第151話 男の戦い、女の戦い
一方その頃ゴーシュでは、特に騒ぎが起きる事なく祭りが進められていた。
通りで賑わう人々は、浴衣を着ている者と百魔夜行の仮装をしている者で半々と言ったところだ。年代で言うと、子供達とお年寄り達が仮装で、その間は浴衣が多い。
百夜祭は今のところ問題無く進んでいる。現在ジェイが戦っている南方の山では火事が起きているが、山の向こう側のようでここからではよく見えない。
明日香は侍女を連れて自警団と共に見回り、モニカはレイラと護衛を連れて祭りを見て回っていた。
「大盛況ですねっ!」
「はい、おかげさまで!」
ケイのペスカバーガーの屋台の前に大勢の客だ。昼間食べられなかった物を求めて来ている。三種類作ったのが功を奏したようだ。メアリーも、せわしなく動いて手伝っていた。
モニカの方は、レイラと護衛を連れて別行動中だった。
レイラはもこもこした黒猫の仮装をしており、モニカはその可愛らしさにメロメロだ。
モニカもそれに合わせて黒い魔女の三角帽子を被り、浴衣の上から魔法使いの黒マントを羽織っている。しかし、それを可愛いと言ってくれる相手が、ここにはいない。
モニカが思わずジェイがいるであろう南の山を見上げる。それに気付いたレイラがくいっくいっと小さく袖を引いてきた。
「お姉ちゃん……?」
心配そうに見つめる瞳に、モニカは思わずしゃがんで彼女を抱きしめた。
「だ、だいじょ……なんでもないよ~!」
心配を掛けてはいけない。ジェイは、百夜祭が無事に終わる事を望んでいるのだ。
モニカは猫耳を付けたレイラの頭を撫でながら、ジェイが戦いに行って心配でたまらなかった時、彼の母ハリエットに元気付けられた事を思い出した。
モニカが領主夫人になった時は、あの義母のように励ます側にならなければならない。
「よし! 仮装行列見に行こう!」
顔を上げ、レイラの手を取り立ち上がるモニカ。心配を掛けまいと笑顔を見せて、二人で手をつないで歩き出した。
『愛の鐘』亭で待機中のエラ。百夜祭は問題無く進んでいるが、問題がまったく起きてない訳ではない。
自警団が対処してくれているおかげで、小さな騒ぎの内に収まっているのだ。
正式な報告書などは後日となるが、エラも何が起きているのか把握しておく必要があるため、簡易な報告が届けられる。
「エラ様、酔客のケンカが……既に明日香様が対処済みですが、こちらが仮の報告書となります。目を通しておいてください」
「……ありがとう、そこに置いておいて」
ジェイの事が心配だが、彼から留守を任されている以上、その役目を疎かにする訳にはいかない。エラは小さくため息をついて席に着き、報告書に目を通す。
彼女もまた、モニカとはまた違う領主夫人が背負うものの重みを感じていた。
そして報告書を読み終わり、ふと窓の外に目をやる。ここは百夜祭が行われている麓の通りより高い位置にあるため、南方の空が赤く染まっているのが見えた。
「あそこで戦っているのかしら……?」
エラは窓に近付き、静かに彼の無事を祈るのだった。
その南方の赤く染まる空の下では、魔神との戦いが繰り広げられていた。
仮面の魔神の片割れサルド・カルドを影世界に閉じ込めたまま飛び出したジェイは、ワルム・カルドに影の槍で奇襲を仕掛けたのだ。
大したダメージは無さそうだが、槍の勢いによってワルム・カルドは赤く染まる空へと打ち上げられる。
直後、影の槍は変形してその足に巻き付き、渾身の力で振り下ろすようにワルム・カルドを地面へと叩き付けた。
『ウオォッ!?』
そう、ワルム・カルドの放つ熱線の光に影を消される事なく。
「やっぱりそうなったか……」
立ち上がったワルム・カルドは、先程までとは異なる姿になっていた。
パーツごとが物理的にはつながっていない、黄金色の歪な人型。しかし今は、その両肩と腰の両側から銀色の手足が生えて六本腕のようになっている。
ジェイが影世界から放り出した、サルド・カルドの両手足が、ワルム・カルドの身体に付いている。
二柱で一つの仮面となっているサルド・カルドとワルム・カルド。先程ジェイは、影世界を使って二柱を分断しようとした結果、双方の熱と冷気が収まらなくなってしまった。
