第124話 しがねえ恋の情けが仇(ガチ)
骸骨探しは家臣と神殿騎士に任せ、『愛の鐘』亭に戻ったジェイ達。
その間にモニカは、オードから話を聞き出していた。
「鎧か服かは分からないけど、何か着た骸骨だったんだって」
「そうか……」
「鎧着た骸骨ですかね?」
「骸骨の仮面被ってるだけかもね」
明日香とモニカ、どちらの意見も有り得る話である。自警団の者達の話も踏まえると、後者の可能性の方が高そうだ。
どちらかは気になるところだが、モンスターでなければそれに越したことはない。
家臣達に任せたので後は報告を待とうと、ジェイは考えを切り替える。任せるべきは任せるのも、領主の役割である。
「で、オードは?」
「部屋に戻ったよ」
失恋でショックを受けていたところで幽霊っぽいものを目撃。ダブルのショックで疲れてしまったようで、部屋で休むとの事だ。
ひとまずそっとしておこうという事で、ジェイは話題を変える。
「そういえば、メアリーとケイは?」
「授業の時間以外は、これまで通りここで働かせています」
答えたのは、女教師モードに入っているポーラ。クイッと眼鏡の位置を直しながら答える。なお、雰囲気作りの伊達眼鏡である。
「ただ……授業の方が、ちょっと困ってますね」
「どの方向で?」
「メアリーの方は手間が掛かるだけですが、ケイの方が……殊更に教える事が無いのです」
直後、エラが大きくため息をついて項垂れた。
「まぁ、卒業生なんですから、礼法とか、華族の常識とか学んでますよね……」
その辺りを最低限でも身に着けなければ華族学園を卒業できない。そしてケイは、れっきとした卒業生である。
無役騎士とはいえ宰相の家にほぼ専属で雇われるレベル、そう考えると卒業生の中でも上位の存在だったと言えるだろう。
そんな彼がこんな方々に迷惑を掛ける駆け落ちをしてしまった理由、それがエラには分かってしまった。
「メアリーが押し切ったのね……」
雇い主の孫娘であるメアリーに逆らえず、押し切られてしまったのだろう。実際に彼女を連れて逃げてしまったので、無罪だとは言えないが。
「それに、彼は料理人ですので……」
「ああ、俺達の食事は作らせられないよな」
信用の問題である。恨みから毒を盛られる可能性を無視する訳にはいかない。ジェイ達の友人であるオードに対しても同様だ。
この件については華族として当然の判断だと彼も納得済みであった。
しかし、そのおかげで彼が手持ち無沙汰になっているのも事実だ。なにせ料理人なのに客に出す料理を作れないのだから。
エラが縋るような目でジェイを見る。冷泉家に対する加害者であると同時に、妹の被害者。姉としては、後者の方が気になってしまうのだろう。
「……よし、別の仕事を任せよう」
そこでジェイは救いの手を差し伸べる事にした。ケイではなくエラに。
「母上、ケイには開発をやらせてください」
「開発……ですか?」
「ナルンを使った新メニュー」
「ああ、おみやげにできれば更に良し?」
「そういう事」
打てば響くようなモニカの反応。商人の娘だけあって、彼女はジェイの意図を即座に理解した。
ゴーシュの特産品である果物ナルンを、観光資源として強化しようというのだ。
「地元の人達からの評判は良いんだろ?」
「え、ええ、そう聞いてるわ」
「なら、協力してもらえばいい。セルツに帰すにしても、手柄が有った方が良いだろうしな」
「それは、まぁ……」
観光客を呼べる料理、あるいは土産物を開発。それは内政方面の功績と言えるだろう。
ケイ達であれば地元の人達の協力が期待できるし、何より宰相家が専属で雇う程の料理人でもある。そういう意味でも、彼向きの仕事だ。
冷泉宰相相手にどこまで効果があるかは疑問だが、間違いなくチャンスと言える。
セルツから取材が来るまでに間に合わせるのは厳しいかもしれないが、そこは気にしなくてもいいだろう。
『アーマガルトの守護者』が一年生の内から長期実習をするという事で、特集を組む予定になっている。取材も一度では終わらないはずだ。
「ま、俺がしてやるのはここまでだ」
そう言ってジェイは話を切り上げ、エラはまた迷惑を掛けてしまったとバツの悪そうな顔でペコリと頭を下げるのだった。
この件は、すぐにポーラからケイに伝えられた。
「なるほど、ナルンを……分かりました、お任せください!」
彼も今の自分の立場は理解していたようで、自分の腕を活かせるならばと喜び勇んで引き受けた。
憑き物が落ちた、ポーラがそう感じるような笑顔であった。
疑問に思った彼女が尋ねると、ケイは力無い笑みを浮かべながら答える。
「駆け落ちは、いけない事だと分かっていました。一生逃亡者生活を送る事になるかも……そんな不安もありました。そんな私達を受け容れてくれたのです、この町の人達は」
ゴーシュの人達には世話になった。彼等は恩人だという思いが、ケイの中にあった。
ナルンの新メニュー開発は、ゴーシュのためになる。そう考えればやる気も出るというものだ。
これは世話になったゴーシュの人達に恩返しをするチャンス、ケイはそう考えてた。
なお任せていた骸骨の正体の調査だが、自警団の手も借りて探した結果、町の人達であった事が判明した。
黒地に白で骸骨を描いた覆面を被っていたそうだ。夜に見ると白い骸骨だけが浮かび上がっているように見えるらしい。
ジェイが気にしたのは首から下は武装していたかだが、そちらも単に服を着ていただけとの事だ。
「はっはっはっ! 幽霊じゃなかったのだな!」
なお、この事はすぐにオードにも伝えられたが、彼は聞いた次の瞬間には立ち直って観光に行ってしまったそうだ。
「……一応見張りを付けておけ」
なんだかんだで失恋したばかりのオード。ここで変な女性に引っ掛かっては山吹家に申し訳がない。
その報告を受けたジェイは、すぐさま家臣の一人を彼に同行させるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、歌舞伎『切られ与三』のセリフ「しがねえ恋の情けが仇」です。