第141話 名たんてい影魔ン
影の世界をひた走り、ジェイは『添』で追跡した魔王教団信徒の家へと到着した。
「……ああ、そういえばこの辺りだったな」
魔法でおおよその場所は把握していたが、直接見た事でジェイは納得の声をもらす。
オードがビーチで目撃した骸骨の覆面。仮装の練習をしていたと言う本人の家ではないが、その情報提供者の家がこの辺りだった。表札を見て、間違いない事を確認する。
当然この家の事も調べさせている。独居の高齢男性、百夜祭の準備に熱心らしく今は出掛けているはずだ。
おどろおどろしい屋敷……などではなく、ごく普通の漁師の家だ。庭先に手入れしたであろう網が見える。
こうして外から見回していても探し物は見付からないだろう。ジェイは鍵の掛かった扉を消して中に入る。
「さて、見付かるか……」
ジェイが探しているのは、この家の主が魔王軍残党と連絡を取り合っていた証拠、できればその内容が分かる物だ。
相手に魔神が交じっているかも知れないと考えると、魔法で連絡を取り合っている可能性は考えられる。それならば現場を押さえるぐらいしか手段は無いだろう。
だが、今回に関してはその可能性を切り捨てていた。何故ならば、魔法で連絡を取り合うためには、受け取る側も魔法を使える必要があるからだ。
「直接会って、伝言受け取ってたら厳しいんだが……」
その場合は、それこそ現場を押さえるしか手は無い。しかも百魔夜行がかなり近くまで接近してきている事になるので、時間の猶予も僅かとなるだろう。
そうでない事を祈りつつ、ジェイは捜索を続ける。ここで見付からなければ、再度あの祭壇まで行かねばならないと考えながら。
「……あった」
見つけたのは、奥まった部屋。そこに隠すように置かれていた先祖の霊を祀る祭壇の裏に、それは隠されていた。
紐で結ばれ封をされた黒塗りの文箱。影世界で再現された物なのでモノクロだが、これでは外でも大して変わらないだろう。
その蓋には『第三の眼』を持つドクロが描かれている。魔法王国時代のデザインだ、かなりの年代物だろう。
「この箱自体に歴史的な価値が有りそうだな」
この家とは不釣り合いの豪華さだ。そんな事を考えながらジェイは紐を解き、ゆっくりと蓋を開けて中を確認した。
その後ジェイは、家臣に命じて実際に家を捜索させ、即座に黒塗りの文箱を押収させた。影世界では白く見えていたが、実際に銀で彩られたドクロだったようだ。
そしてこの家の家主も逮捕させている。漁師をしている老齢の男性だった。
他にも何人か信徒として目を付けている者達がいるが、そちらはまだ証拠不足。
一人逮捕する事であちらに「代官代理が魔王教団の情報を掴んでいる」と情報が漏れるだろうが、それは承知の上での逮捕である。それだけの物が文箱の中にはあった。
『愛の鐘』亭に戻ったジェイ。老漁師への尋問を家臣に任せていると、明日香が勢いよく出迎えに来てくれた。
「おかえりなさーい♪」
「ああ、こっちは収穫アリだ。レイラは?」
「バッチリ連れてきましたよ! 今はモニカと部屋にいます!」
「上手く行ったか。それじゃ皆をロビーに……いや、パーティ会場の方に集めてくれ」
玄関ロビーは周りの目があるので避けた。
「皆って、どこまでですか?」
「今この宿にいる、俺達の関係者全員だ。警備以外のな」
ケイ達がまだ取材中だが、非常事態であるためそちらは一旦中断してもらう事になる。
「分かりましたっ!」
「転ぶなよ~」
元気に駆け出す明日香を見送りつつ、ジェイは小神殿長の下へと向かった。そして、まだ班長達を説教中だった彼に文箱の中身を見せる。
班長達もその場にいるが、それは構わない。元より彼等には、この後百魔夜行の事を伝えるのだから。
文箱に中に入っていたのは一通の手紙のみ。文箱の豪華さを見るに、おそらく文箱ごと届けられたのだろう。
そこには今年の百夜祭に合わせて帰還するため、歓迎の準備を整えておくようにという命令が書かれていた。
「本物の百魔夜行が戻ってくる!?」
小神殿長が悲鳴のような声を上げ、班長達は驚いに目を丸くして顔を見合わせる。
そう、これこそが情報が漏れるのを覚悟の上で証拠の確保に踏み切った理由だ。
百魔夜行、すなわち魔王軍の残党。言うなればこれは、敵軍の侵攻予告である。
全盛期の魔法使いの末裔……いや、魔神がいる事も考えられる。これはもうアーロという国そのものをを動かさねばいけない案件だ。
そして、そのために必要となるのが確かな証拠である。
「い、いたずらという可能性は……」
「ないです。いたずらでこの文箱、用意できます?」
「だよね……」
ガックリと肩を落とす小神殿長。彼も分かってはいるのだろう。現実逃避したいだけで。
しかし、それは許されない。班長達への説教は途中だったが、小神殿長は文箱を持ってダニエルと共に帰って行った。すぐに大神殿に向かうとの事だ。
「あの……!」
「聞きたい事はあるでしょうが、話は皆を集めてからで」
班長はコクコクと頷いて、質問を止めた。百戦錬磨の辺境取材班も、流石にこれほどの大事は初めてのようだ。
そのまま班長達を連れてパーティー会場に向かうと、明日香が既に皆を揃えていた。
ここはエラとメアリーが再会した場所だからか、メアリーは居心地が悪そうにしている。
気持ちは分からなくもないが、今はそれに構っている暇は無いと、ジェイは百魔夜行の帰還について皆に伝えた。
「本物の百魔夜行……つまり、魔王軍の残党よね?」
「よりによって百夜祭の日に……」
エラとメアリーの姉妹が呟く。小さな声だったが、しんと静まりかえったパーティー会場にやけに響いた。
「まずい……百夜祭に合わせてパパも来るのに……」
そう言うモニカは、レイラが怯えそうだと彼女の小さな身体をぎゅっと抱きしめている。
もっとも、当のレイラは状況を理解しきれていないようで「本物の百魔夜行が来る」と目を輝かせていたが。
「だが、船が来るのは丁度良い。皆はそれに乗って脱出を……」
「い、いえ! 私は帰りません!」
ジェイの言葉を遮るように、エラが声を張り上げた。
「私は戦えませんが、今はここが昴家の本陣! 最後までここに!」
「最後とか縁起悪い事言うな」
必死な彼女に、ジェイはすかさずツッコんだ。
しかし、婚約者としては譲れぬ一線なのだろう。ケイとメアリーの件で迷惑を掛けて、自分は婚約者失格ではと思っているから余計に。
これは退きそうにない。そう判断したジェイは、明日香とモニカに視線を向ける。
「まさか、あたしにも帰れとか言いませんよね?」
しかし、明日香はやる気満々だった。にこにこ顔だが圧が強い。
「ねえ、ここの食料の在庫どうなってたっけ?」
モニカに至っては、最悪の場合の籠城に備えて思考を巡らせていた。
その頼もしい婚約者達の姿に、ジェイは小さくため息をつきつつ、これは負けられないと改めて心に決めるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、マンガ『名たんていカゲマン』です。




