第12話 ポーラにほえろ!
学園を出たジェイ達は小熊と合流。学園内の捜査で得た情報を彼にも伝えた。
「その短剣の柄頭に魔素結晶が? ああ、あれっスね! 旅する時は、ブーツに魔素結晶を隠し持っておくとかいう……」
「隠し財布じゃない。そういう旅の知恵袋みたいな話じゃないから」
ジェイ達がそうだったように、昨今は華族も魔法に関する知識が乏しい。まあ小熊についてはそれ以前の問題である気もするが。
それはともかく、ここからは捜査だ。
短剣に仕込まれていたであろう「魔法一回分の魔素」が何に使われていたのか。
それを知るには、捕らえた二人の足取りを追う必要がある。
「足取りを追う、これぞ南天騎士って感じっス! よし、行くぞぉ!!」
「あ、ちょっ!?」
その事を説明すると、早速小熊が駆け出した。情報は足で稼ぐと言わんばかりに、止める間も無く。彼の家臣も「待ってください、旦那~!」と慌ててその後をついて行った。
「ど、どうするの、ジェイ。追っ掛ける?」
「……いや、どの道手分けする事になるから、ひとまず放っておこう」
戸惑っている様子のモニカに、ジェイは呆れ混じりに答え、そのまま小熊達を見送る。
「それじゃ、捜査の前に一度帰りましょうか」
エラに促され、一行は一旦帰宅。
「お姉さんの風騎委員講座ぁ~♪」
そして皆で居間に入った途端に、彼女が何やら妙な事を始める。
ペンを指示棒代わりにして女教師のつもりのようだが、制服姿なのもあって教師には見えない。しかし「美人の先輩生徒会長」とか言われたら、信じてしまいそうではあった。
「ちょっとさっきのを見て、勘違いしたらまずいかな~っと」
ジェイ達四人がソファに座ると、エラは続きを始める。
態度は軽いが、内容は真面目なようだ。
「勘違い、ですか?」
「ええ、風騎委員の捜査って二通りのやり方があるんです。一つはさっきの小熊さんみたいな自分の足で聞き込みをするやり方。もう一つは……」
「家臣に任せる、ですか?」
「……あらら」
「正解みたいですよ! ジェイ、すごいですねっ!」
種明かしをすると、ジェイは領内で起きた事件に介入する際、自分で捜査するのは危険だと言われ、家臣に任せる事が何度もあったのだ。
領主華族の跡取りとして育てられたからこそ身についた振る舞いといえる。
刑事ドラマなどの現場に向かう刑事と、それを指揮する「ボス」をイメージすると分かりやすいかもしれない。
「そういうの、領主華族の常識なんですねぇ~……私も勉強しないと」
「どっちかというと、領主華族か宮廷華族かというより家の規模かな?」
宮廷華族でも冷泉家クラスとなると家臣は大勢いるし、小領主だと家臣はあまり用意できない。結局のところは「指揮官」である事に慣れているかどうかだろう。
その点ジェイは、指揮官として戦場に立った事が何度も有る。
対してエラは、指揮するような仕事を任される事がほとんど無かったようだ。
どちらもよくあるタイプといえば、よくあるタイプである。
「ねえねえ、エラ姉さん。南天騎士とかは、どっちが多いの?」
「半分以上が小熊さんみたいなタイプよ、モニカちゃん」
家を継げない者が騎士団入りを目指す事が多いので、当然といえば当然である。
しかし、同じ家を継げない立場でも、領主華族の次男などは、地元の若者達への仕事の斡旋も兼ねて家臣を融通してもらえたりする。
そのため騎士団でも重宝され、出世しやすいという傾向があった。
かくいう狼谷団長も、領主華族山吹家の現当主の弟である。
という訳で、ジェイは家臣に捜査を任せる事にする訳だが、ここで家臣達の内訳についてもう少し詳しく説明しておこう。
現在この家には兵十人、従者四人、侍女六人、合わせて二十人の家臣がいる。三人の許婚が連れて来た分も合わさっている事もあり、学生としては破格の規模だろう。
まず明日香は護衛として女性剣士の兵を三人、エラは侍女を一人連れて来ている。
実は彼女達は、それぞれ「侍女もできる兵」と「兵もできる侍女」であるため、この四人は兵と侍女を兼任していた。
