第136話 つきはおまえとなかまのドクロをうつす
「ゆ、幽霊船です! 幽霊船が出ました!!」
その声に触発されたのか、別のスタッフが魔動カメラを差し出してきた。撮影した映像をその場で確認できる最新型だ。
スタッフを宥めるのは家臣達に任せ、渡してきたスタッフに操作をさせながらジェイ、明日香、オードの三人で映像を確認する。
ここだと見せられたそれには「あれは何だ?」「海賊か?」等のスタッフの戸惑う声と共に、暗い海を小さな灯りと共に進む船の姿が撮影されていた。
このスタッフは正体を付き止めようとしたようで、船がズームアップされる。
帆の無い船に、何人かの人影が見える。十人にも満たないだろう。
暗くてよく見えないが、人影の頭があるであろう部分に、ぼんやりと白いドクロが浮かび上がっているように見える。
ガイコツが人間サイズだとすれば、船の方もそれほど大きなものではあるまい。
「ジェイ、ジェイ、これ漁船じゃないですか?」
明日香が気付いた。この町で使われている小さな漁船に似ている事に。
更に映像を確認してみるが、途中で見失ってしまったようで、船がどこに行ったかは分からなかった。
「何度か目撃されてるヤツと同じか……?」
見終わったジェイがまず考えたのは、何度か目撃されているガイコツとの関連性だ。
ガイコツの覆面を被った人という話だったが、船に乗っているのも同じだろうかと。
「う~む、これでは何も分からんな」
オードの言う通り、これだけでは正体も目的も不明だ。
しかし、これは放置できない。そう判断したジェイは矢継ぎ早に指示を出す。
「オード、酔っ払い達を宿に連行しておいてくれるか? 俺と明日香は、展望台に行ってみる」
「む? 吾輩でいいのかね?」
「一番酔ってそうなヤツがな……」
そう言ってチラリと視線を向けた先には泥酔している班長。彼はれっきとした華族だ。
要するに、酔った班長が抵抗してきた場合、同じ華族がいた方がスムーズに事を進められるのである。
「……なるほど、任せたまえ」
華族社会の事なので、オードもすぐに理解した。
従業員達はテキパキと酔っ払い達を運んで行く。これならば大丈夫だろうと後の事はオードに任せ、ジェイと明日香は急いで展望台へと駆け出した。
そのまま何事もなく、二人は展望台に到着。
「……暗いな」
しかし魔動ランプも設置されておらず、辺りは真っ暗だった。
そもそもここから見えるのは夜の海であり、町の灯りが見えるような場所でもない。元々夜景を楽しむ場所でもないのだろう。
一応二人もランプを持ってきているが、これだけでは全然足りない。
これでは調査が続けられないと、ジェイは明日香に手を差し出す。
「明日香、『潜』るぞ」
「えっ? あっ、分かりました!」
明日香がその手を握ると、ジェイは『影刃八法』の『潜』で影世界へと潜り込んだ。
そこは明るくも暗くもないモノクロの世界、それ故に夜でも昼と同じように見える。
「確か映像だと、こ~んな風に進んでましたね」
明日香が船が浮かんでいたであろう場所を指差しながら、ついーっと進行方向へと手を振って見せる。
その動きは、向こう岸の岸壁を指差した所で止まった。ジェイは、ここからは見えない岸壁の向こう側へと進んで行ったのだろうかと目を凝らす。
「あの辺り、結構入り組んでるな」
そして気付いた。展望台からは角度の関係で分かりにくいが、岸壁はかなり入り組んだ凸凹した地形である事を。
「もう少し近付いてみよう。明日香、掴まれ」
「はいっ!」
映像で見た漁船ぐらいならば隠れられるスペースも有るかもしれない。ジェイは明日香を抱き寄せ、影を操って最短距離で岸壁へと向かうのだった。
丁度その頃オード達は、何事もなく『愛の鐘』亭に戻っていた。
出迎えたのは酔った班長達が飛び出して行った事を聞いたユーミアと、ジェイがいない間の責任者として玄関ロビーで待機していたエラ。
「すいませ~ん、ウチのスタッフが~。お世話になってしまったようで~」
「いやいや、何事もなくて良かった」
取材班のスタッフが問題を起こしてしまったという事でユーミアは先程までエラに、今はオードに平謝りだ。
一部のスタッフは幽霊船騒ぎで酔いが醒めたようで、借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
その一方で班長を始めとする者達は、立つ事もままならない程に酔いが回っていた。
「こういう時は説教するものなのですが……」
仕事で残っていた神殿騎士のダニエルが言葉を濁す。
「今説教したところで、記憶に残るか微妙ね」
エラがため息をつきつつ続けた。
実際彼女の言う通りなので、班長達を説教するのが酔いが醒めてから。小神殿長に任せる事となった。
「よろしいのですか? こういうのは代官の仕事にもなると思いますが……」
「今回は、大人が相手ですし」
年配の小神殿長の方が、説教される側も納得するし、そちらの方が効くだろうという判断である。
とりあえずエラは連れ戻されたスタッフ達を部屋で休ませ、明日小神殿長が来るまで無暗に出歩かせないようにと兵達に命じるのだった。
一方ジェイ達は、対岸にたどり着いていた。崖の上からでは、影世界でも海面付近はよく見えない。
しかし、影世界では二人が立っている崖も魔法で再現された物。逆にこれを上から消していく事で二人は海面に近付いていく。
「波が動かないと変な感じですね」
「全部再現できる訳ではないからな」
海中まで再現できないが、代わりに海面に立つ事ができる。硬くもなく、柔らかくもなく、海面を踏む感覚が奇妙だ。
そのまま辺りを探っていくと、展望台から見えない位置に洞窟があるのを発見する。
「明日香、あれ」
「は、はい、入ってみましょう」
ジェイに顔を近付け、小声で答える明日香。
「いや、向こうには聞こえないから声をひそめなくてもいいぞ」
「あ、そうでした……」
雰囲気の問題かもしれない。
中は途中まで海水が入り込んでおり、船もあった。特に飾り気もない小型の漁船だ。
影から向こう側を確認してみるがガイコツの覆面達は乗っていない。しかし、その際に奥の方から明かりが見えたので、影世界で奥へと進んでいく。
緩やかな傾斜を登って行くと、洞窟の奥は広くなっていた。
その最奥にあるのは大きなマントを羽織った男性の像。ジェイはそれに見覚えがあった。
「『暴虐の魔王』……!」
そう、それは旧校舎の隠し地下室で見た魔王像と同じ物だった。
像の両隣には燭台。見えていた明かりは、これのようだ。
明かりが点いているという事は、今ここに人がいるという事。ジェイは物陰から向こう側の様子を窺う。
すると漁船に乗っていたであろうガイコツの覆面達がひざまずき、くぐもった声で祈りを捧げる姿が見えた。
重なる声が洞窟内に響き、飲み込まれるような音色となっている。ジェイは一旦影の扉を閉じてそれを遮った。
静かになった影世界で、明日香がくいくいっとジェイの袖を引く。
「ジェイ、ジェイ、この人達って……」
「ああ……魔王教団、だろうな」
かつてこの地で栄え、そして滅びたカムート魔法国。
それを支配していた『暴虐の魔王』を信仰する者達、魔王教団。
そう、ここはその教団の礼拝所だったのだ。
今回のタイトルの元ネタは、『ガンバの大冒険』のエンディングテーマ「冒険者たちのバラード」です。
子供向け作品なのでひらがななのでしょうが、怖いトラウマソングとしても有名だったり……。