第122話 ゴーシュ地方創生プロジェクト
一通り町を案内してもらったジェイ達。『愛の鐘』亭に戻ったのは、そろそろお昼かという頃だった。
「う~ん……」
にこやかな顔で商人達に案内してもらっていたジェイだったが、部屋に戻ると疲れた様子でソファに身を沈め、ため息をついた。
明日香とモニカがその両隣に腰を下ろし、向かいの席にエラが座る。
「モニカ、商人の娘として一言」
「観光地としてアピールできそうなのは……海水浴場くらいかなぁ」
『愛の鐘』亭に来た宿泊客がどこに遊びに行くかという話なので、『愛の鐘』亭そのものは除外として考えている。実際良い宿ではあるが、中で遊べるような所ではない。
「小神殿は?」
「ダメでしょ」
ジェイは前世の感覚から小神殿も寺社仏閣のように観光資源になり得ると考えたが、この世界の神殿という場所は気安く近付ける場所ではなかった。
信徒達が普段足を運ぶのは町中にある「礼拝所」だが、こちらはこじんまりとしており観光資源になるようなものではない。
そんな話をしていると、ポーラが戻ってきた。
続けて『愛の鐘』亭の者達が昼食を運び込んでくる。
魚介に肉、割合としては前者の方が多い。それに新鮮な野菜と果物。良い素材を使っているのが見てとれる。
結構豪勢に見えるが、『愛の鐘』亭的には普段通りの物だ。お客様用だからというのもあるが。
この地域には、二つの食文化が存在する。カムートにもあったこの世界本来のものと、武士達が持ち込んだものだ。
今はどの国も双方が混じっている状態だが、その割合が異なる。セルツが半々ぐらい、ダインは武士寄り、アーロはカムート寄りだ。
『愛の鐘』亭の料理は特に伝統的なものであり、ダイン出身の明日香は物珍しそうに目を輝かせている。口元のよだれは、見ない振りをしてあげるのが情けだ。
「話の続きは、食べてからにしようか」
これ以上待たせるのは可哀想だ。ポーラも席に着き、昼食にする。
「ねえねえ、ジェイ。こういう美味しい物はアピールにならないんですか?」
「魚は他の町にもあるらしいから、セルツへのアピールとしてはどうかな」
アーロならどこでも食べられるとなると、近い東側の方が良いという話になってしまう。
「お肉は?」
「牧場あるの、別の町らしい」
ちなみに野菜も、別の町産である。
「ああ、これはゴーシュ産のはずだ」
そう言ってジェイが持ち上げたのは小さな器。中に入っているのは。ナルンと言う柑橘系の果物を使ったゼリーだ。これも取材が来たら紹介する候補である。
「……デザートは最後だぞ」
「わ、分かってますよジェイ!」
明日香は、今にもかぶりつきそうな目をしていた。
「……ところで、あの子達は?」
食事中、エラがポーラに問い掛けた。
「これまで通り、従業員として扱ってもらえるよう頼んできました」
メアリーとケイの二人は、長期実習の間はこれまで通り従業員として扱ってもらう事になっている。
ジェイ達の食事に関してはノータッチという事に関しては、『愛の鐘』亭の方から言い出してきた。彼等も余計なトラブルは御免なのだろう。
ジェイも、実習の間二人を家臣として扱えと言われても困る。
しかし『愛の鐘』亭の人達も、これまで通りにと言われても困るのではないだろうか。
「大丈夫なのか? 駆け落ちしてきた華族だってバレた訳だけど」
そう考えたジェイは、疑問を口にした。するとポーラは、ため息をついて答える。
「ここの者達から話を聞いてみましたが……薄々気付いていたみたいですよ。何か訳有りだろうと」
「えっ、華族だとバレてたんですか!?」
「……まあ、そうでしょうね」
明日香は驚いていたが、エラは納得していた。
昨夜は子供っぽい面が目立ったメアリーだが、それでも育ちの良さは隠し切れるものではないのだ。
その立ち居振る舞いを見れば、分かる人には分かってしまう。しっかりとした礼儀作法を教えられてきたであろう事は。
礼法を学んで来たという意味では、華族学園の卒業生であるケイも同様である。
ただ、それはそれとして二人の評判は悪くなかったとの事。訳有りだと思われつつも、真面目な料理人若夫婦として受け入れられていたらしい。
