第13話 ポーラ島連続暴走事件
聞き込みに行かせた家臣達が戻ってきたのは夜遅くの事だった。
先に帰ってきたのは商会従者達だ。一緒に食事をしながらの聞き込みだったので、夕飯は済ませてきたらしい。
「残念ながら、短剣を作っている者は見つかりませんでした。武器屋の者達が言うには、本土で作られて島に持ち込まれているのではないかと……」
「……抜け荷か?」
抜け荷とは、すなわち禁じられた品を扱う密貿易の事である。
「いえ、あの短剣自体は堂々と持ち込んだとしても咎められる事は無いでしょう」
悪趣味ではあるが、それ自体は犯罪ではないのだ。
島を出入りする物をチェックするのも南天騎士団の仕事なので、この件については小熊に調べてもらった方が良いだろう。
「こちらは鞘師を当たってみました。あれと同じ短剣の鞘を作った者が一人……」
「鞘を? ボーとアルバートは持ってなかった……いや、あの場に持ってきていなかっただけの可能性もあるか。誰が注文したのか分かるか?」
「はい、それが……」
「どうした?」
「こちらが捜査を委任された風騎委員の使いだと伝えると教えてもらえたのですが、偽名の可能性もあるし、そもそも注文に来たのが持ち主本人とは限らないと……」
その報告を受けて、ジェイは眉を潜める。なお、教えてもらった名前は漢字の家名が無かったそうだ。持ち主本人の本名だとすれば、華族ではないという事になるが……。
「ただ、その短剣は……三つの目全てに魔素結晶が嵌め込まれていたそうです」
「そうか……」
やはり「一回分の魔素」が、鍵を握っているようだ。
しかし結局のところは「何のために使うか」が問題なので、この点については「まともに会話ができる状態の」持ち主から話を聞かなければならないだろう。
このタイミングで、聞き込みに行っていた兵達の片方が帰ってきた。
こちらは食事だけでなく酒も飲んで来たようで、見事に酔っぱらっている。戦場では頼りになる者達なのだが、これでは今すぐ話を聞くのは難しそうだ。
しかし、明日香の家臣の女性剣士達は酒量を控えめにしていたようで、こちらはすぐに話せる状態だった。
「ボーの同級生だったという者に会う事ができました」
その人物は在学中のバイトで培ったコネとスキルを活かして、今は自由騎士をやりながら酒場の料理人をしているそうだ。
話を聞きたいなら注文してくれと言われ、その料理が意外と美味しく、気をよくした彼が酒を勧めてきた結果がご覧の有様らしい。
「その人が言うには、ボーは新たに家を興すために騎士団入りを目指していたそうです」
「騎士団入り……アルバートもか?」
「アルバート?」
「ああ、テレビのニュース見てないのか。例の二人目だ。三年の風騎委員だったらしい」
「ポーラの生徒ですか……」
女性剣士は呆れ顔になっている。彼女はダイン幕府の人間なので、何やってるんだ王国人と言いたい気持ちなのだろう。
しかしすぐに自分の表情に気付いたようで、誤魔化すように小さく咳払いをする。
「……失礼しました。ただ、騎士団入りは失敗したようですね。そもそも風騎委員でもなかったようですし」
「風騎委員じゃないのに騎士団入り?」
その報告にエラが首を傾げる。
彼女が知る限り、騎士団入りを目指すならば早い内から風騎委員に入った方が良い。学校側からもそう勧められる。
風騎委員にならないまま卒業したという事は、彼が騎士団入りを目指し始めたのはかなり遅いという事になる。
ちなみに明確に定められている訳ではないが、原則として三年生になると新たに委員会入りはできない事になっていた。
何か騎士団入りしなければならなくなる事があったのだろうか。ジェイがそんな事を考えていると、最後の一組が帰ってきた。
「やりましたぜ、若! バッチリだ!」
勢いよく部屋に入ってきたのは、チェインメイルを身に着けた大柄な兵。
彼は小熊と一緒に戻ってきていた。聞き込み中に会い、一緒に捜査したとの事だ。
こちらは夕食もまだらしいので、すぐに侍女に用意してもらう。
「ボーの部屋を見つけて、小熊の旦那と一緒に調べてきやした!」
南天騎士の小熊が一緒だったので、スムーズに家の中を捜索できたそうだ。
「それで、こんな手紙がですね……いや、俺は読めねえんですけど」
ジェイはその手紙を開いて納得した。それは「漢字」混じりで書かれていたのだ。
転生した彼自身も驚いた事なのだが、この世界では会話も読み書きも日本語が使われている。かつて召喚された武士達の影響だろう。
元々使われていた言語もあったが、そちらは魔法使い達が知識を独占していた。そのため魔法使い以外だと読み書きできない者が大半だったのだ。
