第134話 アー(マガル)ト引越センター
『愛の鐘』亭内の取材を始めるため、話し合いはここで一旦打ち切られた。
「面白くなりそうね~♪」
上機嫌になっているユーミア。これから作られていく観光地。良い取材になると考えたのだろう。日常業務をこなすだけの代官実習よりもよっぽど面白くなりそうだと。
「はっはっはっ、卿らは大変だな! 明日から手伝いに駆り出されるぞ!」
オードが豪快に笑う。
ビーチに一番近い建物を観光客用の更衣室にする。ジェイ達は、その引越し作業を手伝う事になるだろう。
「観光地を完成させるために代官実習中の学生が挑む」という構図にするために。
本末転倒かもしれないが、その点についてはジェイも「宣伝」のために必要だと割り切っている。
この辺りは、実際に領主一家として地元の特産品を宣伝していた母を見てきたからだろう。
「なんだったら、オードも手伝うか?」
「吾輩、観光客だぞ?」
「テレビに映るぞ?」
「…………」
本気で悩みだしたオードを横目に、ジェイ達は「手伝うなら動きやすい格好でな~」と言いつつその場を離れるのだった。
そして翌朝、ジェイ達は引越しの手伝いのために港に向かう。
まず玄関ロビーで、野外用制服に身を包んだオードとロマティが合流。
仕事で来たロマティはともかくオードが何故制服を持っていたかというと、旅先でパーティー等に招待された時のために制服一式は持っていたとの事だ。
これは学生としては当然の心構えであり、ジェイ達も今日は野外用の制服である。
そして一行が港に到着すると、既に町長ベネットと、彼が集めた人達が揃っていた。と言っても、今日も漁に出ている人が多いため人数は少ないが。
そして取材班も既に到着していた。ユーミアも引越しを手伝うそうで、野外用の制服姿だ。
「今日も~、よろしくお願いします~」
ゆるふわな挨拶をしてくるが、こう見えても身体を張った取材もアリらしい。
建物は、ビーチから目と鼻の先にある二階建ての倉庫だ。
と言っても引き取り手がいない漁の道具などがしまわれているだけで、普段はカギも掛けていない廃屋のような所らしい。
荷物の量も少なく、それらを全て別の倉庫に移す事になっている。
どうして一箇所に荷物をまとめていなかったのかと思われるかもしれないが、なんて事はない。その数少ない荷物が大きく重かったため、放置していたのだ。
荷物をまとめて倉庫をひとつ開けたところで使い道が無かったというのもある。そういう意味では、今回の件は良い機会なのだろう。
「この部屋は?」
倉庫に入ってすぐの所に部屋があったため、ベネットに尋ねる。
「ああ、そこは事務所だった部屋ですよ。ここは元々漁業組合の物だったので」
かつてはそこにも荷物が置かれていたらしいが、今は空っぽで埃が積もっている。
ここで働いていた人達が使っていたのか、部屋の奥に流し台がある。
「あの流し台、まだ使えますかね?」
「もう何年も使ってませんから、どうでしょう……?」
答えるベネットは不安気だ。事務所の隣にトイレもあるそうだが、そちらも同様との事。
そんな会話もカメラに収められているので、ジェイは気を取り直して指示を出す。
なお、彼が指示を出す事については既に班長がベネットにも話を通していた。
「エラ、掃除チームの方を頼む。モニカは水回りのチェックを。ロマティはモニカを手伝ってくれ」
「分かったわ」
「オッケー」
「壊れてる所があれば、写真を撮ればいいんですねー?」
力仕事ができないトリオなので、適材適所で仕事を任せる。
「明日香とオードは、俺と一緒に」
「分かりましたっ!」
「はっはっはっ、任せたまえ!」
こちらはジェイも合わせて力仕事ができるトリオである。明日香はもちろんのこと、体格の良いオードもパワーだけなら負けていない。
ちなみに取材班も三つのチームに分かれて取材をする。ユーミアはジェイ達について来るようだが、こちらは力仕事は期待しない方が良いだろう。
という訳でジェイ達が荷物が置かれている場所に行くと、そこには漁の道具と一緒に小船がしまい込まれていた。確かにこれも漁で使う物である。
「あの~……どうやって運ぶんでしょう~?」
「そりゃもちろん、皆で担ぐんですよ」
笑って答えるベネットに、ユーミアは一瞬立ち眩みを起こしかけた。
それでも運び出さねばならない。ジェイと明日香が先頭に立って皆で担ぐ。
ユーミアも逃げずにやろうとする辺り根性があるだろう。
「吾輩の前に来るかね?」
ここで、オードが自分の前に彼女を入れる。
ユーミアも背が高めとはいえ、オードはそれ以上。並べば自分が重さを肩代わりできる……と考えた訳ではなく、単にユーミアの後ろにいれば、自分もテレビに映ると考えたようだ。
おかげでユーミアは楽になったので、結果オーライである。
その後もジェイ、明日香、オードが活躍し、引越し作業は想定外のスピードで進んだ。
全て運び終わるとエラ達と合流して倉庫内の掃除を進めて行く。おかげで数日掛ける予定の仕事が一日で終わってしまった。
モニカの方も、大きな問題は無かったようだが……。
「ねえ、ジェイ。水回りなんだけど……使われてたみたいだよ」
「……なに?」
「私、ビーチにいる人達に聞き込みしてみたんですけど……こっそり使われてたみたいですねー」
ロマティの取材によると、ビーチの利用者が家まで戻るのが面倒な時などに、ここを利用していたらしい。
子守りは基本的に若い人達に任せられていたため、ベネット達は知らなかったようだ。
「ついでに聞いてきましたけど、ここを更衣室にするのはいいけどトイレは残してほしいそうですよー」
「いや、まぁ、壊しはしないけど」
「そうね、観光客の事を考えると必要だろうし」
エラもジェイに同意した。
その話を聞いていた明日香が、ジェイの肩をちょいちょいと叩く。
「ねえねえ、ジェイ。いっその事、ここで休憩とかもできるようにしませんか?」
「休憩? 食事とか?」
「はい! そんな感じです!」
「それならここで食べる物を買えてもいいかもね。お弁当持ち込むだけじゃなくて」
モニカも乗ってきた。わざわざ大通りまで買いに行かなくても済むようにという事だろう。それを聞いたジェイは、海の家のような物だと判断する。
改めてがらんどうになった倉庫を見回すと、結構広い。二階もあるのだから尚更だ。
それに魔動コンロを持ち込めば料理もできるだろう。
そこまで考えたところで、ジェイの中であるアイデアが浮かんだ。
「……よし、ケイにここで食べられる新作料理を作ってもらおう」
ただ、観光地として整備するだけではない。ビーチを「ゴーシュの」観光名所にするための一手である。
今回のタイトルの元ネタは「アート引越センター」です。
「オード引越センター」とどっちにするか迷いましたが、オードメインではないだろうという事でこのタイトルになりました。
オード=山吹=オーカーの名前の由来は、実は「黄土色(Yellow Ocher)」で「オード」は日本語だったり。
同じ黄色系で「山吹」→「山吹色の菓子」→「お金」という連想ゲームで、通貨を作る魔草農園を管理する家となっています。