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第128話 温熱カバディ

 祭りとして今に伝わっているだけあって、アーロでは『百魔夜行』を題材にした絵本はありふれている。ただ、その内容は『百魔夜行』を恐れさせ、怖がらせるものだ。

 『百魔夜行』の名はそのまま使わず、『おばけの行進』というタイトルで絵本になっている。

 「夜更かししていると魔物に連れて行かれてしまうぞ~」と子供のしつけに使われたりする物なので、海まで持ってくるというのは珍しい。

「ああ、レイラちゃんはいつもそんな感じなんですよ」

 子守りの女性が教えてくれた。

 レイラと呼ばれた少女は大きな絵本の陰に身を隠そうとするが、いくら小柄だと言っても隠し切れるはずもない。絵本を盾にして、身体を縮こまらせている。

 チェック柄の水着を着ているが、手足は色白で日焼けしている様子は無い。普段から外で遊ぶ子ではないのだろう。

 青みがかった銀髪は長い。背中側から見れば、毛の塊が動いているように見えるのではないだろうか。

「えっと、お姉さんも見せてもらっていいかしら~?」

 エラはにっこり優しく声を掛けるが、人見知りする子のようでレイラは距離を取っている。

 エラを見つめる宝石のような深い緑の瞳には微かに怯えの色があった。

「あ、あら~……」

 小さな女の子に避けられる。エラは妹の件があったばかりなのもあって、ちょっぴりショックである。

 じりじりと近付こうとするが、レイラも同じように後退り。その姿は、まるで威嚇してくる仔猫のようだ。エラでは少女から隙を見出す事ができなかった。

 とりあえず傍から見ると、いつの間にか何やら張り合っている二人の姿は、楽しそうに遊んでいるように見えなくもない光景であった。


「エラ姉さん、どうしたの?」

「あ、あら、モニカちゃん……」

 そこにやってきたのはモニカ。明日香の元気の良さについて行けない、おとなしい子供達を連れて休憩しに戻ってきた。

「明日香ちゃん達は?」

「あっちですよ」

 モニカが指差す先では、明日香達がビーチバレーをしていた。ジェイと明日香がコンビで子供達の挑戦を受けているようで、大いに盛り上がっている。

 夏の日差しにも負けないぐらいの輝く笑顔で、健康的な肢体を弾ませている。

 元気過ぎてたまにこぼれそうにもなるが、そこはジェイがフォロー。影の魔法を使う訳にもいかないので手で。

 その度に子供達からひやかされるが、明日香は「夫婦ですからっ!」と胸を張っていた。ズレかけた水着をジェイに直されながら。


「げ、元気ね……」

「ちょっと見てて、ひやひやしますけどね……」

 そう返しつつ、モニカは改めてエラ達を見る。

 疲れてしまったエラと、しっぽがあれば逆立てていそうなレイラ。その様子にモニカはおおよそを察した。

 レイラは新手が来たと絵本を盾にするように身構えているが、モニカはその絵本の方に注目する。

「あ、『おばけの行進』」

 元々本好きのモニカ。大商人の父を持つ彼女は知っている、いや持っているのだ『おばけの行進』を。

 その瞬間、レイラの瞳に怯えと警戒以外の色が浮かび上がった。

「し……知ってるの?」

 レイラはか細い声を漏らした。

「持ってるよ~、この表紙じゃないけど」

 モニカが近付き、しゃがんで表紙を覗き込みながら言う。

 幼い頃に手に入れたためか、彼女が持っている物とは表紙が違っていた。

「……可愛くなったな、おばけ。もっとおどろおどろしかったのに……」

 流行などもあるのだろうが、当時描かれた百魔夜行はもっとホラーだった。


「そっか~、連れて来られちゃったんだ~」

 絵本を切っ掛けにモニカとレイラは仲良くなれたようで、パラソルの下で二人並んで座りおしゃべりしている。

 彼女達に子守りを任されている訳ではないので放っておいてもいいのだが、モニカが絵本に興味を持ったようだ。

 その光景にエラは少なからずショックを受けたが、そっちの子達はボクじゃむ~りぃ~と言われて納得した。つまりは適材適所である。

 ちなみにモニカが無理と言うのは、エラに憧れるおしゃまな子達の事である。またモニカが連れていたおとなしい子達もエラが引き受けた。

 エラが子守りの女性三人から話を聞いてみたところ、この町では祭りの時期になると、こうして子供達を海に連れてくる事が判明。

 普段の仕事に加えて祭りの準備で皆忙しくなるため、子供達は皆海に連れて行ってひとまとめにしておいた方が子守りの人数も少なくて済む……という事らしい。

 これに関しては、子供だけで放っておく訳にはいかないが、人手も足りないため仕方がないという面もあった。


 しかしそれも、レイラにとっては迷惑な話であった。家で絵本を読んでいたかったのに連れて来られてしまったのだから。

 海で遊ばず、パラソルの下で一人絵本を読んでいたのもそのためであった。

「分かる、分かるよ、レイラちゃん! ボクも似たような経験あるから!」

「子供だけで放っておくのも危ないから、上手い手だと思うけど……」

 モニカはレイラ寄りだが、エラは保護者寄りであった。妹の面倒を見てきた経験故だ。

 レイラの方はモニカが気になるようで、おずおずと声を掛ける。

「モ、モニカさまも、海……イヤだったの?」

「海はそこまででもなかったけど、パーティが嫌だったかなぁ……挨拶とか面倒で」

「人がたくさん……私も、イヤ……」

 共感したのか、レイラは目を輝かせながらモニカとの距離を縮める。

「海は……平気だったの? どうして……?」

「えっ……いやぁ、それは……」

 かく言うモニカは、そこまで泳ぎが得意という訳でもないし、海が好きという訳でもない。彼女もインドア派なのだ。

 にもかかわらず海に行くのは平気だった理由は――


「可愛い水着見せると、ジェイが褒めてくれたから、かなぁ……♪」


――ジェイに水着姿を見せるのを楽しみにしていたからであった。

 インドア派な彼女が外に行くのは、ほとんどがジェイと一緒の時。彼女にとって海とは、ジェイと一緒に行って可愛い水着姿を見せる機会であった。

 あの時はこんな水着を見せた。あの時はこんな風に褒めてくれた。嬉しそうに身をよじらせながらモニカは語る。

「…………」

「レイラちゃん!?」

 その惚気る姿に、レイラは無言で少し距離を取った。

 今回のタイトルの元ネタは、マンガ『灼熱カバディ』です。

 灼熱ほど熱くはないかな~と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私も幼い頃から人付き合いの苦手な本の虫だからこの子の気持ちがわかる……懐かしい気持ちだなぁ [一言] 色恋のいすらまだわからない子供……それも赤の他人相手にその惚気はアカンて(笑)
[一言] 温熱……なんか新しい民間療法の名前みたいになるw こういうのはねぇ、同じ属性じゃ無きゃ通じないのよね……どうしても子供は元気に外で走るもの!みたいなくくられすると辛い…。 ま、親御さんから…
[一言] しっとマスク被り出さない?(目反らし
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