第14話 ペロッ……こ、これは……魔素!!
「第12話 ポーラにほえろ!」に一つミスがありましたので修正しました。
『セルツ建国物語』を放送しているのは「ポーラ放送協会」ではなく「セルツ放送協会」です。略称は「PHK」ではなく「SHK」ですね。
翌日、ジェイ達は使者を送ってアポを取り、まずは周防委員長の下に向かった。
学園に入るので、当然四人ともポーラの制服姿である。
周防委員長からは時間を指定されたため、まずは図書館のソフィアの元に向かう。彼女は昨日からずっと図書館の資料室に篭っているそうだ。
一日ぶりにソフィアを訪ねると、今度は机の上に本の山を作っていた。また本棚を崩したのではなく、調べた資料を片付けていないらしい。
エラが声を掛けると彼女は顔を上げた。目の下に隈が浮かんでいる。
エラが少しは休みなさいと注意したところ、お茶が入ったカップを手に休憩がてら話をしてくれる事になった。
「『一回分の魔素』ねぇ……それ、大した量じゃないよね?」
まずジェイ側の捜査結果を伝えると、ソフィアは眉をひそめた。
結晶の大きさは、込められた魔素の量に比例する。米粒サイズが三つあっても大した量にはならないというのは分かり切っている事だ。
「……まぁ、私の推論的にも、そういうのが付いてても問題ないけど」
「推論?」
「うん、これ単体で完結してないんじゃないかなって……」
「今のところ鞘無しで見つかってるけど……鞘の方が本体って事?」
「それも考えられるね」
モニカの問い掛けに、ソフィアはお茶をすすりながら答えた。
「魔素結晶が付いてたとなるとねぇ、もっと大きいな魔道具の起動キーってのも考えられるし、儀式の道具ってのも考えられるかな」
「……そっか、『魔素付きの短剣』が儀式で使う条件ってのは有り得るのか」
モニカがそう呟くと、ソフィアは「そういう事」と言って笑った。
彼女が机の上に広げている資料も、図書館中から集めたそれらに関する資料だった。
「でも、使用者がああなる儀式なんてねぇ……」
「それ、失敗してああなった可能性もありますよね?」
「だろうね。成功してああなるなら、何のための儀式だって話だし」
だから余計に分かりにくい。残念ながら、こちらにはこれ以上の情報は無さそうだ。
周防委員長との約束の時間が近かったため、ジェイ達はソフィアに別れを告げて学園へと向かった。
そして時間通りに風騎委員室を訪ねると、周防委員長はアルバートが逮捕された件の謝罪会見の準備をしている真っ最中だった。
夜勤中に今回の件を聞いたらしく、家に帰れていないようだ。
「アルとボーか……なるほど、騎士団入りが厳しかったというのは共通しているな」
ジェイの調査結果を聞いた彼は、二人の共通点を教えてくれた。
逆にボーのような実家とのトラブルは、一切無かったそうだ。
「風騎委員だったんですよね?」
「ああ、真面目なヤツだったが……」
アルバートは真面目であったが、騎士としての実力が足りていなかったそうだ。
本人もそれを自覚していたようで、訓練や学園内の治安を守る事は真面目にやっていたが、町の巡回は避けていたらしい。
「……だが、それだけでは足りんのだ! 第一に実績、第二に家臣、第三に腕だ!」
何より実際に事件を解決した実績は強く、家臣の人数は仕事を任せられるかどうかの目安となり、どちらも無ければ騎士個人としての戦闘力、腕っぷしがものを言う。
かくいう彼は、家臣と腕に欠けている。だが、指揮能力と作戦立案能力はある。
風騎委員長になって、それらを武器に実績を積み上げていこうとしていた矢先に、今回の不祥事である。鼻息が荒くなるのも無理のない話であった。
「周防君、顔、顔」
「おっと……」
エラの指摘に、周防委員長は慌ててその整った顔を平静に戻した。
「……まぁ、君が捜査を進めていてくれて良かったよ。少しは慰めになる、私の」
ハハハと空虚な笑い声を響かせる。そんな彼の目は、どこか遠くを見つめていた。
ソフィアと周防委員長から話を聞き終えたジェイ達は、次はどこを調べるべきかを考えながら郷桜の並木道を歩いていた。
郷桜は、入学式の頃ほどではないがまだまだ見応えがある。
並木道を半ばまで進むと、桜の木の下に制服姿の小柄な少女が一人立っていた。
明日香と同じ浅葱色の丈夫な半袖シャツに赤いスカーフ、裾が長めの半ズボン。動きやすさを重視した野外用の制服だ。
彼女もこちらに気付いたようで、短めのポニーテールを揺らして駆け寄ってきた。
「明日香ちゃーん!」
「あっ、ロマティちゃん!」
明日香がうれしそうな声を上げた。彼女の名前は放送部のロマティ=百里=クローブ。明日香の友人であり、ジェイ達のクラスメイトでもあった。
二人でひとしきりはしゃいだ後、ロマティは真剣な顔でジェイに向き直る。
