第153話 魔神激突
ポリュプス・ポルポの体当たり。魔法の解呪が行えるのはタコ足だけではないらしく、直撃したドレスの胸元が塵となって消える。
自前の豪勢なクッションのおかげで物理的なダメージはあまり無い様子で、ポーラは眉ひとつ動かさない。しかし、ドレスは腹から胸元にかけて大穴が開いた状態だ。
『フ……フフ……い~ぃお姿ですねぇ……貴女はぁ……あの頃と変わらずぅ……美しいいぃぃぃぃぃ!!』
四本の足でポーラの両手両足を拘束しながら、残りの四本の足で突きのラッシュを繰り出す。
ポーラのドレスが少しずつ、少しずつ削られていき、彼女の色白の素肌が露わになっていく。
対するポーラは、ダメージ自体は抑えられているようだが、反撃はできていない。
そして辛うじてその役割を果たせるかという、ギリギリまで削られたドレス。
全裸よりも煽情的かもしれない姿となった彼女の、傷一つ付いていない柔肌。
ほとんど紐のようになったそれに、ポリュプス・ポルポは満足気に目を細める。
対するポーラは冷ややかな目だ。
『んんぅ~? ナニかな、その目はぁ? まさかぁ、貴女はぁ、私が貴女を傷付けられないと思っているのではないでしょうねぇ?』
そう、ポーラはドレス以外は無傷なのだ。魔神の肉体は、極めた魔法に合わせて形作られる、言うなれば具現化した魔法のようなもの。
そして、ポリュプス・ポルポは『魔法の解呪』を極めて魔神化した者。
解呪と言えども魔法である以上、魔法で抵抗する事は可能だ。
ポーラのドレスは削れても身体は傷付けられないという事は、ポリュプス・ポルポの魔法は彼女の抵抗力に負けているという事になるが……。
『甘いぃ! 甘過ぎるぅ!!』
頭に響く念話の絶叫と共に、四本の足がポーラの身体を突きまくる。
『解呪するかぁ、しないかぁ! それぐらい自由自在よぉ! 魔法をぉ! 極めるとはぁ! そういう事っだあぁぁぁぁぁッ!!』
つまりはポリュプス・ポルポの意志でドレスだけ削っているという事である。念話している間も、ポルポの足はドレスの限界を追及し続けていた。
流石のポーラも、不快そうに眉をひそめた。
『…………どうだか』
そして一言だけ念話を返す。受け取る側が寒気を感じるような威圧感を添えて。
それが癪にさわったらしく、ポリュプス・ポルポの毒々しいまだら模様以外が赤く染まる。
『ならばそろそろトドメを刺してくれるわぁッ!!』
四本の足を束ねてドリルのようにし、先端に魔素の光を宿しながらポーラの胸、豊か過ぎる双丘の谷間目掛けて突き立てる。
『なぁっ!?』
しかし、ポーラの身体は傷一つ付かない。
ドリル状に巻いた足の先端が、谷間の奥で強い光を放っているが、それだけだ。ポーラの抵抗力に完全に無効化されている。
『……やはり、その程度でしたか』
『暴虐の魔王』は、不死の魔神を滅ぼす黒炎の剣を持っていたからこそ、魔神の頂点に立って統べる事ができた。
だからこそ、魔神を解呪できる自分こそが魔王の後継者に相応しい。その主張が崩れてしまう。
その認めがたい光景に、彼は茹でダコのようになって周囲の海水が泡立つ。
『バカなぁ! もぉう一度ぉッ!!』
魔素を込めて押し込もうとするポリュプス・ポルポ。しかしその瞬間、海中にいる彼等の下に振動が届いた。
ポーラは思わず海面を見上げる。続けて、タコ足の動きを止めたポリュポス・ポルポも。
『軍が到着しましたかぁ?』
南で戦っていたモンスター軍団がアーロ海軍を突破し、ゴーシュの町を攻撃し始めたのかもしれない。ポリュプス・ポルポはそう考えた。
『いかん、いかんぞぉ、やり過ぎはぁ!』
四本の足を谷間から引き抜いて海面へと浮上していく。無論、残りの四本の足でポーラを拘束したまま。
