第154話 祭りのあと
ゴーシュの夜空に次々と大輪の花を咲かせる花火。
その美しい光景に、酔ってケンカをしていた人もその手を止めて夜空を見上げている。ケンカを止めようとしていた明日香が呆れる程にあっさりと。
「明日香ーっ!」
ロマティが大きく手を振り、ポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきた。
彼女は可愛らしい浴衣姿でイベントの司会を担当していたが、花火が百夜祭の最終イベント。彼女の担当の方はもう終わったのだろう。
浴衣姿で駆けてきたため裾が乱れているが、急ブレーキで明日香の前に止まると、明日香の侍女がささっと手早く裾を直した。
ロマティはその間にキョロキョロと辺りを見回し、周りに聞こえぬよう明日香の耳元に顔を近付けて小声で話し掛ける。
「イベントが終わってから聞かされてビックリしましたよー。魔神軍団、大丈夫なんですかー?」
「はい、流石ジェイです! 百夜祭も無事に終わって完全勝利ですねっ!」
この平和な光景も、魔神軍団襲撃の件が皆に伝わらないまま解決できたからだ。
ポーラも港を出たところで子供達とは別れ、町の人には見えないように裏通りを通ってポリュプス・ポルポを運んでいた。
祭りを取材していたユーミア達取材班は、ケイとメアリーの屋台を取材していたところで花火の時間を迎えていた。
「ありゃ、ボクが助けにくる必要無かったみたいだね」
「はい、おかげさまで! 無事完売です!」
もし売れ残りがあったら、最後は自分が買ってしまおうとレイラと共に訪れたモニカだったが、その必要は無かったようだ。ペスカバーガーの屋台は無事に完売である。
抱き合って喜びあうケイとメアリーの二人。取材班を手伝っていたオードは、それを見せられ複雑な表情だ。
「……ドンマイですよ~」
ちょっと困ったような笑顔のユーミアが、その肩をポンと叩いて慰めていた。
その後ろで取材班長達もうんうんと頷いている。彼等も華族学園卒業生、こういう悲喜こもごもは見慣れて、いや自身も経験しているのかもしれない。
やがて花火の打ち上げが終わると共に、百魔祭も終わる。
先程までの歓声も過ぎ去り、しんと静かになった大通り。屋台をやっていた大人達は祭りの後片づけを始め、それ以外の者達は一足先に帰路に着く。
なお後片づけ側はこの後、打ち上げの宴会があるらしく、ユーミア達はそちらも取材するとの事だ。
なお、帰路に着く子供達をカメラに収める役目はロマティに任せられた。
モニカはレイラを家まで送っていくので、明日香とロマティもそれに同行する事になる。
一方その頃、『愛の鐘』亭ではエラが花火が終わり静寂が戻った夜空を、寂しげな目で見つめていた。
報告はまだ届いていないが、エラの下まで届くような騒ぎは起きていない。百夜祭は無事に終わったという事だ。
しかし、エラの表情は晴れない。そわそわと自らの袖をいじっている。
祭りは無事に終わった。しかし、それは魔神が町までたどり着かなかっただけであり、ジェイ達の勝敗についてはまだ分からないのだ。
まだ戦っているのか、それとも既に決着はついたのか。だとすればどちらに……。
花火が上がっている間はそれを見ていたが、終わってしまった今は、俯いて床を見ながら、落ち着かない様子で窓際をうろうろとしている。
「……何やってるんだ?」
その声にハッと顔を上げると、窓を開き、窓枠に腰掛けて靴を脱ごうとしているジェイの姿があった。
「すまないな、遅くなって」
汗だくで疲れている様子だ。相当な激闘だったのだろうと感じたエラは、感極まって抱き着こうとするが、直前にそれでは外に押し出しかねないと気付いて踏み止まった。
「と、とにかく中へ……」
靴を脱ぎ終えたジェイの手を取り、エラは彼を部屋の中への引き込んで窓を閉める。
「大丈夫? 怪我は無い?」
そう言いつつエラは、ジェイの身体を触りながら確認しようとする。
部屋の明かりの中で見ると、大きな怪我こそしてないものの服がボロボロになっているのが分かった。
