第135話 フライング・カケオチマン
ジェイがケイの下に赴くとき、取材班長が班の一部を連れてついて来た。
「なるほど、海の家を作るから、そこに出す料理を……」
「急かすようで悪いんだが、可能ならば百夜祭の屋台でそれを出し、皆に知ってもらった上で海の家でも出すようにしたい。できそうか?」
「なんとかしてみせましょう」
期限が短い事はジェイも分かっていたため、無理でも仕方がないぐらいに考えていたが、ケイはあっさりとこれを承諾した。
「これが……最後の恩返しの機会となるかもしれませんから……」
軽い気持ちで答えた訳ではない事は、その表情から見て取る事ができた。
時間が足りないのだから邪魔をしてはいけないとジェイ達は厨房を出る。すると、廊下で中の様子を窺っていたメアリーと鉢合わせになった。
「あ、ちょっと待ってください」
慌てて走り去ろうとする彼女を、班長が呼び止める。彼女はピタリと足を止め、恐る恐る振り返った。
「ちょっとお聞きしたいんですけどね。あなた達、どうして駆け落ち先にここを選んだんです?」
「……はい?」
「いやぁ、何かお目当てのものがあったのかなぁと。要するに、穴場とかあったら教えて欲しいんですけど」
班長として、もう少し紹介する観光名所を増やしたい。二人の駆け落ちに関しては取材しない約束だが、二人がここを選んだ理由に手掛かりがあるかもしれないと考えていた。
「そうは言っても、ここを選んだのはケイだから……」
「おや、そうなんですか?」
「なんでも、お爺さんがここの出身だったって」
「あ~……」
班長は、落胆は見せずに納得の声を出した。
「私も初めて聞きましたが、ケイのお爺様はここの小神殿の関係者だったのでしょうね」
その後、班長達と別れて部屋に戻ったジェイは、エラに先程の話について尋ねてみた。
お互いぎくしゃくしていたので、これは丁度良い機会だと考えたというのもある。
「確かアーロでは、小神殿長が華族なんだよな?」
「正確には『他の国からも領主華族と同格に扱われる』ね。この国に華族は存在しないわ」
この場合、他の国というのは連合王国を構成する国々の事だ。ダイン幕府からは領主華族と同格とは認められない。
そして中央の大神殿の神殿長が国王と同格扱いとなるが、こちらもやはり王家そのものではないのだ。
「この国では、次の神殿長候補となる神殿騎士達を華族学園に入学させるのよ。そして卒業生の中から神殿長を選ぶの」
「親から子へ、という訳ではないのか」
実際アーロは、次期神殿長候補を華族学園に送り込んでいる。そこで血縁関係などは考慮されない。そして卒業生の中から、優秀な者を神殿長に選ぶのだ。
ケイの祖父も将来を有望視されて送り込まれた一人だったが、そのままセルツの方で婿入りしてアーロには戻らなかったそうだ。
「……駆け落ちする家系なのか?」
「ど、どうなのかしら……?」
だとすれば難儀な血筋である。
その話を教えてくれたのはメアリーだ。それを聞いて、ジェイは色々と納得がいった。
駆け落ちしたメアリーとケイ。二人がゴーシュで受け容れられていたのは、同情されたからというのはもちろんあるだろう。
しかしそれだけではなく、ケイの祖父の伝手がまだ残っていたのではないだろうか。
「……あれも、その関係だったのかもしれないな」
この時ジェイの脳裏に浮かんだのは、『愛の鐘』亭入り口で地元の人達に絡まれていたケイの姿。あれも祖父の関係者だったのだろうかと……。
その夜、PSニュース取材班は彼等だけで編成会議を行っていた。
と言っても先日ジェイ達も一緒にやったようなものではなく、酒を飲みながらの愚痴大会の様相を呈している。
「尺が……尺が埋められねぇ……!」
ジェイの長期実習の特集は、全四回放送予定で、初回はユーミアと町長の大通り食べ歩き、『愛の鐘』亭の紹介、そして海の家を作るための奮闘と見所たっぷりだった。
百夜祭はスケジュール的に三回目、海の家完成は四回目でギリギリである。
つまり、次回放送するものがない。他にも観光地はあるが、全然足りずに彼等は頭を悩ませているのだ。
「閃きました!」
その時、スタッフの一人が夜景を紹介するのはどうかと思い付いた。
「それだ! よし、俺について来い!!」
流石にこの時間にユーミアを連れて行くという事はしなかったが、班長は今すぐ動ける面々を集めて『愛の鐘』亭を飛び出して行く。
突然の事に、入り口を警備していた兵達も止める間が無かった。
「よし、登るぞ~!」
「いや、山は危ないですって! 岬にしましょう、岬に!」
「しょうがねえなぁ、山は明日な! 行くぞォッ!!」
なけなしの理性が残っていたのか、夜の山道に突入する事は辛うじて回避。彼等は海を一望できるという岬に向かって走って行った。
それを見ていたのは、入り口の警備兵とロビーにいた者達。
その内の一組は、オードと従業員の若者達だった。こちらはオードが持ってきた魔草茶を嗜みながら、ボードゲームを通じて親しくなっていた。
旅先で友人を増やすのは、彼の得意技である。
「あれは放っておいて良いのかね?」
「山に行くなら流石に止めてましたけど、岬なら……あ」
「どうした?」
「あれだけ酔ってたら、柵越えるかも……」
「ぬう、それは危ないな!」
転落の危険性に気付いたオード達は、慌ててその後を追う。
この件は入り口の兵によってジェイにも報告され、彼と明日香の二人もそれに続いた。
ジェイ達はすぐに追い着き、オード達と一緒になって岬に向かう。
ところが岬に到着するよりも早く、転がるような勢いで戻って来る取材班と遭遇した。
見開いた目、顔は汗だくなのに青白く見える。正にほうほうの体だ。
「た、たたた、大変なんですよ!」
息も絶え絶えに上ずった声で訴えてくるが、要領を得ない。
このままでは埒が明かないと考えていると、若いスタッフがいち早く息を整え、声を張り上げた。
「ゆ、幽霊船です! 幽霊船が出ました!!」
今回のタイトルの元ネタは、イギリスの伝承にある幽霊船「フライング・ダッチマン」です。
「さまよえるオランダ人」とも呼ばれ、いくつかの海賊関連の作品にも登場している有名な幽霊船ですね。




