第142話 トキの流れに身をまかせ
「オード達は……」
「ここで帰ってしまったら、吾輩は卿の友を名乗れんぞ」
観光客のオードと、取材班は帰らせようと考えたジェイだったが、初手からお断りされてしまった。
「これ以上逃げるのは、御免被ります」
「この町の人達は、私達を受け入れてくれたんだからっ!」
ケイとメアリーもである。ゴーシュの人達を見捨てる事などできないとの事だ。
「セルツに連絡はしますけど、帰るのは無しですねー」
ロマティも拒否。新聞発行を任されている百里家としても、ここで逃げ帰る訳にはいかないとの事だ。
「ここで帰ったら怒られちゃいますよ~」
ユーミア達も、ここで帰ったら取材班失格だと言っている。
結局のところ集めた者達全員、帰る気が無いようだ。全員意見を変えそうになく、ジェイは説得は無理だと諦めた。
「と言っても、俺達がどこまで関われるか分からんのだがな……」
そんな事を呟きながら……。
その時、ジェイの家臣が彼の下にやってきて報告。するとジェイは怪訝そうな顔をして家臣を見た。
「……それは本当か?」
「はい、捕らえた教団員ですが……助けを求めてきました」
その言葉は周りの者達にも聞こえ、皆驚き信じられないと言いたげな顔になる。
「助けを……って、あれですか? 任務失敗したから切腹とか?」
皆がざわめく中、真っ先に「切腹」という言葉が出て来た明日香。ダイン幕府の姫ならではである。
「任務? ねぇジェイ、例の手紙にそれらしいの書いてたの?」
モニカが首を傾げながらジェイに問い掛けた。
「いや、百夜祭に合わせて戻ってくるってだけだったはず」
「それが、あの男が言うには……今の百夜祭を見られると、百魔夜行の怒りを買うとか……」
「それは……祭りの在り方が変わったからかしら?」
「はい、そのように言っておりました」
最初に気付いたのはエラ。その問い掛けに、家臣は小さく頷いた。
小神殿長の観光客を呼ぶ改革によって百夜祭はただの仮装行列と化し、「百魔夜行を恐れさせる」という本来の目的が薄れてしまったと言う。
つまり、百魔夜行を「畏れて敬う」という事が無くなったという事だ。
「……まぁ、魔法使い以外が魔王を信仰するのは、大抵魔王を畏れての事ですからね」
そう呟いたのはポーラ。言うなれば祟り神のような扱いで、難を避けるために信仰するというのがほとんどとの事だ。
「愚痴を聞かされたようなものなのですが、その……魔王教団は数を減らしているようです。今や信徒は二十人にも満たないとか」
「ジェイ、もしかして……」
「ああ、あの時祭壇に来ていたので全員だったのかもしれないな」
あの時一網打尽にしていればとジェイは思ったが、後の祭りである。
「地方の古いお祭りが、本来の意義を忘れられてしまうというのはあるあるですね~」
これはユーミアの言葉。心当たりがあるのか、班長達もしきりに頷いていた。
「そういえば、他の教団員については?」
「それも素直に白状しました。彼等も助けて欲しいと」
そう言って家臣は、聞き出した教団員名を書き記した紙を差し出す。今の教団員全員を助けて欲しいらしく、素直に白状したそうだ。
受け取ったジェイはそこに並んだ十数人分の名前を一瞥すると、次はケイにそれを手渡した。
「拝見します」
彼の隣にいたメアリーも、一緒に覗き込む。
するとケイは、すぐさま眉をひそめた。
「この最初に書かれている三人が、ここの入り口で……」
「ああ、あの……」
一番上に捕らえた老漁師、後は教団内でも立場が強い順に名前が並んでいるとの事。つまりは、今の教団トップに近い者達がケイを勧誘しに来ていたという事だ。
ただ、それ以外の者達については、あまりよく知らないらしい。ケイは料理人の仕事が忙しく、あまり出歩いていなかったようだ。
「この人知ってる、すっごい偏屈な人!」
一番上の老漁師の名前を指差しながら、メアリーが声を上げる。
彼女は逆に町に溶け込もうと努力していたようで、リストに書かれた名前を大体把握していた。
「お年寄りの漁師が多いわ。それ以外も売店のお婆さんとか……えっ、この人も魔王教団だったの!?」
「年寄り……一番若い人は分かるか?」
「ちょっと待ってね。え~っと……ああ、この人この人……この人もなんだ……」
それは、大通りにある商店の女性だった。年の頃は四十代ぐらい。指差したメアリー自身も、彼女が魔王教団である事に驚いている。
「そう言えばー……小神殿長が百夜祭を変えたのって何年前でしたっけー?」
ロマティがメモを取りつつ、疑問を口にする。
「確か30年前だったかな……あ」
答えたジェイは気付いた。
祭りの変化によって百魔夜行を畏れ敬う人が減っていったと言う。
元々時代の流れと共に魔王信仰は衰退していっていたのだろうが、それが祭りの変革で一気に進んだのではないだろうか。
それにより新たに信者になる人も減っていき、30年経った結果が、二十人にも満たなくなった魔王教団というのは有り得る。
それが意味するところは――
「魔王教団、高齢化問題……!」
――新たに信者になる者がいなくなり、教団は時の流れによって緩やかに滅びつつあるという事だ。
チラリとケイを見る。彼の祖父・イヴァンがセルツに残らなければ、今の小神殿長にはならなかったと言う。
「そりゃケイも狙われるな……イヴァン卿が教団衰退の切っ掛けなんだから……」
「……やっぱりそれですかね?」
薄々気付いていたのか、彼も口元を引きつらせていた。
「じゃあ、レイラは?」
「それについても聞いてきました。百魔夜行に関心がある数少ない子で、教団の未来を担う希望だとか……」
「レイラちゃん! 『おばけの行進』以外も読もう! ボク、プレゼントするから!」
必死なモニカに対し、レイラは目を輝かせ、嬉しそうに彼女に抱き着いていた。
そして、小神殿長が戻ってきたのは翌日の事。報告を受けた大神殿は、アーロ軍を動かす決定をしたらしい。
百魔夜行――魔王軍の残党が来るという事は、外からアーロが攻められるという事。それに対処するのは彼等の役目である。
そしてジェイ達には、代官代理の実習に集中するようにと伝えられた。セルツの華族であり、学生。彼を戦わせる訳にはいかないのだ。
オードは活躍のチャンスが潰れたと残念がっていたが、ジェイとしては彼等が戦場に行かずに済むと、ほっと胸を撫で下ろしている。
問題があるとすれば、アーロ海軍が勝てるかどうかだが……。
「大丈夫なんですか?」
「『死の島』から魔物が攻めて来るのは、たまにある事ですからね」
アーロ海軍が強いという話はジェイ達も聞いた事があったが、主な敵が『死の島』から来るモンスターであるらしい。
小神殿長はアーロ海軍を信じているようだが、ジェイは魔物ではなく魔神が来る可能性を考えると、不安を拭いきる事ができない。
いざという時は、自分かポーラが動く必要がある。そう考えつつジェイは、パーティー会場の窓から見える海を見つめるのだった。
今回のタイトルの元ネタはテレサ・テンさんの『時の流れに身をまかせ』と、『北斗の拳』のトキのセリフ「激流に身を任せて同化する」です。
魔王教団は時の激流に呑まれて衰退していった感じですが。
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