そしてモニカは、兵と従者を二人ずつの合わせて四人を連れてきている。どちらも男女一人ずつの組み合わせだ。
兵二人の方は元々商会の隊商を護衛していたベテラン達で、モニカが許婚になった際に専属の兵になっていた。逆に従者の方は、今も商会から派遣されている立場である。
「あ、ジェイ。ボクんとこの二人も使っていいよ」
「ありがたい。こういう時は頼りになるからな」
ここでいう二人は、兵ではなく従者達の方だ。彼等は商売に役立つ情報があればアーマガルトの本店に送る、いわゆるマーケティングの仕事も担っている。
いわば情報収集の専門家であり、聞き込みなども得意であった。
残りの兵五人、従者二人、侍女五人は、ジェイが連れてきた者達だ。それぞれ一人ずつが年配のベテランで、他はジェイと同年代の若者達だ。
「そうだな……聞き込みしてほしい事は二つ。この短剣を持っていたボー達が、事件を起こす前の足取りだ」
「そういえばボーって人は、卒業後も故郷に戻らずポーラに残っていたんですよね」
「エラ、ここの宿舎って……」
「卒業と同時に返却ですね」
「どこで寝泊りしてたんだ、あいつ……その辺りも調べてもらおうか」
「あ、ジェイ! それならあたしの兵も使ってください!」
「彼女達はまだ王国に不慣れですし、慣れるためにもその方が良いかもしれませんね」
エラの意見もあって、ジェイの兵二人と、明日香の兵三人の内若い二人が組んで、二人ずつの二手に分かれて聞き込みしてもらう事となった。
明日香の側には、年配のリーダー格である一人が残る事となる。
「それと、短剣を売ってるヤツ、作ってるヤツがいないかも調べてほしい。こっちは商人とかを当たる事になるだろうから、商会の二人に頼む。護衛は付ける」
商会の二人に、ジェイの兵を一人ずつ付け、こちらも二手に分かれて調べてもらう。
「俺はここで待っているから、何かあったらすぐに戻ってきてくれ」
こういう時、ジェイは待機しておかねばならない。「報告する相手がどこにいるか分からない」という事態を避けるためだ。
ちなみに「魔動伝話」は存在しているが、広く普及しているとは言い難く、また「魔動公衆伝話」や「魔動携帯伝話」は存在していない。
この家にも魔動伝話は置いてあるが、外から連絡するのは厳しいので、彼等は戻ってきて報告する事になるだろう。
「それじゃ、頼んだぞ!」
「ハッ!」
こうして四組、合わせて八人の家臣達が、街に聞き込みに出掛けた。
この世界も一日二十四時間で今は十六時、すなわち午後四時だ。この時間帯は下校中に寄り道している学生などで商店街が騒がしくなる。彼等もまずそこに向かうだろう。
その間ジェイは、いつでも飛び出せるように準備をして待つ事となる。
居間のソファに腰を下ろしたジェイは、魔動テレビを起動してポーラ教育放送チャンネル『PEテレ』に変える。
この時間帯は、下校してきた学生向けに、その日あった島内のニュースを中心にお届けする「ポーラ・スチューデント・ニュース」略して『PSニュース』が放送中である。
エラが侍女に命じてお茶を用意してくれた。学生キャスターの少女が読み上げるニュースを聞きながら、それを飲んで一息つく。
この番組はほのぼの系などの小さなニュースは学生キャスターが、事件などは本職キャスターが読む事になっている。今は新入生向けにオススメの店を紹介している。
明日香とモニカは、ケーキが美味しい店の紹介を見ながら行ってみた~いとはしゃいでいるが、ジェイは同じ画面を見ていても心ここにあらずといった様子だ。
それに気付いたエラが、心配して彼の隣に移り声を掛ける。
「ジェイ君?」
「ああ、エラ姉さん。それいつも通りですよ」
しかし返事をしたのは、モニカの方だった。
「ジェイって、こういう時待ってるのが苦手なんですよ。自分で動く方が得意だから」
「ああ、そういう……」
指揮官の振る舞いができるからといって、そちらの方が得意という訳ではないのだ。
ならばとエラは、ジェイの気を紛らわせるためにある提案を持ち掛ける。
「それじゃ、少しお話しましょうか。一連の事件で、何か気になっている事はある? 私は三年ここにいたから、ポーラについてはジェイ君達より詳しいですよ」
