第157話 カムート銭闘会議
「では、宰相によろしくお伝えください」
「は、はい、必ず……」
カムートに帰還してオードや取材班と別れたジェイ達は、すぐに冷泉家にケイとメアリーの二人を送り届けた。
モニカの父エドが事前に用意し、身なりなど船内で整えてきたので問題は無い。
生憎と宰相は登城しており不在だった。先程呼び出されたばかりで、入れ違いになったとの事だ。アーロの件で会議が行われているのだろう。
思っていたより早いと考えたジェイだったが、それはそれで好都合だと手紙をしたためて託すとそのまま帰宅する。
手紙には代官代理の実習でエラに助けられた事、ケイが新メニューを開発し、百夜祭で好評だった事。メアリーがその屋台を手伝っていた事が書いてある。
駆け落ち云々については触れていない。手紙を託してすぐに帰った事もそうだが、今回の件を大事と捉えてはいないと示すためだった。
この後ジェイ達は、学園に寄って長期実習中止の件について報告。
本来ならば長期実習が終わった後にレポートを提出しなければならないのだが、状況が状況なのでそれは夏休み明けという事となる。
「……ハッ! 大変です、ジェイ!」
そして学園からの帰り道、獣車の中で明日香がある事に気付いて声を上げる。
「アーマガルトに帰るのですから、お義母様達にカムートのおみやげも買っておくべきですか!?」
「そうだな。出発は明日だから、今から買いに行けばいい」
アーロまで迎えに来てくれたエドだが、しっかりアーロの品を仕入れてきている。
半分はカムートで降ろし、その分アーマガルトで仕入れをするため、出発は明日となっていた。
という訳でジェイ達は持ち帰るおみやげを買い、逆にアーロみやげを配ったりして一日を過ごす事となる。
「なんでそっちの実習の方が早く終わってんだよーーーっ!?」
「むしろ、なんで補習がまだ終わってないんだ」
もっとも夏休みの途中だったため、おみやげを渡せたのは補習中の色部ぐらいだったが。
それからジェイ達は一日掛けて帰還の準備を整え、翌朝シルバーバーグ商会の船で故郷アーマガルトに向けて出港する事となるのである。
一方カムート城謁見の間では、少年王アルフィルクの名の下に宮中伯が集められて会議が行われていた。
セルツ王家はジェイ達をアーロに送る際に、密かに極天騎士団から護衛を送り込んでいた。どこにいたかというと、実は取材班の中である。
ジェイ達が隙無く動いていたため護衛としての仕事は無かったが、今回の件を詳細に知る事ができた。
彼等は帰国と同時に極天騎士団長の武者大路宮中伯に報告。そこから王家に伝わって、バルラ太后が宮中伯達を招集。冷泉宰相は大急ぎで登城したという流れだ。
今回攻められたのはアーロだったが、魔王軍の最終目標がカムートであった事は想像に難くない。こここそが、かつての彼等の都だったのだから。
そのためセルツにとって今回の件は対岸の火事などではない。集まった面々は皆真剣な面持ちだ。
玉座に座る少年王はいつも以上に緊迫した空気に若干怯えが入り、不安気に側に控える春草騎士団長愛染の裾を掴んでいる。
魔王軍残党への対策については、大きな問題は無い。簡単ではないが、やるべき事がハッキリしているからだ。
問題はもうひとつの方、サルド・カルド、ワルム・カルドと二柱の魔神を倒してアーロを守ったジェイにどう報いるかである。
報いないと言っている訳ではない。魔神討伐という功績が大き過ぎて、どれだけ報いるかが問題となるのだ。
「やはり昇叙ではありませんか?」
武者大路がそう提案すると、冷泉宰相が呆れるような顔で彼を見た。
「なんだ宰相、言いたい事があればハッキリ言うがいい」
「ならば……伯は誰を昇叙しようとしているのかな?」
「それは無論、功績を立てた者……貴様のところの婿と言った方が良かったかな?」
武者大路としてはケチをつけてきたから言い返してやったと得意気だが、冷泉の方はこいつ分かっていないと言わんばかりに大袈裟にため息をつく。
「まだ分からんのか……伯の言う功績を立てた者の爵位は何だ?」
「何を言うか、アーマガルトは……辺境……」
「伯」と続けようとしたところで、武者大路が言葉を詰まらせた。
「そうだ、今の辺境伯は父親の方だ。ジェイナスは後継者に過ぎん」
つまり、アーマガルト辺境伯昴家を昇叙しようとすると、それを受けるのはジェイではなく父カーティスになってしまうのだ。
これは子の功績を親が取る事になるのでよろしくない。
「そもそも戦の功績ならば、騎士団が報いるべきではないか?」
「『アーマガルトの守護者』が騎士団員ならばそうしておったわ!」
言い返す宰相に、武者大路は即座の反論。冷泉の方も間違っている事を承知の上での軽口である。
「……辺境伯家を継がせた上で侯爵にするというのは?」
「『アーマガルトの守護者』は、まだ一年ですぞ!」
「カーティスは領主として何か問題を起こした事もありません。無理があるかと」
バルラが提案すると、軽口を叩きあっていた武者大路と冷泉が口々に反対した。
そもそもポーラ華族学園を卒業しなければ華族家を継ぐ事ができない。それは連合王国の法で定められた事である。
それは彼女も薄々分かっていたようで、すぐに意見を取り下げた。
「……仮に昇叙するとしても侯爵まで。魔神を二柱討伐して位階ひとつとは大変ですねぇ」
更にアルフィルクを宥めていた愛染がふと口を開いた。するとそれを聞いた宮中伯達が互いに顔を見合わせてざわめき始める。
辺境伯というのは国境の守りなどを任されているため強い権限を持っているが、宮廷の序列としては伯爵と同位であり上から三番目にあたる。そして侯爵は、そのひとつ上だ。
それが実現してしまうと、魔神を二柱討伐しても位階ひとつ分の功績という「前例」ができてしまう。
今後どんな功績を立てたとしても、その前例と比較されて「その程度の功績では昇叙は無理」と言われかねないという事だ。
これもやはりよろしくない。
ならば一気に侯爵の上、最高位である公爵にすればいいのかと言うと、話はそう単純ではない。
セルツにおいて公爵家は、王家の血を引いていなければならない事になっている。そして昴家は、その条件を満たしていない。
ならば王族を降嫁させて……というのも、これまたよろしくないだろう。ただでさえトリプルブッキングしている縁談に余計な一石を投じる事になってしまう。
ならばどうするかという話になるが……。
「アーロはどうすると言っているのです?」
バルラ太后の問い掛けに冷泉と武者大路は顔を見合わせる。
「それはまだ……あちらも頭を悩ませている最中でしょう」
武者大路の返答に、バルラは扇で口元を隠してため息をついた。
結局この件についてはああでもないこうでもない、あちらを立てればこちらが立たずとその日の内には結論を出せずに終わる。
放置できる問題でもないため、当然翌日も宮中伯が呼び出されて会議が行われる訳だが……それが何日続く事になるのかは、今の彼等には予測もできなかった。
なおその間、冷泉宰相にも余裕が無く、メアリーとケイは屋敷で謹慎状態のまま放置される事となる。
事情が分からぬ二人、特にメアリーは戦々恐々の日々を過ごす事になるが、それは余談である。
銭闘とは、プロスポーツ等で給料の交渉をする事です。
今回の場合、まずどれだけ提示するかを話し合っている感じですが。