ジェイ自身戦闘中は気に留める余裕も無かったが、鋭い氷がかすめて切り裂かれた部分、それに高熱と冷気に晒されてダメになった部分も多い。
「こんなに……息切れもして……」
「いや、それは急いで帰ってきたからで……」
魔神を倒したものの、自分の位置を見失っていたジェイ。こうして戻って来れたのは、花火のおかげでゴーシュの方角が分かったおかげだ。
最初の花火に気付くと、早く戻ってエラを安心させねばと大急ぎで戻ってきたのだ。
本当に疲れていたようで、ジェイはソファにどかっと腰を下ろした。
そしてボロボロになった上着を脱ぐ。ただの服ではなくれっきとした防具だが、もはやその役割は果たせないだろう。
エラはいそいそと飲み物を用意してきて、その隣に座った。
手渡された水を飲んで一息つくと、ジェイはソファにもたれ掛かりながらエラに問い掛ける。
「見てくる時間が無かったんだが……百夜祭の方は?」
「はい、ここまで報告が来るような事は……無事に終わったようです」
「そうか……」
天井を見上げるジェイ。そして身体を起こし、エラの顔を見る。
「ありがとう、エラ」
「い、いえ! お礼を言うのは私の方です! ジェイが魔神を止めてくれなければ……」
見つめ合う形となったが、エラが慌てて視線を逸らそうとする。
しかしジェイは彼女の頬の手を当ててそれを止めた。
「エラに留守を任せられたから、俺は戦いに行けたんだ。お互いできる事をやった。だから、お互いに感謝の気持ちを忘れない」
「お互いと言うにはあまりにも……」
「それでいいんだよ。役割が違うからな」
「それでいいんでしょうか……?」
自分がした事はジェイにもできるが、ジェイがした事は自分には不可能……というがエラとしては気になっていたが、彼は気にしなくていいと笑うばかりだった。
「じゃあ、風呂に入らせてもらうよ」
冷気に冷やされ、高熱で汗をかき、その状態で風を切っての高速移動。戦闘以外のダメージも少なくない。
「えっと、大浴場に?」
「いや、この部屋で済ます。魔神についてどこまで伝えていいか分からないからな。この格好を見られるのは避けたい」
要するに、大浴場に行く前にわざわざ着替えるのが面倒臭いという事だ。
「それなら私も一緒に。すぐに用意するわね」
「いや、エラはここで報告を……」
「もう百夜祭は終わったみたいですし、モニカちゃんと明日香ちゃんが戻ってくるわ」
そう言いつつ、いそいそと入浴の準備を進めていくエラ。緊張感から解放されて、いささか気分が高揚しているのかもしれない。
祭りの運営側である村長達は、この後宴会だ。報告などがあるにしても明日。エラの言う通り、もうここで待機していなくてもいいだろう。
「分かった。じゃあ、頼もうかな」
「背中を流してあげるわね♪」
そのまま二人で腕を組んで部屋備え付けの風呂に向かおうとしたところ――
「ジェイ、いますか?」
――唐突に扉が開かれ、ポリュプス・ポルポを引きずったポーラが部屋の中に入ってきた。
「いましたか。では、トドメを刺してください」
「えっ? あ、はい」
言われるままに『影刃八法』の『刀』を発動させ、差し出されたポリュプス・ポルポに突き立てると、そのままタコ魔神の身体は黒い塵となって消滅した。
それを確認したポーラは魔神を掴んでいた手を見た後、入浴準備を整えたジェイとエラを確認する。
一瞬視線を天井に向けて「ふむ……」と一言。そして再び二人の方を見る。
「明日香とモニカは、今夜別の部屋を使わせましょう」
「は……はい、ありがとうございます?」
戸惑いつつもお礼を言うエラ。
「では、ごゆっくり」
それに満足気に頷いたポーラは踵を返して部屋を出て行き、後には呆然とした二人が残された。
しばらく言葉も無かったが、二人はお互いに顔を見合わせ、そして笑う。
「じゃあ、入ろうか」
「……はい! 頭も洗ってあげるわね♪」
クスクスと笑いながらもエラは部屋の鍵を閉め、二人はそのまま風呂場へと入って行くのだった。
こうしてアーロを激震させ、それでも平和に終わった百夜祭の夜は更けていくのである。
「ゆうべはおたのしみでしたね」