「…………そうですね」
するとジェイも反応した。彼もまた事件の情報を整理しようとしていたのだ。
「やっぱり気になるのは、どうしてボーが卒業後もポーラに残っていたかだな。よくある話なのか? そういうのって」
「なくもない……ですね。ポーラに来る時に護衛として雇った無役騎士の人達がそうなんですけど、帰っても家を継げないから、卒業後も王都に残るって人はいますし」
「実家に戻っても部屋住みだから、王都に残ってお仕事探してるんですね、分かります」
口元をひくつかせながら、モニカがぼやいた。
なお「部屋住み」というのは、家を継ぐ立場ではないが、分家として独立したりせず居候状態で家に留まっている者達を指す。
「ジェイ君……私、今日は家に帰りたくない……」
その時、芝居がかった調子でエラがしなだれかかってきた。
「……みたいな、わざと帰ってないパターンもありますけどね♪」
そして上目遣いで、ぺろっと舌を出す。
ここでうろたえると思うつぼだと思ったジェイは、ツッコミは放棄して、彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。エラは一瞬身を震わせたが、抵抗せずにそのまま身を委ねてくる。
「はいはい、縁談とかで家族とトラブったパターンだね」
「モニカちゃん、兄姉の下につくのが嫌だから帰らないパターンもあるんですよ~♪」
「身も蓋もないですねっ!」
そんな様々な理由で王都に残っている無役騎士達は、先日の護衛のような任務を受けるなどして生計を立てている。
独立はしていないので、立場的に王都に単身赴任しているようなものだ。
「ただ、そういう人達って大抵内都周辺に引っ越すんですよね。便利ですから」
ボーのように、ポーラにそのまま残っていたというのは珍しいらしい。
内都周辺であれば任務も多く、実入りも良くて、生活する分にはさほど困らないとか。
見方を変えれば家に縛られず自由を満喫する者達である。汎用的に扱えて比較的安価な槍を好んで使い、『自由騎士』と名乗っている者達もいるそうだ。
「なるほど~、ダインの浪人みたいな人達なんですね。そういう人達って、騎士団入りを目指すんですか?」
「そういう人もいるわね。まぁ、色々よ。ああいう仕事に就く人もいるし」
そう言ってエラが視線を向けたのは、テレビに映る学生キャスターだった。
ポーラの学生向けという事は、華族向けという事でもある。
そのためPEテレや、ドラマ『セルツ建国物語』を放送しているセルツ放送協会『SHK』は、家を継がない華族達の花形の進路の一つであった。
「……つまり、ボーも仕事を探していた?」
「いや、それで、なんでああなるの?」
思い付いた事を口にしたジェイだったが、すかさずモニカにツッコミを入れられて捕まえた時のボー達の様子を思い出す。
まともに会話が成立しない状態。何をすればああなってしまうのか。
「こうなってくると、二人目が何者なのかも気になってくるな」
そうまじまじと見た訳ではないが、年の頃はボーとさほど変わらないように見えた。
彼も無役騎士だとすれば、内都周辺に大勢いるという者達の中から三人目が現れる事を考えなければいけなくなってくる。
そんな事を考えていると、ニュースを読むのが本職キャスターに替わった。
その男性キャスターは、昨日小熊とジェイで男を捕らえたニュースを読み始める。
南天騎士団の方で調べが進んでいたようで、彼は男の身柄についても読み進めていく。
「逮捕されたのはポーラ華族学園の三年生、アルバート君。彼は風騎委員を務め……」
ジェイは思わず手にしていたカップを落としそうになった。
三人目が現れるのは、無役騎士の中からとは限らないようだ。
今回のタイトルの元ネタは刑事ドラマ『太陽にほえろ!』です。
「魔動伝話」は、電気で動いている訳ではないので「電話」ではなく「伝話」です。
アルバートは、ニックネームがアル。「或る先輩」なので、某先輩と同じく名前に意味はありません。