっているみたいですね」
眉がピクリと動いたが、それでも曽野は無言を貫く。ジェイは大きく溜め息をつき、明日香に彼の荷物を調べて来るよう頼んだ。
曽野が慌てて立ち上がり、明日香を止めようとするが、ジェイはそれを視線で制した。射抜くような目に怯えの色を見せた彼は、諦めたかのようにうなだれる。
「……仕事の資料もある。勝手に机を漁らないでくれ」
絞り出すような声だ。ジェイの言う通り、短剣を持っている事自体は罪ではない。
にもかかわらずこの態度、やはり彼は短剣について何か知っていると見るべきだろう。知られてはいけない何かを。
「では、短剣はどこに?」
「…………こっちだ」
そう言って曽野は会議室を出た。ジェイは短剣を再び布に包み、それを手に後に続く。
そして一行をスタッフルームに案内した。そこは他のスタッフが大勢いて、入った瞬間に彼等の視線が一斉にジェイ達に集まった。
天井から番組名が書かれたプレートが吊り下げられており、その下に机が集まって島を形成している。島同士の間は狭く人の行き来がしにくそうだ。人が多いから尚更である。
曽野の机は『PSニュース』の島にあった。彼を訪ねてきたのが風騎委員と知っているのか、それとも雰囲気を察したのか、近くのスタッフ達は席を立って離れていった。
ジェイもエラ、モニカ、ロマティは距離を取らせ、明日香と二人で後をついて行く。
スタッフ達も何事かと遠巻きに見ている中で、曽野は自分の机の引き出しの中から、新品の鞘に収められた短剣を取り出した。
例の悪趣味な角ドクロの柄に魔素結晶が嵌め込まれている短剣。間違いない、ボー、アルバートに続く「三本目の短剣」だ。
短剣を手にうなだれる曽野に、ジェイが問い掛ける。
「それをどこで手に入れたのか……教えてもらえますね?」
彼は手にした短剣を見つめながらポツリポツリと話し始める。
「これは……行きつけの酒場で手に入れた物だ……ああ、店主は関係無い、と思う。店に来ていた客から買った物だからな……」
「その客は?」
「初めて会った男だった……名前は聞いてない……」
「そんな怪しいヤツから買うとか、止めようよ……」
モニカがボソッとツッコんだが、曽野が視線を向けるとぴゃっとエラの背に隠れた。
「ただの短剣として買った訳ではないのでしょう? どう使うかは聞いていますか?」
「…………さて、な」
その問い掛けに対して、曽野ははぐらかした。知らずに買ったとは考えにくい。隠していると見るべきだろう。
ただ、短剣を持っているだけでは曽野を捕らえて調べたりする事はできない。
また限りなく黒に近いグレーだが、短剣が暴走の原因だと確定もしていない。
だからジェイ達は、現時点では曽野から短剣を提出してもらう必要がある。
「では、その短剣……回収させていただけますか? 二件の暴走事件、原因はその短剣にある可能性が高いので」
「君は真面目だなぁ……うん、良い風騎委員になれると思うよ。私が保証する……」
曽野はニィッと唇の端を釣り上げて笑う。
「長年、南天騎士や風騎委員を見てきた私がひとつ教えてあげよう……!」
その瞬間、ジェイの背に悪寒が走った。
曽野が短剣を鞘から抜き放つが、それを振るうよりも先にジェイが布に包まれたままの短剣でそれを斬り上げるように弾き飛ばした。
曽野は慌てて短剣を追い、ジェイと明日香も弾かれるように駆け出してそれを先に回収しようとするが、曽野や他の椅子が邪魔になって追い抜けない。
周りにいたスタッフは抜き身の短剣が飛んできたのを見て避けるが、曽野は逆に短剣の落下地点に飛び込み、危険を顧みずに素手で短剣を掴み取った。
「そこまでだッ!」
しかしここでジェイが追い付き、曽野の腕を踏みつけた。
続けて明日香が追い付き、曽野の手からナイフを取り上げる。
「うわっ、手が切れちゃってますよ!」
曽野が咄嗟に掴んだのは刃の部分だったようで、掌と指から血が流れている。
「止血する。おとなしくしていろよ」
ジェイは手首を掴んで持ち上げ、ハンカチを使って血を拭いとる。
「なっ……!?」
その時彼は気付いた。曽野の掌の傷は既に血が止まっている。いや、それどころか傷口が泡立ち、今にも治りかけている事に。
「ジェ、ジェイ! これ、消えてます! 魔素結晶が!」
明日香も気付いた。回収していた短剣の柄から三つの魔素結晶が消えている事に。
「フ、フフ……勉強になっただろう? 時には強引に事を進める事も必要なんだよ……こういう事になるからねぇ……!」
その瞬間ジェイは、曽野の身体が膨れ上がった、ような感覚を覚えた。
これはヤバい。距離を取るだけでは済まない。咄嗟にそう判断したジェイは、曽野の背中を蹴り飛ばし、周りの机に叩き付けた。
そのまま曽野は、いくつか机を薙ぎ倒して床に倒れる。
スタッフ達が悲鳴を上げ、危険を感じたモニカはエラの手を引いて更に距離を取る。
ロマティも距離を取ったが、こちらは全体がよく見える位置に移動するためだった。
「いたた……ヒドいな、暴力風騎委員ってニュースにされたいのかい……?」
腰を押さえながら立ち上がる曽野。膨れ上がった気配は消えていない。それどころかどんどん大きくなっていく。
それよりも問題は、曽野がまだ話せている事だ。ボー達とは別の何かが起きている。
「暴走、してないのか……? まさか!?」
短剣に仕込まれていた『一回分の魔素』は、なんらかの儀式用の可能性があった。
ボーとアルバートが暴走していたのは、それが失敗したからだと考えられていた。
では、それが成功したらどうなるのか? その答えが今、目の前にある。ジェイはそう判断し、布に包まれたままの短剣を放り投げて腰の剣を抜いた。
しかし曽野は、臨戦態勢を取ったジェイに目もくれず、両手を天に掲げて歓喜の高笑いをあげる。その様はまるで何かのタガが外れたかのようだ。
「やっぱりだ! やっぱり私には才能があったんだ!!」
そう叫んだ曽野が、完全に治った掌をジェイに向けて突き出した瞬間、曽野の掌から人間の頭ぐらいありそうなサイズの火球が放たれた。
ジェイは手近な椅子を蹴り上げ、火球にぶつけて相殺する。
だが、曽野は余裕を崩さず、机の上に登ってジェイを見下ろす。
「教えてあげようか? あれはねぇ……魔法使いになるための短剣なんだよ……!」
「まさか!? そんな簡単に……!」
ジェイが驚きの声を漏らすと、曽野は再び天を仰いで高笑いをする。今度は両手から炎を噴き出した。
「そう……簡単じゃないんだよ! 分かってるじゃないか、君ぃ! 才能が無ければ、あの二人のようになってしまうからねぇ……!!」
つまり、曽野には二人と違って魔法の才能があったという事だ。現に彼は両手から噴き出す炎を自在に操ってみせている。
にわかには信じられないが、本当に魔法使いになったようだ。
確かにボー達のような暴走状態ではない。しかし、別の意味で暴走している。取り押さえねば、周りが危険だ。
ジェイが明日香に視線を向けると、彼女も同じ結論に至ったようで、コクリと頷いて刀を抜いていた。
「エラ、皆の避難を!」
視線は向けずにそう伝え、ジェイは曽野に斬り掛かった。
今回のタイトルの元ネタは、歴史書『第三帝国の興亡』です。