流石にセルツの華族、しかも宰相の孫娘というのは予想外だったらしいが。
華族のお嬢さんを預からねばならない事になり、『愛の鐘』亭の人達にも戸惑いはあるようだが、ポーラは遠慮なく仕事させてほしいと任せてきていた。
また仕事とは別に、華族として再教育するとの事。ポーラのそれは厳しいものになりそうだ。
なお、この件に関してはエラは何も言う気は無かった。メアリー相手には必要以上に甘くしてしまいそうだという自覚があったからである。
という訳で、エラは話題を変えようとする。
「そういえばこの町、伝承とかはないのかしら? 『セルツ建国物語』みたいな」
観光地、名物以外に観光客を呼ぶ方法はないかの模索だ。
建国物語が何度もドラマ化されて本やグッズが発売されている事を考えていると、意外と馬鹿にできない効果がありそうだ。
「そうですね……カムートが滅んだ後、魔神の残党がアーロに逃げ込んだという話がありますね」
それに答えたのは、歴史の生き証人であるポーラだ。
「えっ? ああ、そういえば最後に海に逃げたって……」
「ネ、ネタバレですか!?」
「大丈夫。ドラマじゃ大抵魔王倒して終わるから、その辺まではやらない」
「じゃあ、オッケーです!」
カムート魔法国とアーロは敵対していた時期もあるが、カムートが滅亡する頃にはそれも収まっていた。
当時は魔王よりも召喚された武士達の方を危険視していたらしく、アーロは逃げてきたカムート残党を受け入れたそうだ。
魔神であれば今も生きている可能性は高い。ジェイがまず考えたのはそれだ。
「じゃあ、今もアーロのどこかに……?」
「いえ、そのまま『死の島』に落ち延びたと聞いていますので、もういないと思いますよ」
その時どのようなやり取りがあったかは定かではないが、逃げ込んだ残党は留まる事なくそのままアーロを通り抜けて行ったようだ。
「『死の島』……聞いた事あるわ。やっぱり魔神が逃げ込んだからそんな名前が?」
その物騒な名前に反応したのはエラ。学生の頃に歴史の授業で習った名だが、もっと遠くにあるイメージを抱いていた。
「いえ、この島の南側は複雑な海流が渦を作っており、『死の大渦』と呼ばれているのです。その向こう側に見えるから『死の島』、ですね」
大渦があるため誰も行こうとしないが、アーロよりも大きい島であるらしい。
物理的な距離よりも、精神的な距離が離れていると言えるかもしれない。
「大渦を越えてって……空でも飛んで行ったんですか?」
「いえ、魔法で橋を掛けたそうです」
「は、橋、ですか……」
「海の向こうまで……?」
「カムート側からアーロに渡るにも、同じ魔法を使ったはずですよ」
ジェイとモニカは顔を見合わせた。お互い魔法が使えるから分かる。途方もないレベルの大魔法であると。
そして明日香は、二人とは異なる点に注目する。
「という事は徒歩で逃げたんですか?」
「ええ、歩いて『死の島』に向かう魔神達の一行を、アーロでは『百魔夜行』と呼んで、今に語り継いでいるのです」
「『百魔夜行』、ですか……」
そう呟いたジェイは、骸骨の顔をした魔神エルズ・デゥを思い出していた。
あんな姿をした者が混じった集団となると、見た目的にも恐ろしかったのではないだろうか。
怪談系として観光資源にできないか、魔神は今も生きている可能性考えれば避けた方が無難か。そんな事を考えていると、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。
飛び込んで来たのはオード。かなり慌てており、息切れしている。
「見たのだ、吾輩は! ゲホゲホ!」
むせたオードは、控えていた侍女から水を受け取り、一気に飲み干した。
そして一息つき、更に声を張り上げる。
「骸骨だ! 骸骨の集団がいたんだよ、卿! あれは……噂に聞いた『百魔夜行』だ!!」
今回のタイトルの元ネタ……というかは微妙なところですか、「地域振興」、「町おこし」などの言葉の中で最近よく気がする「地方創生」を使いました。