第145話 最悪に備え、最良を目指す
新メニュー『ペスカバーガー』のお披露目が無事に終わり、ジェイ達一行は一旦『愛の鐘』亭へと戻った。
この後は日が暮れてから百夜祭が始まる。明日香とモニカは浴衣に着替え、早く始まらないかと待ち遠しい様子だ。
「ジェイは浴衣着ないんですか?」
「裏方としてやる事があるからな。表の顔は明日香に任せる」
「はい、任されましたっ!」
元気の良い返事だ。彼女は持ち前の明るさで、町の人達からの評判も悪くない。
町の人達と一緒に祭りを楽しむなら、自分よりも明日香の方が良いだろうというジェイの判断である。
もちろんそれだけではなく、やる事があるのも事実だ。
「若……」
その時一人の家臣が音も無く近付き、小さな紙をジェイに手渡して足早に去って行った。アーマガルト忍軍の者だ。
その紙には、アーロ島南方にアーロ軍が展開しているが、まだ百魔夜行は現れていない事が書かれていた。
「やっぱり日が暮れてからかな……」
そう呟いて手放した紙は、床に落ちる前に影の刃で粉微塵となって消えていった。
そう、ジェイが裏で控えているのは、百魔夜行に備えるためだ。
アーロ海軍を信じていない訳ではないが、それでも百魔夜行――魔王軍の残党の中に魔神が混じっていれば、それらが突破してくる事は考えらられる。
そして魔神が一体でもこの町に到着すれば、もはや祭りどころではなくなるだろう。
ポーラも同じように考えているようで、彼女は町に残って今も海を警戒している。
「ジェイ……」
忍軍が現れた事で察したモニカは、心配そうにジェイを見る。
逆にその気持ちを察したジェイは、元気付けるように笑顔を見せた。
「なんて顔してるんだ、モニカ。これは役割分担だぞ。明日香達と一緒に表向きは何事も無いように見せるのがモニカの役目だ」
「表向き……裏でジェイが戦っている間に?」
ジェイはコクリと頷いた。
その時モニカの脳裏に浮かんだのは、幕府との戦があった時、気丈に振る舞って皆を元気付けていたジェイの母ハリエットの姿だった。あれもやはりそうだったのだろうかと。
同時に自分も領主婦人としての役割を求められている事に気付き、両手で自らの頬をピシャリと叩いて気合いを入れ直す。
「分かった! お祭りを盛り上げて、ついでにこれも売り込んでくるわ!」
そう言ってモニカは、自らの浴衣の襟を摘まんで見せる。セルツ最新の流行柄であり、アーロでは栄えている西側でもまだ見掛けない物だろう。
「その意気だ、モニカ」
いつもの商人の娘モードに入ったモニカ。これならば任せても大丈夫だろうとジェイは笑みを浮かべた。
「となるとあたしは、お祭りの最中に騒ぎが起きた時の備えですね?」
「ああ、こっちで必要な忍軍以外の全部の兵を任せる」
二人の話を聞いていた明日香は、自らの役割を即座に理解した。
この場合の騒ぎとは、百夜祭に参加している人達が起こすケンカ等の騒ぎの事である。
明日香としてはジェイと一緒に戦いたかったが、今回の場合想定される敵はアーロ海軍でも突破されてしまう者、すなわち推定魔神だ。
「う~ん……あたしも戦いたいけど~!」
「俺と龍門将軍の戦いに、割って入れるぐらいになってからだな」
「まだムリですーーーっ!!」
いずれ到達するつもりではいるようだ。
「で、エラは俺と一緒に裏方をやってもらう訳だが……」
「ジェイ君が出る時は残って……ですね」
「ああ、その時は頼む。まぁ、俺の出番が無いのが一番なんだが」
そしてエラの役割は、ジェイと一緒に裏方として祭りを運営する事だ。
本来ならば小神殿関係者や町長達がこの辺りの仕事をするはずなのだが、今は色々と多忙なため代官実習の一環としてジェイ達がやる事になっていた。
「できれば姉妹でお祭りを楽しませてやりたかったんだけどな……」
「気にしないでください。あの子はケイの屋台を手伝うと言ってましたから」
お昼に三種のバーガーを全て食べた者は少ない。そこでまだ食べていない種類のバーガーを食べてもらおうという屋台である。
「明日香ちゃん達がいれば、ここまで報告が来るような騒ぎは起きないだろうし、のんびりさせてもらいますよ」
そう言ってエラは小さく微笑むのだった。
そして日が暮れ、百夜祭が始まった。
明日香とモニカは町に繰り出し、ジェイとエラは宿の部屋で待機する。
夕食は既に用意してもらっており、ペスカバーガーもある。
「うん、美味いな」
これは成功しそうだと思いつつ、ジェイはバーガーを一つペロリと平らげた。
「付け合わせはポテトがいいな」
「私はオニオンリングですかね」
ジェイの好みは、前世の記憶故だろうか。屋台ではタマネギはアーロの名産品なので、オニオンリングをメインで出す事になっていたりする。
ちなみに提案したのはメアリーで、彼女の好みだったそうだ。
その調子でいくつかの料理を口にし、二つ目のバーガーに手を伸ばそうとしたところで、エラは一つ目のバーガーを食べ終えた。
「あの……ありがとうございました」
そして改まった口調で礼を言い、頭を下げる。
「これも立派な功績になるでしょう。これならばケイの処分も考慮されるはずです」
功績と相殺する形で処分を軽くするという事だ。
ほっとした様子のエラ。自分の家族が他家の者に迷惑を掛けたという事を気に病んでいたので、ようやく光明が見えてきたといったところか。
「まぁ、最後まで油断しないようにな。百夜祭が成功に終わるかどうかも重要だから」
「ええ、そうですね……!」
というのもケイの功績は新メニューを開発した事そのものではなく、それを新名物として領地発展に貢献したという功績だ。
前者は料理人としての功績だが、後者は華族としてのそれとなる。
そのため、百夜祭で振る舞って成功したというのも結構重要なポイントなのだ。
「後は……無事に百夜祭を終えられるか、だな」
昼間の反応を見る限り屋台の方は問題無いだろう。
問題が有るとすれば――
「若! 神殿から連絡が来ました! 魔神に防衛線を突破されたそうです!!」
――外部から、祭りそのものを潰されてしまう可能性である。
今回のタイトルの元ネタは、イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの言葉「私は最悪の事態に備え、最良の事態を期待する」です。
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