第137話 影に耳ありケイにメアリー
祈りの儀式が終わると、覆面の者達はそのまま輪になって座り何やら話し始めた。
影世界から肩を寄せ合って覗き込む二人。ジェイの腕に抱き着く、明日香の腕に力がこもる。
「帰りませんね……」
「まだ何かするのか?」
もしや生け贄の儀式ではとジェイは一瞬考えたが、彼等はそれらしいものを連れて来ていない。信徒を……という可能性も無い訳ではないが。
いざという時は止めねばと考えつつ、彼等から見えない位置から耳をそばだてる。
しかし、覆面を被っているためか声がくぐもっている。それでもなんとか聞き取ろうとしていると、辛うじていくつかの言葉を拾う事ができた。
「あのお方が……魔……が……………れる……!」
「今『魔神』か『魔王』って言いませんでした?」
明日香の言葉に、ジェイはコクリと頷いた。やはり彼等は魔王教団なのだろう。
「ああ……………………死の島から…………………帰って………!」
「『帰って』……来る? それとも、『帰って』くれ?」
「ダメだ、俺も聞き取れなかった」
くぐもった声では、声の様子を感じ取る事もできない。
「何が帰ってくるんですかね?」
「考えられるのは……『百魔夜行』か」
絵本『おばけの行進』では可愛らしくなっているが、あれはアーロ島を通って南の『死の島』に逃げたカムートの残党達の事だ。
魔王教団が帰ってくると言うと、まず思い浮かぶのはそれだった。
そこからは覆面達は額を突き合わせて更に声をひそませる。
更に声は聞き取れなくなったが、その様子はこの状況にもかかわらず誰かに会話を聞かれるのを恐れているように見えた。
そうこうしている内に、覆面達は帰り支度を始める。
何やら話しながら船に乗り込もうとしているので、ジェイは影世界でそれを追い、最後まで話を聞き取ろうとする。
「…………………こそケイを……………………こねば!」
「…………レイラ………だ? …………我等の………」
その瞬間、明日香が目を丸くしてジェイの肩をバシバシ叩いた。
「今……!」
「ああ、確かに言ったな……」
聞き間違いではない。それはジェイ達も知っている二人の名前だった。
「『レイラ』って、あの子ですよね、ビーチで絵本読んでた子!!」
「ああ……だが、魔王教団とどういう関係なんだ?」
二人して首を傾げるが、分からない。これは考えても答えは出ないだろう。
覆面の者達も漁船に乗って帰って行ったので、二人は急いで『愛の鐘』亭へと戻る。
「ジェイ、追跡は?」
「もちろん、影を付き『添』わせてる」
『影刃八法』の『添』で、儀式を取り仕切っていた男と他数人を追跡しながら。
二人が『愛の鐘』亭に到着すると、何故か門衛の兵と一緒にオードが立っていた。
「……何やってるんだ?」
「フッ、卿の代理を頼まれたからな」
そこまでは頼んでいない。代わりに班長達を送り届けてくれと頼んだだけである。
とりあえず彼等の方は、何事も無かったようだ。門衛から班長達は部屋で寝かせてあると聞き、ジェイの方からも耳打ちしてから、オードも連れて中に入る。
すると玄関ロビーに深刻そうな顔をしたユーミアとロマティがいた。ロマティの方は報せを受けて起きたらしい。エラがそれに付き添っている。
三人はジェイ達に気付くと、駆け寄ってきて何があったのかと尋ねてくる。
「何か壊したとかはなかったですよ。ただ、明日以降について話があるので、部屋に来てくれますか?」
対するジェイは、この場では魔王教団については触れずに誤魔化した。
するとユーミアはロマティと顔を見合わせ、何かあったと察したのか神妙な面持ちでコクリと頷いた。
「オードも来てくれ」
「えー、吾輩一仕事を終えたから一杯呑もうかと……」
「いいから来い!」
オードに限らず、ポーラ華族学園の学生は皆成人済みである。成人と認められた者が入学できる学園なのだから。
「あ、おかえり~!」
部屋に戻ると、まずモニカが出迎えた。
ジェイに抱き着こうとするが、直前でオードとユーミアも一緒である事に気付いてピタリと足を止める。
