第127話 渚のおっぱいアルカディア
翌日、朝食を終えた一行は早速海へと向かう。海水浴場は港の南、オードが骸骨を目撃した砂浜だ。
『愛の鐘』亭を出て西の山道を下って行くと、商店が並ぶ通りに出た。
子供のはしゃぎ声が聞こえてきたのでそちらに視線を向けると、水着姿の子供達が三人ほど通りに飛び出してきて、そのまま港に向かって駆けて行く。
その後を追うように一人の女性も通りに出てきた。年は二十台半ばといったところか。こちらは水着の上にパーカーのような上着を一枚羽織って、大きなバッグを抱えている。
彼女はジェイ達に気付いてペコリと頭を下げると、子供達を放っておけないのか小走りで追い掛けて行った。
「『愛の鐘』亭で水着に着替えてきた方が良かったですかね?」
その後ろ姿を見送った明日香が、ポツリと呟く。
「港に着替えるための建物がありますが、使うのは帰り際がほとんどだそうです」
その疑問に答えるポーラ。メアリーを再教育している合間に『愛の鐘』亭の従業員から色々と話を聞いていた。
水着姿で町を走る子供達。セルツでも田舎の方ならば、海沿いだけでなく川沿いの村などでも見られる光景だったりする。
真っ先に着替え終えたジェイは、安全の確認も兼ねて一足先に砂浜に出た。
家臣達も一緒だ。こちらはいざという時に海に飛び込めるように軽装だが、護衛も兼ねているのでしっかりと武装している。
砂浜の子供達は大人の女性が三人、子供は十人以上に増えていた。子供達だけで海で遊ばせるのは危ないため、代表者数人が子供達を見ているようだ。
他の大人達は漁に出たりと普通に仕事をしているそうだ。長年この町で続けられてきた子守りのシステムである。
家臣達と共に休息場所を確保しつつ、ジェイは砂浜を見回してみる。
砂浜を途切れさせている崖が目に付くが、あれのおかげでこの辺りは波が穏やからしい。砂もきれいだ。
振り返れば例の骸骨を目撃した森があるが、それが木陰を作っており過ごしやすくなっている。
今は地元の人達しか利用していないが、海水浴場としてのポテンシャルはかなりの高いのではないかとジェイは感じていた。
「ジェイ~~~っ!」
そんな事を考えていると、女性陣も着替え終えて砂浜に姿を現した。
先頭を駆けてくるのは明日香。フリルのラインが入った白いビキニ姿で、人懐っこい大型犬のような勢いで駆け寄ってくる。
そのままの勢いで飛びついてきた揺れ弾む身体を、ジェイは全身でむにゅっと受け止めた。すると明日香は、更に顔を近付けて頬を寄せてくる。
子守り担当の女性達の視線が、あらまぁと温かいものに変わった。
「明日香、はしゃぎ過ぎぃ」
続けてやってきたのはモニカ。ピンクとブラックのツートンカラーのビキニと水着はなかなかに気合いが入っている。
しかし暑いのかその歩みは気だるげであり、ビキニで強調された胸すら重そうに少し項垂れ気味になっているのもあって、せっかくの水着姿を活かし切れていなかった。
モニカが近付いてくると、明日香もジェイから身体を離した。
「明日香ちゃん、元気ねぇ」
続けて家臣達を伴って来たのはエラ。青いビスチェ風の華やかな水着だ。
こちらも暑さに強い訳ではないのだが、そういう面は一切見せない颯爽とした立ち姿である。
スラリとした均整のとれた身体つきは、その立ち居振る舞いも相まって「美しい」という感想が浮かぶ。子守り担当の女性達も思わず見惚れてエラから視線を離せなかった。
豊満な身体つきのモニカと、彼女以上にくびれつつふくらむ所も負けてない明日香。そして二人と並んでも見劣りしない程に目を惹く「華」があるエラ。
並ぶと実に絵になる三人である。この全員が婚約者。我ながら果報者であると、ジェイは自らの幸せを噛みしめるのであった。
「日射しが強いですね……」
そして最後に現れたのはポーラ。黒いスリングショットの水着で、身長含めて全ての面で三人を上回る肢体、ド迫力の果実を惜しげもなく誇示している。
子守り担当の女性達も、その姿には目を丸くして絶句していた。
魔神である彼女の衣服は自前の物、自身の身体の一部だ。水着も例外ではない。つまりは彼女の趣味である。
ポーラにしてみれば、自らの身体に恥じる所など無いという事だろう。実に堂々としている。
「おや、泳ぎが不得手な子もいるのですね。私で良ければ教えましょうか?」
なお彼女は教師魂が騒いだのか、子供達相手に水泳教室を始める。元プロだけあって教え方は厳しくも堂に入ったものだ。
しかし泳ぎが不得手な子以外も参加していたようで、子供達に色々影響を残しそうな不安は否めなかった。
一方ジェイ達は、残りの子供達と一緒に海で遊ぶ事になった。
子守りの三人はジェイ達に任せておけば大丈夫と判断したらしく、侍女達と一緒にパラソルの下で談笑している。
なお侍女達も水着を着ているが、彼女達は仕事中という事で最初から泳ぐ気は無かったようだ。
「ほ~ら、高い高~い♪」
一番子供達に人気なのは明日香だろう。子供達と一緒になってはしゃぎ、そしてパワフルだ。
「明日香、そのままの勢いで放り投げるなよ? 投げても受け止めるけど」
「それいいですね! やりましょう!」
ジェイも一緒に遊ぶが、どちらかというと明日香がやり過ぎないようフォローする役割に回っていた。
なお明日香が投げて、ジェイが受け止めるのは、子供達には大好評だった。密かに影も控えているので、万が一にも危険は無い。
「何やってるんだか……あ~、こっちにいたら大丈夫だからね~」
モニカは巻き込まれないよう少し遠巻きにしている。おとなしめの子が同じ空気を感じたのか彼女の傍から離れずにいる。
「……ホント、元気ね~」
そしてエラはというと、早々に体力が尽きてリタイアしていた。
鍛え方の違いからくる体力の差であり、年齢の問題ではないと本人は主張している。
疲れた彼女はパラソルの下に戻って休むのだが、そこで横たわる姿でさえも絵になるのだからこの人は凄い。
おしゃまな女の子達が憧れの視線を送って付いて回り、その仕草を真似ようとしていた。
本人は疲れ果ててぐったりしているだけなのだが、それは知らない方が幸せだろう。
「……あら?」
その時エラは、荷物の陰に体育座りをした小さな女の子がいる事に気付いた。
海の方には見向きもせず、大きな絵本をかじりつくように見ている。
「そんなところでどうしたの~?」
努めて優しく声を掛けると、少女は一瞬ビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り向いた。
「ごめんなさい、驚かせちゃったかしら」
そう言いつつそっと近付いてみると、彼女が持っている絵本の中を見る事ができた。
そこに描かれていたのはコミカルに描かれた骸骨を始めとする魔物達の姿。それはこの地に伝わる『百魔夜行』の伝承について描かれた絵本であった。