「昴君、単刀直入にお願いしまーす! あなた達の捜査を取材させてくださーい!」
ポニーテールを揺らして頭を下げる。彼女の腕には放送部の腕章が付けられていた。
「いや、そういうのは風騎委員を通してくれないと……」
「知ってますよー、さっき行きましたからー!」
今日朝一で、直談判するために周防委員長を訪ねたそうだ。しかし、謝罪会見の準備で忙しい彼に追い返されてしまったらしい。無理もない話である。
「ていうか、解決してから取材するならともかく、今から取材してどうすんの?」
「モニカさん、何言ってるんですかー! 今、風騎委員ピンチじゃないですかー!」
「それはアルバートの件を言ってるの?」
「はい、エラ姉さん! 私の兄も風騎委員だから、他人事じゃないんですー!」
「……何年生?」
「三年でーす……。ここで悪評が立ったら、兄の騎士団入りに響きかねませんよー……」
身も蓋も無い話だが、それだけに彼女も必死だった。
「だから昴君を取材して、風騎委員の仕事っぷりを、真実を伝えるんです! ほら、昨日の話、私も聞いてましたからー!」
そう、サロンでジェイ達がラフィアスと話していた時、ロマティもあの場に居たのだ。周りのギャラリーの中に。
それで今年の風騎委員は期待できそうだと思っていたところに昨夜のニュース。
これは放っておいてはいけないと感じたロマティは、早朝アポも取らずに周防委員長のところに押し掛けたそうだ。かなりの行動力である。
「私ねー、昴君には結構期待してるんですよー。だから取材させてくださいねー」
「言いたい事は分かるが、三人目の暴走者と遭遇する可能性もあるからなぁ」
しかし、ジェイはあまり乗り気ではなかった。ロマティが同行すると、護衛対象が一人増える事になるからだ。
「悪いけど……」
「例の短剣、私も調べました! その情報を提供します!」
断ろうとしていたジェイだったが、ロマティの一言でピタリと言葉を止めた。
「……それ、なんでお兄さんに教えないの?」
「ウチの兄、脳筋なんでー……」
モニカのツッコミに、ロマティは虚ろな目をして答えた。その様子に、モニカは思わずゴメンと謝った。
ロマティに加えて、友人の明日香、そして同情してしまったモニカが三人並んで、すがるような目でジェイを上目遣いで見つめる。
その視線に耐えかねてエラに助けを求めたが、彼女が助け船を出す事はなかった。それどころか楽しそうに四人を眺めて、ジェイの答えを待っている。
「……分かった。ただし、こちらの指示には従ってもらうぞ、百里さん」
こうなるとジェイには、白旗を揚げるしか道は残されていなかった。
「ロマティでいいですよー。明日香ちゃんにはそう呼ばれてますしー。あっ、指示に従うのは了解でーす! 私、基本的に逃げる専門なんで荒事は無理無理ですからー!」
そう言ってロマティは白い歯を見せてニッと笑った。なんというかぐいぐい来るが、陽気で愛嬌のあるタイプだ。明日香とすぐに友人になれたのも、この性格故なのだろう。
「分かった。こっちもジェイでいい。ロマティは、基本的に明日香の側にいてくれ」
「分っかりましたー! あ、そうそう例の短剣の話なんですけどね……」
受け入れられたロマティは、早速独自の取材で手に入れた短剣の情報を開示する。
「ロマティ、見つけちゃいましたー! いましたよー、あの短剣持ってる人!」
「そいつも事件を起こしたのか!?」
「いえ、事件は起こしてませんねー。暴走もしてないです」
その人物は、魔素結晶が嵌め込まれた短剣を、鞘に収めた状態で持っているらしい。
「もしかして、例の鞘を作らせた人物か……?」
「ロマティちゃん、その人は一体……!?」
「PEテレの曽野さんだよ。ポーラの卒業生で、『PSニュース』のスタッフ」
既にPEテレに就職しているため、当然騎士団入りは目指していないだろう。つまり、ボーやアルバートとは、また異なるタイプの人物だ。
「放送部に入った時、先輩に連れられて挨拶に行ったんですー。その時は、趣味悪いな~って流してたんだけど……」
先日ジェイ達とラフィアスが話している時に短剣を見て、どこかで見覚えがあるなと記憶をたどり、彼にたどり着いたそうだ。
「曽野さんが暴走して事件を起こしたみたいな話は聞いた事がないから、今も持ってるんじゃないかなー?」
「その人に会えるか?」
「私だけじゃ無理ですねー。でも、『PSニュース』に出てる先輩に、話を通せば?」
「よし、行こう!」
この手掛かりを逃してはならない。そう判断したジェイは、ロマティの手を引いてPEテレに向けて駆け出していた。
今回のタイトルの元ネタは『名探偵コナン』の「ペロッ……こ、これは……麻薬!!」です。青酸カリの方で有名になってる気もしますが、原作では麻薬だったりします。
PEテレの曽野さんは、ポーラの卒業生で「その先輩」なので、名前に特に意味はありません。