第123話 幼馴染は驚かない
「骸骨だ! 骸骨の集団がいたんだよ、卿! あれは……噂に聞いた『百魔夜行』だ!!」
次の瞬間、ジェイは勢いよく立ち上がった。
「どこで見た!?」
「え? ええっと……」
「順番に話せ! 走って行った後から!」
「あ、ああ……砂浜を青春ダッシュしていたら、切り立った崖があって……そこから先は進めなかったので引き返そうとしたら森の中に『百魔夜行』が……」
「分かった! モニカ、詳しく聞いておいてくれ!」
そこまで聞くと、ジェイは部屋から飛び出して行った。窓から。
明日香とエラが慌てて窓に近付くと、ジェイが近くの木の枝に着地、そのまま木から木へと飛び移りながら、海に向かっていく後ろ姿が見えた。
警備に当たっていた兵もすぐに気付いたようで、何人かがその後を追って走って行った。
そして残されたモニカは、彼の動きに驚く事なく、粛々と話を進めて行く。
「それじゃ、詳しく聞かせてもらえますか? その骸骨、何か持ってたり、身に着けていたりしませんでした?」
「ウ、ウム……その、落ち着いてるな」
対するオードは、流石にいきなり窓から飛び出して行ったのは驚いたようで、一周回って逆に落ち着いたようだ。
モニカの淡々とした仕事振りに、エラも驚きを隠せない。
「そ、その、モニカちゃん冷静ね……」
「……まぁ、幽霊の話は慣れてますし」
「窓から飛び出して行った方よ!」
「そっちも割と……」
そう答えるモニカは、どこか遠い目をしていた。
なお、ポーラはまったく驚いておらず「なかなかやりますね」と、むしろジェイの動きを褒めていたりする。
それはともかく、二人の故郷アーマガルトは、幕府と何度も戦ってきたので、戦場跡に未練を残した幽霊がたまに出てくるのだ。
そんな幽霊達の身元を調べたり、遺族に連絡したりするのは領主の役割なので、調べるノウハウがアーマガルト辺境伯である昴家には存在していた。
なお、モニカがそれを知っているのは、ジェイの母ハリエットに教わったからだったりする。
「でも、見間違いじゃないんですか? ほら……」
明日香は窓の外に視線を向ける。きれいに晴れ渡っており、青い空に大きな入道雲がそびえ立っている。
こんな日が高い内から幽霊が現れるのか。そう疑問に思うのも無理は無い。
対するモニカは、メモを取りながら答える。
「種類によるね~。見たの骸骨でしょ? 実体有るタイプだと、昼からでも出たりするよ~」
「骨でもですか?」
「骨でもだよ」
いわゆるアンデッドモンスター。幽霊と一言で言っても、多種多様なタイプがいるのである。
一方ジェイは、かなりの速さで海岸にたどり着いていた。
おおまかな場所だけ聞いて飛び出したのは、これまで何度も幽霊に対処してきた経験故だ。
消えたり移動したり、どういう行動を取るか分からないので、何よりスピードが重要なのである。
オードが走り去った方向に進むと、彼の言う通り切り立った崖があり、そこで砂浜が途切れている。この辺りはもう町の外のようだ。
辺りを見回すと、オードの言っていた通り右手は海、左手は森が広がっている。
「話が通じれば早いんだがな……」
そうぼやきつつ、ジェイは森に入っていく。
オードは『百魔夜行』と言った。つまり見た骸骨とやらも一体や二体ではないだろう。
しかし、いくら探してもそれらしい姿は見当たらなかった。
骸骨を見たという話が本当ならば、実体が有るタイプのアンデッドだと考えられる。実体の無いゴーストタイプのように急に虚空に消えたりはしないだろう。
どこかに移動したのか、それとも土に潜ったのか。何か手掛かりが残ってないかと地面を調べてみたところ、ジェイはあるものを見つけた。
砂浜から森に入ってすぐの所に残っていたのは足跡、それも一つや二つではない。
「これは……靴履いてるな」
それら全てが骸骨の足跡ではなく、靴を履いた足跡である。
「若ー!」
家臣達が追い着いて来たのは、ちょうどこのタイミングだった。途中で合流したのか、神殿騎士と自警団も一緒だ。
「こっちだ!」
砂浜からは見えないだろうと、ジェイの方から声を掛ける。
足跡を踏み荒らさないようにと注意しつつ彼等を呼び寄せた。
「若、幽霊は?」
「幽霊じゃない可能性が出て来たな」
そう言って地面の足跡を指差すと、家臣は顔を近付けて覗き込んだ。
「……深いですな」
付き合いが長いだけあって、すぐにジェイの意図を察した。
肉の無い骨だけの身体で靴を履いて立っていたにしては、足跡が深いのだ。
生前の鎧などを身に着けていればそれなりの重量になるが、遠目に骸骨だと分かったという事は、そういうのは無かったと考えられる。
「あ、あのー……」
おずおずと自警団の者が声を掛けて来た。普段は漁師をしているという初老の男性だ。
「そのお客様が見たのは、町の者かもしれません」
「見たのは骸骨だぞ?」
「その『百夜祭』といって、『百魔夜行』の仮装行列をする祭りがありまして……」
「…………はい?」
自警団から説明を聞いてみたところ、ジェイは「お盆に行うハロウィンのようなお祭」と解釈した。
「こんな所まで来て仮装するのか?」
「当日まで隠して、皆を驚かせるのがお約束でして……」
町の人達皆で仮装するのだが、一番良い仮装には賞が出るそうだ。
「ふむ……」
ジェイは考える。オードが目撃したと言っても遠目の話だし、骸骨の仮装をしただけの人間ならば、足跡の深さも頷ける。
問題があるとすれば、町から結構離れた場所というぐらいだが……。
「よし、分かった。誰がここで仮装していたのかを調べてくれ」
「はっ!」
「……は?」
家臣と自警団が、対照的な反応をした。
それを見てジェイは、更に説明を続ける。
「町の者なら問題無い。だが、それ以外の可能性もある」
しかし自警団の者達は、何もそこまで……と言いたげに顔を見合わせている。
「……『百夜祭』を利用して、何者かが潜り込むと?」
だが、彼等を率いる神殿騎士の方は、ジェイの危惧を理解したようだ。
「その可能性がある以上、目撃されたのが誰であったかは確認しておきたい」
「分かりました。私が調べておきましょう」
「頼む。ああ、こいつも一緒に連れて行って、仕事を学ばせてやってくれ」
「よろしくお願いします!」
神殿騎士が承諾したため、この件は二人に任せる事にする。
「何事もなければ、それが一番なんだけどな……」
ジェイはそう言いつつも、このタイミングで正体不明の骸骨が目撃された事に、不吉な予感を感じるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、マンガ『岸辺露伴は動かない』です。