海面から顔を上げると、ゴーシュの町に攻撃されている様子は無く、その上空には打ち上げ花火が大輪の花を咲かせていた。
『おぉ、おぉ……! 魔王の帰還をぉ祝っておるわぁ!!』
ポリュポス・ポルポの念が歓喜の色に染まる。
ゴーシュは魔王教団が隠れ住む町であり、百夜祭は魔王の帰還を祝うもの。つまりゴーシュは魔王の後継者である自分のもの。それが彼の認識なのだ。
こんな所でぐずぐずしていられない。早く決着を付けて、ゴーシュに上陸しよう。
そう考えたポリュプス・ポルポは、再び四本の足をドリル状に巻き、先程よりも強い魔素の光を先端に宿して……そこでふと動きを止めた。
『待てよぉ……』
ポーラの身体を海中から持ち上げ、その艶姿を舐め回すように見る。
ギョロギョロと動いているタコの目がニンマリと笑った……とポーラは感じた。
『魔王の妹をぉ……娶るぅ。魔王の後継者にぃ、相応しいと思いませんかぁ?』
このまま美しい身体を解呪して消してしまうよりも、もっと良い方法があると気付いた。彼女を倒せないという事実から目を逸らそうとしたというのも有るかもしれない。
四本の足をほどき、それぞれの先端をせわしくなくわきわきと動かし、ポーラに迫る。
それがポーラの双丘に巻き付こうとしたその時、彼女の髪が青白く光ったかと思うと、直後蒼い稲妻が轟音と共にポリュプス・ポルポの眉間を貫いた。
『アバアァァァァァッ!?』
「…………あ」
ハッと我に返ったポーラが、声を漏らした。
ポリュプス・ポルポは力尽きて動きを止めた。両手両足を拘束する力も残っておらず、だらりとぶら下がっている。
「思わず、つい……ジェイの帰りを待っていたのに……」
実を言うと、彼女はあえて反撃せずに待っていたのだ。魔神を滅ぼせる『刀』を持つジェイが戻ってくるまで待つために。
タコ足を払いのけると、ポリュプス・ポルポの身体が海中に沈んでいこうとする。
ポーラはそれをむんずと掴むと、片手で海上に引き上げる。
身体が塵になって消えていく気配は無い。
「生きてますか? 生きてますね? よし」
それはつまり、この身体はまだ死んでおらず、魂はまだ魔神の壺に戻らず留まっているという事だ。
これならまだ大丈夫だ。ポーラはそのまま片手でポリュプス・ポルポの巨体を引きずり、海上を歩いて町へと向かう。
幸い町の人達は花火に夢中で、先程の蒼い稲妻に気付いた者はほとんどいなかったようだ。
ただ夜の海に興味を持って来ていた子供達が目撃していた。ポーラが泳ぎを教えていた子供達だ。
気の利いた年長者が大人を呼びに行き、残った子供達は砂浜に集まって何かあったのかと海を見ている。
すると海から人影が近付いてきた。最初は幽霊かと思って顔を青ざめさせる子供達。
風になびく銀色の髪に、それが水泳の先生をしてくれたポーラだと気付いてほっと胸を撫で下ろす。
しかし砂浜に戻ってきた彼女を見た瞬間、子供達の思考は止まった。頭が真っ白になった。
彼女が引きずる魔神を見て……ではない。
一人の少年が勇気を振り絞り、ポーラを指差して言った。
「せ……せんせぇ……その格好……」
そう、ポーラは限界を極めたドレスの残骸姿のままだったのだ。
「……ああ、忘れてました」
気付いたポーラは、すぐに魔法で元の蒼いドレス姿に戻る。
「暗い海は危険です……さぁ、戻りますよ」
そしていつもの泳ぎを教えている時の優しい声で子供達について来るよう促す。
子供達はコクコクと頷いて、彼女と一緒に町に戻るのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『真・マジンガー 衝撃!Z編』の主題歌です。
ゴーシュの町は守られましたが、ポーラを目撃した子供達の性癖は被害甚大かもしれません。