第139話 シン・百魔夜行
「どうしましょう、ジェイ! 教団の人達に詳しい話を聞いてみますか?」
「素直に話してというか、認めてくれるか? 魔王信徒だって」
少々ややこしい話となるが、今となると魔王の信徒である事を大っぴらにする者はいない。しかし、実は魔王の信徒である事、それ自体は罪ではないのだ。
罪ではないが一般的には忌避される、そんな微妙な立ち位置。
セルツが魔王教団を禁止にしようとしたのは建国してすぐの頃の話だが、当時は魔法使い『純血派』の勢力がまだ強く、禁止にできなかったと言われている。
そして魔法使いが衰退した今となっては、わざわざ禁止する程の勢力も残ってないとされているが……。
「地方に行くと~、たまに残ってたりするんですよね~」
これは地方ロケの経験が多いというユーミアの言葉。
班長達も普段ならば、そういう「空気」を感じる所では飲酒を控えるそうだ。
「ここはそういう雰囲気無かったんですけど~」
しかしゴーシュでは、それらしい雰囲気を感じなかったとの事。
「それはそれとして~、深酒して危険な事しちゃったのは擁護できませんけどね~」
「要するに油断してたという事か」
ジェイの指摘に、ユーミアはうんうんと頷いた。
ともかくひとつ言える事は、「あなたは魔王教団ですか?」と問われて、素直にはいと頷いてくれる人はそうそういないという事だ。
魔法で追跡したと言ってもしらばっくれるだろう。特に神殿の力が強いアーロでは、認めてしまえば町を追い出されてしまう事も有り得るのだから尚更である。
「ビーチの森にいたの、覗きでしょっぴいちゃう?」
「モニカ、いくらなんでもそれは無理があるぞ」
何より「代官代理」の立場では、できる事が限られている。
ここはやはり小神殿長と話をする必要がある。明日の朝来る事になっているので丁度良いだろう。
翌朝、小神殿長が神殿騎士ダニエルを伴って『愛の鐘』亭を訪れた。
班長達はまだ寝ているとの事なので、先にジェイ達の部屋に呼ぶ。
話をするのはジェイ、明日香、モニカ、エラ、ポーラの五人。
昨夜戻ってきたポーラに魔王教団の話をすると、やはり気になるのか今日は同席する事になっていた。
ユーミアは「後で、問題の無いところだけ聞かせてくださいね~」という事で、ロマティを連れて席を外している。
班長達が起きたら、事情を説明しておくそうだ。昨夜探しに行った者として、オードもそちらに同行していた。
また、念のためダニエルは別室に控えていてもらっている。小神殿長が魔王教団の一員である可能性は低いが、ダニエルについては分からないからだ。
「展望台の対岸に、魔王教団の祭壇が!?」
という訳で、魔王教団について説明すると、小神殿長は驚きの表情を見せた。そこは予想通りの反応である。
「まだ残っていたのか……」
「……まだ?」
しかし、そこから予想外の反応を見せた。
彼の反応は、ゴーシュに魔王教団がいると知っていた事を表している。
「ご存知だったのですか? ゴーシュに魔王教団がいる事を」
「かつてはいたと聞いておりました。『百夜祭』は、元々魔王信仰の祭りですし」
エラの問い掛けに、小神殿長は何の気負いもない様子で答えた。
「ああ、なるほど。百魔夜行が魔王軍の残党の話だから……」
「ええ、その時に一部が離脱してゴーシュに残ったそうです」
当時はアーロもまだ連合王国入りしておらず、また魔王信仰も忌避されるものではなかった。
そのため残った残党も「戦火を逃れてきた便利な魔法使い」として、この町に受け容れられたそうだ。
『百夜祭』も、元々は彼等が始めたものだったらしい。
「再起に備えていたのかも知れませんね」
天井を仰ぎながら、そう呟いたのはポーラ。
「つまり、いずれ『死の島』から百魔夜行のルートを遡って……」
「あっ! セルツに攻め込むための下準備ですか!?」
その言葉の意味をいち早く理解したのはジェイと明日香。ポーラはコクリと頷いて肯定する。
「百夜祭については私も調べてみましたが、当初は百魔夜行を恐れさせるものだったようです」
「そういえば昔の百魔夜行の絵本はガチで怖かったよね、ジェイ」
「……ああ、そうだったな」
ジェイはそこまで怖がっていなかったが、モニカが本気で怯えていたのを覚えていた。
「最初から怖がらせていたら、勝ったも同然です! いえ、戦いにもなりません!」
「簡単に降伏させられるという事ね」
明日香とエラの言う通りである。そうなるようにする事が、ゴーシュに残った魔王教団の「下準備」だったのだろう。
しかし、今や百夜祭は日本のハロウィンのようなコスプレパーティーと化している。
また子供達に百魔夜行は恐ろしいものだと教えるはずの絵本も、いまや愛嬌のある『おばけの行進』である。
そう、時代の流れと共に百魔夜行、すなわち魔王軍の残党は恐れられなくなってしまったのだ。
「……百夜祭を、仮装行列として楽しむようにしたの私なんですけどね」
「えっ?」
ここで小神殿長が種明かし。
「その、魔王教団は過去のものと思ってましたし、いつまでもおどろおどろしくやっていても観光客を呼べないと思いまして……」
彼が小神殿長に就任した頃――30年以上前から、セルツに近い東側に比べて西側は田舎とささやかれており、町おこしせねばと考えたそうだ。
「そこで町おこしの第一弾として考えたのが、百夜祭をもっと親しみやすい祭りにする事だったのです」
「……もしかして『おばけの行進』も?」
「それは第四弾です」
ちなみに展望台を作ったのが第二弾、『愛の鐘』亭を作ったのが第三弾だとか。三度目の正直という事で、できるだけの予算をつぎ込んだらしい。
その結果予算不足となり、大きな事はできなくなって、第四弾は絵本のリニューアルとなったそうだ。結局『おばけの行進』は地元でしか流通していないが。
「結局そこまででしたね……それから何年も何もできず、貴方達の長期実習を受け容れたのが第五弾ですよ」
「それは……」
「また……」
ジェイとモニカは顔を見合わせる。本人は気付いていないようだが、二人は気付いた。
そして答え合わせを求めて、ポーラに視線を向ける。
「……かつて人々が兄を、魔王を信仰したのは、恐怖が大きな理由でした……『暴虐の魔王』への恐怖が」
つまり、魔王の支配は恐怖による支配。逆らわない証として信仰するという意味合いもあったという事だ。
「あっ……」
ここでエラも気付き、三人で小神殿長を見る。
しかし明日香はまだ理解が追い付かず小首を傾げ、小神殿長も分かっていないようで戸惑いながらキョロキョロとしている。
魔王教団による、魔王軍再侵攻への下準備であった百夜祭。それをコスプレパーティーと化し、そして絵本『おばけの行進』で百魔夜行そのものへの恐怖を薄れさせる。
そう、目の前の老人は、本人も知らぬ間に魔王教団にダメージを与え続けていたのである。
今回のタイトルの元ネタは映画の『シン・ゴジラ』です。
「シン」は、真相・真実の「真」ですね。