第150話 魔を断つ刀
サルド・カルドが氷の腕を振るい、ジェイが影の槍で応戦して防ぐ。
氷を砕く事自体は容易いが、ジェイはじりじりと後退しながら戦っていた。
質量差の問題もあるが、それだけではない。
ジェイの動きに合わせて、影世界が再現する範囲は変わる。黄金の魔神がいる場所から離れれば、影も大きくなってサルド・カルドを表に出せると考えたのだ。
ジェイの移動によって影世界の境界が後ろから迫ってくると、サルド・カルドの氷が粉々になって消えていく。影世界の外側に押し出されたためだ。
それに気付くと、サルド・カルドはジェイの移動を止めようと地面を凍らせてきた。
だが影の世界は文字通り全てが影。足下の影を伸ばし、それに乗って飛び上がる事で氷を避け、逆にサルド・カルドの足下からも影の槍を生やして縫い付ける。
そのタイミングで大きく飛び退くと、サルド・カルドの背後で激しいスパークが迸った。氷が大きく砕け、サルド・カルドの踵にあたる部分が影世界の境界線に触れたのだ。
流石にこれだけで魔神本体は倒せないが、ダメージを与える事はできる。サルド・カルドは堪らず影の槍に貫かれた部分の氷を自ら切り捨てジェイに近付く。
『ワルム・カルド! ワルム・カルド! 声も届かんのか……!』
その際に向こう側の黄金の魔神・ワルム・カルドに情報を伝えようとするが、ジェイが扉を開かない限りそれが伝わる事は無い。
『ううむ、これが勇者の魔法か……あの時もこうやって……』
ぶつぶつ呟きながらも攻撃の手は緩めない。
しかしそんな気の抜けた攻撃は、ジェイにとっては対処しやすい。攻撃の合間を縫って両手を合わせた瞬間、四方八方から影の槍が氷の鎧へと撃ち込まれる。
氷が砕け、中の魔神本体が露出する。ジェイはその瞬間、氷の鎧が復活する前に退いて本体そのものを境界線に触れさせた。
『ぬぅ……! この私の分析を邪魔しおって!』
迸るスパーク、サルド・カルドは忌々し気に吐き捨てる。
どうもこの魔神、戦いながらジェイの魔法を分析しているようだ。
勇者と因縁があったらしく、影の魔法が気になるのだろう。どこまでも余裕の態度である。
『ううむ、ひとつ分からぬ事がある……ここで君を殺せば、私は向こう側に戻れるのかな? よければ答えてくれないかね?』
「さてな……試した事が無いから分からん」
サルド・カルドの問い掛けに、ジェイはしれっと答えた。実際どうなるかは彼にとっても未知である。仮に知っていたとしても教える義理は無い。
『ならば、実験してみるとしよう!』
だが、急に魔神の声が楽し気なものに変わった。
『実験は良いぞ! 未知を解き明かす事ができる! 数百年ぶりに心躍る! 今の時代になって、こんな魔法と出会えるとはな!!』
この魔神、研究者気質である。
サルド・カルドは掲げた両腕を長く伸ばし、纏う氷を刺々しい棍棒のように変形させて振り下ろす。
ジェイはそれを眼前に迫るまで睨み付け、毛先が氷に触れたその時、一瞬にして踏み込んで『影刃八法』の『刀』を発動。氷の両腕の根本辺りを斬った。
その瞬間サルド・カルドは目を見開き、一瞬その動きが止まる。
『なっ……! それは、まさかまさかまさか……!!』
一目で気付いたのだ。それが勇者の影の魔法とは別である事を。
彼ならば知っていたのかもしれない。それが『暴虐の魔王』の魔法であった事を。
その隙を逃さず、ジェイは両足の根本も斬り払う。
『ハッ、そうか! ポーラは元々魔王様の血縁! そちらも受け継いでいたか、上手く混ざったものよ!!』
そこで分析を終えて我に返ったサルド・カルド。
『愚か者め! 元よりつながっていない身体、斬ったところで何の意味もないぞ!!』
即座に氷の両腕で抱きしめるようにジェイを捕まえようとする。
『……ムム?』
しかし、何も起こらない。
その間にジェイは、サルド・カルドの脇を抜けて背後に回り込み、その背を蹴り飛ばす。
「何もつながってなかったら、連動して動く訳ないだろ。つながっていたはずだ、お前の魔素でな!」
そう、ジェイはサルド・カルドのパーツをつなぐ魔素を斬り、物理的につながっていない腕を、足を、斬り落としたのだ。
『ど、どこだ!? 私の腕は!?』
サルド・カルドは気付いた。両腕だけでなく、両足も消えている事に。
『ああああ! そうか! 貴様、戻しおったかッ!!』
残ったの頭と胴体だけで勢いよく回転し、背後のジェイに向き直る。
「ようやく気付いたか。まったく便利な身体をしている」
そう言いつつジェイは、影を巻きつけて捕らえていたパーツのひとつを、足下の影の中へと放り込んだ。それが斬り落とした足を、更に小さなパーツごとに切り分けたものだ。
ジェイが退きながら戦っていたのは、境界線に触れさせてダメージを与えるためだけではない。
白熱するワルム・カルドから離れる事で表側の影を増やし、またサルド・カルドを斬り分けて小さくする事で、一部だけでも影を通せるようにしたのだ。
今や頭と胴体以外は全て表側。ワルム・カルドも気付いて駆け寄っている事だろう。
「こちらの魔法を分析していたようだが……戦いの場では、戦いを分析するべきだったな」
『貴様ッ!!』
サルド・カルドは氷柱を放って攻撃するが、ジェイは影の矢で相殺する。明らかに力が落ちている。
やはりパーツひとつひとつが力を持っている。今や半分以上が表に出ているので、ワルム・カルドの温度も下がっているはずだ。
「二柱で作る仮面……セットになっていた事がお前達の強みであり、弱点だ」
『……なんだと?』
「分担してたんだろ? 魔法の分析と……戦いの分析を」
『……ッ!?』
確かに魔法使い同士の戦いにおいて、相手の魔法を分析する事は大切だ。だが、それだけやっていれば隙だらけである。
にもかかわらずサルド・カルドは、ジェイの魔法の分析を止めなかった。
あの瞬間まで『刀』を見せずに決め手が無いと思わせたのもあるが、それ以上に魔法の分析こそがサルド・カルドの基本姿勢なのではないかとジェイは考えた。
「ワルム・カルドが戦い、その間にお前が魔法を分析する。それがお前達の基本スタイルなんだろう?」
だからこそ『刀』を見せた瞬間、反応が遅れた。魔法の分析に優れていたからこそ、一目で影の魔法とは違うと気付いた。気付いてしまったのだ。
通常の状態ならばそれでもワルム・カルドが戦いを続けていただろうが、分断していたため、それができなかった。
分断したからこそ生まれた弱点。ジェイは、そう分析していた。
「……さて、向こうの光も収まってきたようだな」
『……ハッ! ま、待て!』
サルド・カルドは慌てて動くが、やはり一歩遅い。
その時既にジェイは足下の影に入り込んでおり、サルド・カルドの体当たりは虚空を切るのだった。
『クソッ! クソォォォ! 私とした事が、あんな小僧にぃぃぃぃぃッ!!』
取り残されたサルド・カルドの叫びが、影世界に響き渡った。
今回のタイトルの元ネタは『斬魔大聖デモンベイン』の主役ロボ・デモンベインの別名「魔を断つ剣」です。