彼等は二柱が一つになる事で、互いの強過ぎる力を抑え合っていたのだ。
このままでは山が焼き尽くされてしまう。しかし、ただ戻しただけでは元の木阿弥で事態は好転しない。
そこでジェイは、サルド・カルドの両手足だけを切り離して戻す事にした。
結果はご覧の通り、その手足とつながる事でワルム・カルドの高熱もある程度収まり、影の攻撃が届いたという訳だ。
頭と胴体だけとなったサルド・カルドを生かしたまま影世界に残してきたのも、倒してしまう事で手足も力を失う可能性があったためである。
『貴様……サルド・カルドはどこだ!?』
瞳部分の顔が激昂してジェイを睨み付けた。
声の大きさに合わせて全身が光る。こちらはサルド・カルドと違い激情型のようだ。
全身が揺れ動き、ガチャ……ガチャ……とパーツ同士がぶつかる音がする。おそらく人間で言うところの「息切れ」のような状態だろう。
そもそもジェイを倒したければ、サルド・カルドの両手足を切り離して熱を全開にすればいいのだ。
それをやらないという事は、おそらく彼等は、力を全開にすると負担が大きいのだろう。普段はお互いに力を抑え合わなければならないぐらいに。
今は手足だけでもサルド・カルドが戻って来て、一息ついたところのはずだ。
ここは休む時間を与えず攻めるべき。ジェイは足下から伸ばした無数の影の槍を編むようにして盾にしながら前進。
『答えろォッ!!』
ワルム・カルドは、すぐさま泣き黒子の水晶球から熱線を放って影を打ち消す。
しかし影の向こう側にジェイの姿は無く、直後側面から影の大蛇がワルム・カルドに襲い掛かった。
影の盾だけを前進させ、ジェイはその時点で既に側面に回り込んでいたのだ。
『そこかッ!』
大蛇が食らいつく直前、ワルム・カルドは黄金の両腕からも熱線を放つ。だが、やはりジェイはそこにはいない。捉えられないよう足を止めてはならない。
火があるとは言え、燃えている物の下には影がある。つまり、影世界に飲み込む事ができる。動き回りながらジェイは、山火事を消火していった。
ワルム・カルドの足止めと、山火事の阻止。百夜祭を成功させるためには、どちらもやらねばならないのだ。
側面や後方から攻撃を受けるが、発射地点には既にいない。そんな攻防を繰り返す事しばし。
周囲の火がほとんど消えた事で、ワルム・カルドは、ジェイが山火事を消しながら戦っていた事に気付いた。
そう、魔神である自分と片手間に戦っているのだ。
その瞬間、彼の心に沸き上がったのは怒りの感情。魔法使いを超越した魔神、その誇りが怒りを燃え上がらせる。
『舐めるな小僧オォォッ!!』
その叫び声と同時にワルム・カルドは飛び上がった。銀色の両手足が切り離され、黄金の身体は強烈な光と共に全身から熱線を放つ。
「チィッ!」
咄嗟に飛び退くジェイ。彼がいたところに極太の熱線が突き刺さり、焼け焦げた大穴を開ける。
熱線を放ち終わると、銀の手足が再びワルム・カルドに接続された。蒸気を激しく噴き出し、ワルム・カルドの身体を急速に冷やす。
『サルド・カルドをどこへやったかは知らんが、貴様の魔法によるものだろう!』
再び地面に降り立ったワルム・カルドは、黄金の手でジェイを指差す。
『ならば、貴様を殺してしまえばいい! そうすれば魔法は消え、サルド・カルドも戻って来るはずだ!!』
対するジェイは答えない。しかし、影世界の境界線に触れてもダメージを受けるだけの魔神。実際のところ、そうなる可能性は高い。
つまりジェイが倒されたら、その時点で二柱の魔神が再び自由になる。
『それだけ分かれば十分! もはや容赦はせんぞ、小僧! 肉の一片まで焼き尽くしてくれるわアァァァッ!!』
その叫び声の大きさに比例するように、ワルム・カルドの放つ光は強くなっていった。
今回のタイトルの元ネタは、『新世紀エヴァンゲリオン』のサブタイトル「男の戦い」です。
元々知っていたけど、改めて気付いたモニカ。
今回の件で知ったエラ。
明日香は割と自然体でやっていますが、この辺りは育ちや慣れの影響かも。