第144話 異世界ファーストフードK
そして迎えた百夜祭当日、町は朝からどこかそわそわした雰囲気に包まれていた。
百「夜」祭だけあって本番は夕方からだが、今日はお昼にあるイベントが行われる。
夜は祭りの屋台などがあるため、昼食時に合わせて海の家をオープンし、ケイの新メニューを発表するのだ。
なお「オープン」と言っているが「完成」とは言っていない。実は奥の方はまだ完成していなかったりする。
にもかかわらずこんなイベントを行うのは、百夜祭という注目度が高いイベントに合わせて海の家と新メニューを知ってもらうためだ。
もっと余裕を持って進められれば良かったのだろうが、代官代理としてゴーシュに来たのが夏になってからなので、こればかりは仕方がない。
ある程度形になれば、後はベネット町長と小神殿に引き継いでもらう事になるだろう。
「ていうか、もう時期外れじゃない? この時期になると海は……」
モニカの言う通り、百夜祭の時期となると海はクラゲ型のモンスターが出始める。これはセルツもアーロも変わらない。もう海水浴をする者はいないはずだ。
「あたしもそう思ってたんですけど、大丈夫みたいですよ?」
そう言って明日香が視線を向けた先には、オーバーオールと長靴が合体したような胴長靴姿で、銛を手に波打ち際まで近付いてきたモンスターを狙う子供達の姿があった。
「アレは、防具さえ整えておけば子供でも戦えるモンスターですからね。この辺りは昔から子供達の仕事らしいですよ」
そう教えるのはポーラ。水泳教室をやっている時に、子供達から聞き出したらしい。
「あれは食材にもなりますから、この時期の子供達の小遣い稼ぎだそうです」
「た、たくましいなぁ……」
呆れ声のモニカだが、かつてジェイが同年代の子供達を率いて似たような事をやっていた事を思い出した。こちらは海ではなく森でだったが。
だが、その子供達が今アーマガルト忍軍となっている。これもアーロ海軍の強さの一端なのかもしれない、そう思うモニカであった。
「そういえば、アレで新メニュー作るのはダメなんですかね?」
子供が自慢げに掲げる銛に刺さったクラゲ型モンスターを指差しながら明日香が言う。
「……どうでしょう? 先日いただきましたが、食べ方が魔法国時代とほとんど変わってませんよ、あれは」
対するポーラは首を傾げながら答えた。
なおケイにそれを提案した場合、彼はこう答えるだろう。
新メニューという意味では挑戦しがいが有るかもしれないが、海辺なら大抵の場所で獲れるものなので、ゴーシュ名物にするのは難しいだろうと。
「海の家、オープンーっ!」
「そして新メニューの発表で~す♪」
お昼時に合わせ集まってきた人達を前に声を張り上げるのは、司会進行を任されたロマティとユーミア。
応援していたケイが作った新メニューという事で、町の人達もお腹を空かせて来てくれたようだ。海の家の前は盛り上がりを見せている。
「ご覧ください! これが新メニュー!」
「ペスカバーガーで~す♪」
そして発表される新メニュー、それは丸いパンにペスカ揚げなどの具材を挟んだハンバーガーだった。
なお、ハンバーガーという言葉自体は、ジェイが生まれた時からこの世界にあった。元々魔法国を倒すために武士達を召喚した世界、その後も何かあったのだろう。
町の人達からおおおと歓声が上がる。こってりソース、ナルン果汁でさっぱり味、香辛料を練り込んだピリ辛。町の人にしてみれば食べ慣れた味だ。
故にそれだけでは終わらせない、ケイがそれぞれの味に合わせて一緒に挟む具材などを厳選し、ハンバーガーを完成させた。壇上に立つケイが、熱弁を奮っている。
相当な自信作なのか、興奮しており話が終わりそうにない。
「はい、ありがとうございましたー!!」
「あ、ちょっ……!」
「は~い、順番に並んでくださいね~。今回は代官代理様のご厚意で、皆さんの分を用意してますよ~♪」
皆は早く食べたがっている事を察したロマティが強引に遮り、その隙にユーミアがハンバーガーを配り始める。こうなるともう止まらない。
逆に話を止められたケイは不満そうだったが、次々にハンバーガーをもらっていき、そしてほおばる町の人達を見て、いつしか笑みが浮かんでいた。
その隣に近付き、寄り添うように立つのはメアリー。
「良かったね、ケイ! 皆喜んでくれてるよ!」
「……そうですね」
自分のしでかしてしまった事を考えれば、ケイはとうにセルツに送り返されていてもおかしくない身だ。それが料理人として、ここまでの仕事ができた。
隣のメアリーに視線を向ける。色々と振り回されたが、彼なりに愛情はあった。
セルツに戻れば、どのような処分が下るにしろ一緒にいられなくなるだろう。
我が事のように喜んでくれている彼女。それならば何よりだと、ケイは感慨深げに目を細めるだった。
一方騒ぎの輪から少し離れた所にいるジェイ。代官代理としてイベントに参加しているが、教団員逮捕の件があるので目立たないようにしている。
その周りにはエラと、これぞ統治者の悲哀だと取材したがっている班長がいた。
「良かった……町の人達には好評みたいね」
「ああ、後は観光客にも通じるかだな……」
通じる通じないの前に、まず呼びこまなければいけないのだが、それはそれである。
「これは私の持論というか、経験なんですけどね……」
ひと段落ついたが、まだ不安は残る。そんな二人に班長が頭をかきながら声を掛ける。
「今はどこも名物を作ろうとしてますけど……地元の人から噂も聞けないヤツってのは大抵ハズレですよ」
「名物って、地元の人ほど食べないとも聞きますけど……」
エラの疑問に、班長はチッチッチッと指を振る。
「それも二種類あるんですよ。ホントに食べてないか、もう食べ慣れてるか。後者ならインタビューすると結構語ってくれます」
地方ロケ経験が多い取材班ならではの視点だろう。
「その点、まず食べて、知ってもらうというこのイベントは正解だと思いますよ。知らなきゃ語りようがないですから」
これは彼の素直な感想であった。エラはなるほどとうんうん頷いている。
「というかこれ、あなたの自腹ですよね? いいんですか?」
「……まぁ、魔王教団の件で結構騒がせたからな」
ジェイなりに気を使っての事である。ユーミアが説明してくれたが、どれだけの人がちゃんと聞いていたかは分からない。
「しかし見事なアイデアですな。御実家のお手伝いで覚えられたので?」
「ん、ああ、いや……頼りになる婚約者の案さ」
そう言ってジェイが視線を向けた先にいたのはモニカ。
アーマガルトの産物を取り扱い、そして売り込んできた父の背から学んだ知識の為せる技であった。
今回のタイトルの元ネタは、コンビニの「サークルK」という訳ではないのですが、ケイだから「K」を使ったら、それっぽくなってしまいました。