そして何事もなかったかのように部屋に戻ってお茶の準備を始めるが、もう遅い。
ただ、不安そうにしていたユーミアを落ち着かせる事ができたようで、彼女は一息ついてジェイに問い掛ける。
「それで~……何があったのですか~?」
「立ち話でするには長い、まずは座ってくれ」
これは、ただ酔っ払いが騒いだだけの話ではない。ジェイの反応からそう察したユーミアは、小さくため息をついてソファに向かった。
皆をソファに座らせ、モニカの用意してくれたお茶で喉の乾きを癒したジェイは、展望台の対岸にある洞窟、その中に魔王教団の祭壇があった事を話した。
「ふむ……つまり、吾輩大活躍で魔王教団を……」
「違う。調査の邪魔にならないようしてくれって事だ」
知らせない方が不自然な態度にならなかった気もするが、この調子で何も知らないままうろちょろ観光されても困る。
危険を避けさせるためにも、やはり説明は必要だろう。
「取材班の方は……」
「大丈夫ですよ~。こういう時の対処方法も分かってますから~」
ユーミアは手慣れた様子で言った。地方ロケというのは、思っている程楽なものではないのかもしれない。
「私は先輩達と一緒にいるようにします」
「ああ、そうした方がいい」
ロマティも、しばらく取材班と行動を共にするとの事だった。
「でも、どうしてそんな所に祭壇が……?」
「一応、展望台からは岩陰になってて見えませんでしたよ?」
エラの疑問に明日香がフォローを入れるが、場所を考えろという感想は拭えない。
「それで、祭壇に集まってた奴等なんだが……どうも、何度か目撃されてた骸骨の覆面だったみたいだ」
「仮装の練習じゃなかったのかね!?」
オードが驚きの声を上げた。
「そう報告を受けた。つまり、どこかに偽情報を入れた者がいたという事だ」
「うぬぬ……! ハッ、もしや町の皆が!?」
「いや、町ぐるみって訳じゃないだろう。もしそうなら、そもそもあんな場所に展望台を造ってないだろうし」
「そうか……そうだな」
しかし現在、覆面達に『添』えた影の反応はゴーシュの町中に入っている。町の住民の中にあの覆面達が紛れているのはほぼ間違いない。
しかし、具体的にどれほどいるかは分からないというのが現状だった。
「あと、あいつら気になる名前を言っていた……ケイとレイラのな」
その瞬間、エラは思わず腰を浮かせた。
「なんでレイラちゃん!?」
モニカも驚きの声を上げる。彼女はあの絵本好きの少女の事を本好き仲間として気に掛けていた。
「理由までは聞き取れなかったんだが……モニカ、レイラの家って知ってるか?」
「ゴメン、流石に聞いてない」
「それなら明日にでも調べて、ここに『招待』してくれるか?」
「それは『保護』? それとも……」
「……『隔離』だな」
魔王教団に狙われていると見るか、教団関係者と見るかの違いである。
ジェイは、現時点ではどちらとも言えないと考えており、町に潜んでいるであろう魔王教団から遠ざけるという意味合いが強かった。
エラの方も、遠慮がちに尋ねてくる。
「その、ケイの方は?」
「一応、見張らせてる」
帰ってきた際に、門衛に耳打ちしていたのがそれだ。
「……疑ってるの?」
「……気になる事がある」
ジェイには引っ掛かる事があった。先日目撃した、『愛の鐘』亭の入り口で彼が町の人に絡まれていた件だ。
あの時ケイは、彼等の事を食材関係で絡んできた漁師だと言っていた。
今日目撃した魔王教団は、漁船を使って祭壇まで行っていた。
そして彼等は、ケイの名前を出した。
こちらも現時点ではケイがどちら側かについては分からない。しかし、ジェイとしては無視する訳にもいかない。
「とりあえず、話を聞いてみよう」
そうしなければ始まらない。ジェイは、ケイに会いに行くべくソファから立ち上がるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、ことわざ「壁に耳あり障子に目あり」です。