第130話 さわやかでいてそのうえコクがあり
「こらー! 何してるんですかー!!」
明日香が声を張り上げながら近付くと、三人の男はそそくさと立ち去って行った。
三人とも年寄りだが、体格は良い。武装はしておらず、出で立ちからして町の者達だろう。おそらく漁師ではないかと、ジェイはあたりを付けた。
「何かあったんですか!?」
「い、いえ……何も……その、料理に使う食材について少し」
何か誤魔化そうとしている雰囲気のケイ。しかし怪我をしている様子も無く、何か被害を受けた訳ではなさそうだ。
「剣呑そうな雰囲気だったが」
「……漁師なんて、多かれ少なかれ荒々しいものですよ」
そう呟くケイ。振り返ると三人は既に離れており、小さな背中しか見えなくなっている。絡まれていた彼が何も言わなければ、ジェイ達はそれを見送るしかない。
「……『添』」
しかし、ただ事ではない。そう判断したジェイは、念のため影の魔法を使って三人を追跡した。
三人はその後それぞれ帰宅。反応がある位置から察するに、全員町の人間なのは間違いないようだ。
「漁師か。もしかして料理の件か?」
「ええ、まぁ……」
「あ~、もしかしてもっと魚使えとか言ってきた? 名物料理になったら、儲けられるだろうし」
指で通貨である魔素種を表す輪を作るモニカに、ケイは苦笑した。
「なるほど、実際に名物料理になったら、そういう事も関わってくるのか。すまない、そこまでは考えてなかった」
領主の立場と、一生産者の立場では、見るものが違うという事だ。
「一言言っておくか?」
「いえ、そこまでは……大丈夫ですから」
そう言ってケイは、ペコリと頭を下げて『愛の鐘』亭に入って行った。
とは言っても、彼等のような者達がまた来るかもしれない。その時は手が出る可能性も考えられる。
「……一応、手を打っておく。メアリーの方も」
「私からもお願いするわ」
ジェイは念のため、密かにケイとメアリーを護衛させておく事にするのだった。
その日の晩、ケイが料理の試作品が完成したというのでジェイ達も試食する事となった。
他には『愛の鐘』亭の支配人、町長のベネットが試食に参加する。
良い手応えがあったのか、ケイは自信有りげな様子だ。
彼が作ったのはナルンのソース、そしてそれを使った料理の数々だ。
ナルンが香るソースだ。肉と魚どちらにも合うようで、多彩な料理がテーブルに並べられる。
「良い香りね」
「ナルンは、他の果物と比べても香りが強いんです」
一切れ口に入れると、口の中を涼風が吹き抜けていくような爽やかな味わい。脂のしつこさが打ち消され、旨味だけが舌に届けられる。
「いいですね、これ! お肉がいくらでも食べられます!」
「こっちのお魚も食べやすいわ」
勢いよく平らげていく明日香と、完璧なマナーでお上品に食べるエラ。
「ふむ……」
「う~ん……」
その一方で、ジェイとモニカは何やら考えながらじっくりと味わっている。
その様子に、ケイとメアリーは不安そうに顔を見合わせる。
「あの、何か問題が……?」
ケイが控えめに問い掛けた。
「いや、料理に問題は無い。ここで出すのも問題無いと思う」
そう言ってジェイは、チラリと支配人の方に視線を向ける。
「ええ、すぐにでも出したいですな」
彼も満足気に頷きながら、料理に舌鼓を打っている。
「取材が来るまでには?」
「それは大丈夫だと思います」
その言葉にケイはほっと胸を撫で下ろすが、モニカの方が相変わらず考え込んでいるのに気付く。ジェイもその理由を察していた。
「どうだ、モニカ」
「……やっぱり思い浮かばない!」
「な、何がよ?」
問い掛けるメアリーに答えたのは、モニカではなくジェイ。
「この料理が、通りの店で売られてる光景だよ」
「へっ?」
「……あっ!!」
メアリーは呆気にとられた様子だったが、ケイの方が気付いた。
そう、彼が作った試作料理の数々は、『愛の鐘』亭のような高級宿の食事として相応しい格を備えていた。
しかし、町の通りにある店で気軽に食べられるかというと、首を傾げざるを得なかった。モニカがこの問題に気付いたのは、商人ならではの視点だろう。
これはケイの経歴も影響している。なにせ彼は、セルツの宰相である冷泉家の厨房を任されていた料理人なのだから。元々そういう料理が得意なのだ。
「あ~……あ~……」
ベネットは俯いて考え込み、そして天を仰いだ。
「確かに……上品過ぎますな」
そして納得したようだ。
「このソースとか、そのままかき氷にかけても美味しいと思いますけどね~」
「果物のソースだしな。その辺、商店の人達にも考えてもらってもいいか?」
「分かりました。これは色々できそうです」
ニッと笑うベネット。商機だと考えているようだ。
「ナルンソース……かき氷……あたし、次は甘い物が欲しいです!」
ここで肉料理を三皿平らげた明日香が提案した。次はデザートが欲しいようだ。
「すぐにご用意いたします。あの、ナルンソースを使ったスイーツも任せていただければ……」
「ケイはデザートもできるのよ!」
自慢げなメアリー。元々専門ではないそうだが、彼女によって鍛えられたらしい。
「ふむ……」
対するジェイは、すぐに返事をしない。
真剣な顔で、彼に問い掛ける。
「二人は……ここの海水浴場には行った事は?」
「えっ、いえ……去年ここに来た時にはもう冬でしたので」
ケイは、メアリーと顔を見合わせながら答える。寒風吹きすさぶ冬の港に、二人で身を寄せ合いながら降り立ったそうだ。
ジェイとの縁談話が出てから駆け落ちしているので、そんなところだろう。
「それなら明日にでも二人で行ってみてくれ」
「は、はぁ……」
休めという事なのか。意図が分からず戸惑うケイ。
しかしジェイの次の言葉で、彼は一瞬にして真剣な表情に戻る。
「見れば分かると思うが……あそこは不便だ。観光客が昼食を食べるには」
「そういえば、あの辺りには……!」
そこまで言ったところで、ケイは思い当たる店が無い事に気付く。
「通りまで戻らないといけないんだよ。上着を羽織って」
「え~……」
メアリーが露骨に嫌そうな顔をした。セルツで生まれ育った彼女の感覚である。
「ナルンソースを使った野外で手軽に食べられる料理を頼みたいんだが……」
「やります! やらせてください!!」
食い気味に答えるケイ。
「こういう店で出す料理とは違うが、大丈夫か?」
「問題無いわ、ケイはお弁当も上手なのよ! 何度も作ってもらったもの!」
その問い掛けには、ケイではなくメアリーが自信満々に答えた。
なお、一連のやり取りを聞いていた支配人とベネット町長はと言うと……。
「……えっ?」
「不便……ですか?」
驚きの表情でジェイ達を見ていた。彼等にとっては今の砂浜が当たり前なので、気付いていなかったようだ。
今回のタイトルは、料理マンガ等で味の評価に使われる単語の組み合わせです。