第125話 夕涼みと光の道
翌日から、ジェイ達は精力的に代官業務をこなし始めた。
ジェイと明日香は家臣達を連れて巡回に参加。昼夜問わず参加し、大体の町の地理は把握した。この町は、港から『愛の鐘』亭まで続く道を中心にしているようだ。
小神殿へと続く道もあるが、そちらは細い。一般信徒が神殿を訪れる事はほとんどないため、広い道は求められてないようだ。
日が暮れて夏の暑さもやわらぎ、通りを吹き抜ける風が涼しく感じられる。
立ち並ぶ商店からは魔動ランプの明かりが漏れて通りを照らしており、軒先に町の人達が集まっていた。
街灯が無いような町の場合、ランプの燃料を節約するため一つのランプの下に人々が集まるというのはよく見掛ける光景だ。
この町では、通りに並ぶ店がその役割を果たしていた。町の人々が集まり、憩いの場となっている。
和やかに話しつつも、仮装衣装の準備をしている。百夜祭で使う物だろう。
その中に酒瓶を傍らに作業している者達を見つけ、明日香は目を丸くした。
「酔って針仕事とか……あれ、大丈夫ですか?」
「慣れてますよ、彼等は」
笑いながらそう答えたのは、神殿騎士のダニエル。例の「森の骸骨」を調べてくれたのも彼である。
「泥酔するまで飲んだら、周りが止めます」
「……そういう意味で慣れてるんですね」
明日香はガックリと肩を落とした。酔いながらも見事な裁縫の腕を見せる、酔拳のようなものを期待したのだろう。
神殿騎士の中でも一番若い爽やかな青年で、ジェイ達と小神殿をつなぐ窓口役となっている。
特に巡回などには毎日ように参加し、むしろジェイ達から何かを学び取ろうとするやる気を見せていた。
「こうして集まって準備するなら、森の骸骨は何だったんだ?」
「ここに集まってるのは半分程ですよ。当日驚かせたいと、隠れて準備する人は毎年いますから……」
巡回中のジェイの呟きに答えたのは、ダニエル。
そういう人達がどこで準備をしているかは、彼等も把握していないとの事。祭りの事なので、上からとやかく言うつもりはないそうだ。
森の骸骨の件については、町から離れており魔物が出かねない場所だったため、流石に注意したそうだが。
ともかく、町の人達にとって百夜祭は重要な祭りであり、皆準備に力を入れているという事だ。
現に巡回しているのがほとんどがジェイとその家臣、そしてダニエルだけであり、自警団はほとんどいない。
では彼等が何をしているかというと……目の前に広がる光景がその答えである。
ジェイ達が家臣を伴って巡回しているなら、自分達は祭りの準備ができるとそちらに集中しているのだ。
「いいんですか? それ」
「お代官様もそうでしょう?」
「……まぁ、な」
口元に笑みを浮かべつつ、答えるジェイ。
ジェイも祭りだからと、それを許していた。つまりはダニエル達と同じであった。
その頃『愛の鐘』亭の厨房では、ケイがナルンを使った新メニューの試作をしていた。
試食をするのはメアリーと、彼女の同僚である従業員の女性達だ。
多くが主婦、いわゆる「町のおばちゃん」である彼女達は、普段からメアリー達と接しているだけあって彼女達に同情的であった。
「噂好きのおばちゃん」でもあったので、興味の対象だったとも言う。ケイがこの町にはほとんど見ないタイプの、都会で洗練された好青年であった事も無関係ではあるまい。
彼女達は流れ者である二人が何か訳有りであろうと察しつつ、それでもこの町では幸せに暮らせればいいなと、心の中では応援していたのだ。
結果はご存知の通りメアリーの姉が来てしまい、二人はセルツに戻される事になってしまった訳だが。
そんな二人が可哀想だと思っていたところに、ケイが新メニューの開発を任されたという話が舞い込んだ。
ケイ自身も張り切っており、おばちゃん軍団もそれに協力する事になったのだ。
メアリーは上手く行けば功績になると喜んでいるが、ケイの方はこれは償いの一環だと考えていた。
「そういえば取材が来るって言ってたけど、いつだっけ?」
「何言ってんの、メアリーちゃん。明日だよ、明日! 今日、部屋の掃除したでしょ?」
「えっ!?」
メアリーも参加し、いつもよりも念入りだと感じていたが、取材班を迎えるためだとは気付いていなかったようだ。
ハッと不安気な顔でケイを見ると、彼は新作メニューの仕上げに取り掛かっていた。
取材が複数回に渡って行われるという話は、彼も聞いていた。だから取材班が来るのが早くても慌てなくてもいいと。
しかしケイはそれに甘えず、初回から新メニューを出せるようにと努力を続けていた。
この取材の件についてだが、PEテレの方で少々揉めていた。
『アーマガルトの守護者』の長期実習を密着取材。『PSニュース』で特集を組むという大きな一件。それを一体誰に取材させるかで揉めているのだ。
学生アナウンサーを送る事までは決まっているのだが、そこから先が決まらない。
なにせ国中の話題であり、『アーマガルトの守護者』本人と会う事ができる。つまり、コネができるのだから、皆喉から手が出るほどやりたがるのも当然の話である。
PEテレ側としては、最初はクラスメイトであるロマティを送ろうと考えていた。
しかし彼女はまだ一年。しかも取材記者がメインであり、アナウンサーとしての経験はぼぼ皆無。
こんな大事な仕事を、素人同然のロマティに任せられない。そういう声が挙がるのも無理のない話である。
加えて当のロマティが取材はともかくアナウンサーの仕事についてそれほど乗り気ではない。
それがこの仕事の奪い合いに拍車を掛けており、皆自分が自分がとアピール合戦の様相を呈していた。