第158話 それぞれの帰郷
宮廷会議の紛糾をよそに、ジェイ達はメアリーとケイを送り届けた翌日にはカムートを発っていた。
それもメアリー駆け落ちの件を重く受け止めていないと示すための行動だったが、宮廷会議に参加する面々にはこう見えるだろう。
褒賞に納得できなかったら、いつでも幕府に寝返る事ができる、と。
ジェイはそこまで考えていないのだが、効果抜群であった事は確かである。
その後冷泉宰相は、こちらも放ってはおけぬと忙しい合間を縫ってメアリーとケイに会って話をする。
「お、お爺様……申し訳ありませんでしたーっ!!」
「多大な御恩を受けておきながら、申し訳ありません!!」
そろって頭を下げる二人に、ケイを殴り倒したい衝動にかられた宰相だったが、宮廷で鍛えた忍耐力でなんとか耐えた。
それからアーロで何があったのかを詳しく説明させたところ、宰相はケイの祖父が魔王教団の人間であった話などを知る事になる。
「ま、魔王教団高齢化問題……!」
自分の年齢が年齢だけに、色々と突き刺さる冷泉宰相。
だが、重要なのはそこではない。ポーラ華族学園が、魔王教団関係者の入学を許し、卒業させていた事。これは見逃せない。
果たしてこれはアーロだけの問題なのだろうか。連合王国を形勢する五つの国、セルツを含む残りの四国にも魔王教団が潜んでいる可能性は考えられないか。
今回の件は、魔王軍の残党がセルツから落ち伸びた先が後に連合王国に組み込まれた事で残党の末裔も連合王国の一員として取り込んでしまった事が原因だ。
他の三国もアーロと同じような経緯で連合国入りしている。有り得ない話ではない。
ただでさえ難問を抱えているのに、また新たな問題を持ち込まなければならない。宰相は明日の会議の面々がどんな表情をするかを思い浮かべ、大きくため息をつくのだった。
結局二人の処分に関しては、メアリーは華族学園入学まで厳しく教育のし直しという事になった。
そしてケイはメアリーと別れさせ、冷泉家の料理人としての復帰も無しで放免となった。ケイは神妙な面持ちで聞いていたが、メアリーの方は不服そうだ。
「そんな! ケイはゴーシュで新しい名物と作ったり活躍を!」
「それがあるから功罪相殺にできたのだ。そうでなければ処罰を下しておったわ」
「その通りです、お嬢様……」
ケイの方は納得している様子だ。既に覚悟はしていたのだろう。
「……まぁ、励むがいい。今後の活躍次第では……考えなくもないとだけ言っておこう」
そう告げる宰相だったが、それがどれだけ高いハードルであるかは分かっていた。
それでも告げたのは、細い可能性でも希望を見せる事でメアリーがまた暴走しないように牽制するためのもの。再教育は厳しいものとなるため、その保険としての布石だ。
そしてケイに対しては、上手くいけば儲けもの程度の考えによるものだった。
屋敷から去っていくケイ、それを見送るメアリー。そんな二人の姿を宰相は窓から見つめている。
今回の処分は、少々甘いものだと言える。再教育については甘くするどころか厳しくいく事になるだろうが、それはそれである。
こうなったのは、ジェイ側の大事にしたくない意志を酌んでの事だ。
実際重い処罰となれば、ケイだけでなくメアリーもただでは済まなかった。そういう意味では祖父としての情が、ジェイ側の計らいに助けられたとも言える。
もし重い処罰が下されていれば冷泉家の跡取りはエラのみとなり、ジェイとの縁談にも影響を及ぼす事になっていたので、悪くない判断だったのは間違いないだろう。
「とはいえ、こちらの借りの方が大きいのは確かか……」
冷泉家が問題を起こしたのに、被害者であるジェイにフォローしてもらった形となっている。
この恩、まずは宮廷会議の報酬の件で返していかねばと考える宰相。この後また会議があるため、執事に命じて登城の準備を進めさせるのだった。
そんな宮廷の面々を悩ませているジェイ達だが、こちらは何事もなく海路でアーマガルトに到着していた。
シルバーバーグ商会の船での帰郷なため、到着した港は大きな倉庫が立ち並んでいる。
当然ジェイ達が乗ってきた船にも荷物は積まれており、ジェイ達が下船する横で荷物の積み下ろしが始まっていた。
「若様だー!」
「お帰りなさいませー!」
普段は関係者以外いない港だが、先触れの使者を出していたためか、おらが町の若様を出迎えようと港には領民達が集まっていた。
皆少々興奮気味で、下船してくるジェイ達の所に押し掛けないよう兵がバリケードとなっている。
「ジェイ、大歓迎ですねっ!」
「なかなか慕われていますね。良い事です」
「戦場帰りの時のノリだな」
明日香とポーラはそれを我が事のように喜ぶが、ジェイは騒ぎ過ぎだと感じていた。
とはいえこの熱狂ぶりも無理は無い。元々この地を守ってきた若様という事で人気があったというのもあるが、今回はそれに加えて魔神討伐を達成して帰ってきたというのもあるのだから。
「ジェイ、いつまでもここにいたら騒ぎが収まらないわ」
「ほら、パパが獣車用意してるから」
エラとモニカに促されて獣車に乗り込み、領民達に歓声と共に見送られながら港を出て行った。
ジェイの乗る獣車に気付いて手を振る町の人々。それに手を振り返しながら一行は昴家の屋敷へと到着。周りには港ではなく、こちらに集まった領民達の姿があった。
屋敷の門の前には祖父レイモンド、父カーティス、母ハリエット、そして屋敷の使用人一同が揃っている。
獣車を降りたジェイは、背筋を伸ばして毅然とした態度だ。自分の屋敷だが、領民達の目がある以上ここは儀礼の場なのである。
エラとモニカは慣れた態度で彼に続き、いつのもノリで元気よく獣車から飛び降りた明日香は遅れてそれに気付き、慌てて居住まいを正して二人の横に並ぶ。
そして最後に獣車を降りて来たポーラに、領民達からどよめきの声が上がった。彼等は『賢母院』の肖像画を知らないので、婚約者が増えたとでも思っているのかもしれない。
背後から聞こえてくる声に後で誤解を解いておかなければと思いつつ、ジェイは態度を崩さずレイモンドの前に立つ。
「お爺様、ただいま戻りました」
「ウム、よくぞ戻った」
レイモンドは鷹揚とした態度で頷き、そして両手を広げてジェイ達を出迎えた。
使用人達が門から屋敷へと続く道に列を作り、ジェイ達はその間を通って屋敷へと向かう。
そして屋敷に入って領民達の目が無くなったところで、エラはおずおずと尋ねる。
「あの……今の当主ってお義父様ですよね? どうしてお義祖父様が中心になって出迎えを?」
するとカーティスは、力無く肩を落として答える。
「ほら、僕威厳無いから……」
「自慢の孫を出迎えるって、お父様が張り切ってただけよぉ!」
ハリエットが笑いながらフォローを入れた。要するに先程のは「領主名代」という名目でレイモンドが代わりに出迎えたという事だ。
もっともカーティスも自慢の息子を出迎えたかったので、レイモンドに押し負けてしまった事もまた事実であった。
ジェイへの褒章については、宮廷や大神殿の面々が頭を悩ませている最中ですのでもう少しお待ちください。
冷泉宰相も動きますので、そう悪い事にはならないでしょう。