そして戦後国中に散った武士達の中から、戦災孤児の保護を兼ねて孤児院兼学校として『寺子屋』を開く者が現れだした。
当時は戦争の被害が大きかった事もあって寺子屋は数を増やしていき……その結果、この世界に元々あった言語よりも日本語の方が普及してしまったのである。
そもそも武士達は、魔法使い達とは翻訳魔法で会話をしていたため、この世界の言葉を知らなかったのだから仕方がない。教えられるのが日本語だけだったのだ。
ただ、一般的には「ひらがな」と「カタカナ」だけが使われている。この二つは識字率がそれなりに高いのに対し、漢字は識字率が低いためだ。
そのため布告などはひらがな、カタカナの二種類だけが使われていた。
漢字になる部分をカタカナに置き換えて表記する。つまり「カンジになるブブンをカタカナにオきカえてヒョウキする」という事だ。
なお、『セルツ建国物語』などのタイトルや、店の看板などはあえて漢字が使われていたりするが、その理由が「格好良いから」だったりするのは余談である。
それはともかく、手紙は漢字混じりでボーに実家に帰ってくるよう促すものだった。実家の方では縁談を用意していたようだ。
「それでも戻っていなかったって事は、縁談相手に不満があったのか?」
「他に好きな人がいた……とか?」
「そういえば、レストランでウェイトレスを……」
モニカの言葉に、ジェイも思い当たる節があった。
「う~ん、愛ゆえにって感じですけど、それと騎士団入りってどう関係するんですか?」
「家を継がない人が騎士団入りした場合、新しく家を興す事が多いのよ」
続けて明日香も疑問を口にするが、これにはエラが答えた。
「あ、それ狼谷団長っスね。入団した時に独立したって聞いてるっス」
侍女が用意した食事をかき込んでいた小熊が口を挟んできた。
「つまり……ボーは好きな人がいて、実家が用意した縁談には反対だった」
「家を興して一家の当主になれば、結婚相手は自分で選べるわね」
「あたしは自分で選んでませんけど、ジェイで良かったって思ってますよっ!」
モニカがまとめ、エラが補足し、そして明日香がのろける。
ジェイは視線を逸らしたが、頬が紅い。それに気付いている明日香はにこにこ顔だ。
「と、とにかく、ボーが騎士団入りを目指していた動機は見えてきたな!」
誤魔化し気味に声を上げるジェイ。エラがそれを微笑ましそうに見ている。
「だが、そうなると分からない事がある。ボーが騎士団入りできなかったのは、風騎委員じゃなかったからか? それだとアルバートはどうなんだって話になるんだが……」
「単に実力が足りなかったからじゃないっスか?」
その疑問には、小熊が馬鹿笑いしながら答えた。食事はもう食べ終わったようだ。
「もしかしてアルバートも……? こっちは周防委員長に確認した方が良さそうだな」
「明日は学園休みだよ、ジェイ」
モニカが指摘した。ポーラ華族学園は週休四日なので、登校するのは一日おきである。
「あ~……周防君、学園にいると思いますよ。でも、忙しいかもしれませんねぇ。風騎委員が不祥事を起こした訳ですから……」
明日の周防委員長は、学園の風騎委員室でアルバートの件の後始末に追われているだろうとエラは言う。なので訪ねれば会う事は可能との事だ。
これで今日得た情報は出揃った。それを元にジェイは明日の捜査方針を判断する。
「よし、俺達は明日周防委員長に会いに行ってくる」
まずジェイ達は、学園に行ってアルバートについて調べる事にした。エラによると、ソフィアは休みの日も図書館にいるそうなので、そちらにも寄る事になるだろう。
「小熊さん、南天騎士団って島に入る物のチェックをしてますよね? そちらに短剣を持ち込んだヤツの情報が無いか調べてもらえますか?」
「短剣を島に持ち込んだヤツを探すんスね! 了解っス!」
これで見つからなければ、抜け荷など秘密裡に持ち込まれたと考えられる。
それともうひとつ、家臣達に調べてもらう事がある。
「お前達は、鞘を注文した人物を探してみてくれ。見つけたら短剣持って暴走してる可能性もあるから、護衛をしっかり連れてな」
「承知しました」
商会従者の二人に引き続き聞き込みを頼む。兵の方はジェイ達の護衛と、彼等の護衛に分ける事となった。
ボーの目的などは分かってきたが、そのためにどうして短剣が必要だったか、短剣で何をしようとしたのかがまだ見えてこない。
明日はもう一人の短剣の使用者アルバートと、短剣を持ち込んだ者と、三人目かもしれない鞘を作らせた者。三つの方向から真相に近付いてみるとしよう。
今回のタイトルの元ネタは、名作アドベンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』です。




