第121話 朝の黄昏
「ところで……それって、代官の仕事なのかしら?」
エラが、そんな疑問を口にした。
言うなれば地元の商品の宣伝。確かにそれは、領主ではなく商人の仕事のように思えるだろう。
「領主の仕事ではあるな」
だが「領地の発展のために尽力する事」が領主と仕事と考えれば、間違いではない。
「アーマガルトでは、主に奥様がやっておられました」
「そ、そうなんですか!? そういえば、領主自ら出演してるの見た事あるような……」
社長等が出演しているTVCMと言えばイメージしやすいだろうか。
ある種の「里自慢」でもあるため、積極的に行う領主も少なからずいる。ジェイの母ハリエットもそのタイプの人間だった。
そして代官は、領主の仕事を代行する者である。
「でも、代官がやってるのは見た事ないわねぇ」
「そりゃ代官って任期あるし……」
いくら領地を発展させても、任期が終わればさよならとなってしまうからやらない人が多い……というのは言わぬが華である。
ジェイも、ゴーシュに関してはそれは変わらない。ただ将来の練習と考えれば悪くないとも考えていた。
その後一行は港に到着。なおエラは、ここでようやくジェイと腕を組んだまま歩いていた事に気付いた。頬を赤くし、そそくさと離れる。
周りを見ると、あまり人影は無い。ここは漁港でもあるが、早朝に出港してまだ戻ってきていないのだ。何人かの商人がエドを見送りに来ていたぐらいである。
「では、アーマガルトに戻り次第ご領主様に報告しておきます」
そう言ってエドは船に乗り込み、出港して行った。
すると商人達も帰ろうとするが、ジェイがせっかくだからと彼等を呼び止めた。取材で紹介する物について相談するためだ。
「御代官様、物だけとは限りませんぞ!」
すると商人達は、良い「場所」もあると案内を買って出てくれた。
「漁港ならではの新鮮な魚介とかは?」
「残念ながら、アーロではどの町にもある物なのです」
昨夜の食事が気に入った明日香が目を輝かせて言うが、商人は沈痛な面持ちで首を横に振った。海に囲まれた島国ならではの、ある意味贅沢な話である。
という訳で商人達が案内してくれたのは港から少し離れた所にある砂浜。地元の人もよく遊びに来るという海水浴場だった。
黄金色の砂浜に、絶えず打ち寄せる白い波。夏の間は屋台も並ぶらしい。
その屋台を出しているという商人が、ここの素晴らしさを熱く語る。
彼は気付いていないようだ。もう一人の商人は気付いているようで、困惑の表情だ。
モニカがおずおずとジェイに近付き声を掛ける。
「ね、ねえ、ジェイ……あそこにいるのって、もしかしなくても……」
「……オードだな」
そう夏の青空の下、砂浜で座り込んで、朝なのに黄昏れているオードがそこに居た。
どんよりした雰囲気を醸し出す彼を放っておく訳にもいかず、ジェイは近付いていく。するとオードの方も気付いて、力なく顔を上げた。
「ああ、卿か……メアリーさんの事は聞いたよ……」
ポーラが連れて事情を説明して回ったため、メアリーの件は既に島中の噂になっていた。
それがメアリーに片想いしていたオードの耳にも届いたのだろう。
今にして思えば、ジェイとオードが出会った時点でメアリーは既に駆け落ちしていた。
そういう意味ではジェイに責任は無いのだが、それはそれとして掛ける言葉が見付からない。
「ははは……いいんだ、メアリーさんが幸せなら……」
駆け落ちしたのに見付かって家に報告される事になっているので、今幸せか微妙なところではある。
ジェイがエラ達と顔を見合わせてどうしたものかと考えていると、オードは唐突に立ち上がる。
「慰めの言葉はいらないさ! どうか僕をそっとしておいてくれ!!」
そしてそのまま、猛然とダッシュして走り去ってしまった。
唐突な出来事に、呆然と見送るしかないジェイ達。
オードの背中が小さくなっていくのを見ながら、ジェイは地元の商人達に尋ねた。
「この先、危険な場所とかはあるか?」
「えっ? いや、これといって……」
「波打ち際の岩場で足を滑らせたら危ない、ぐらいでしょうか」
「……よし、放っとこう」
そう言いつつ指の動きで合図を送り、家臣の一人に後を追わせていた。
「もしかして、アレも気にしてた原因か?」
ジェイが戻ってエラに問い掛けると、彼女は小さく頷いた。
オードは以前からメアリーに惚れ込んでいて、婚約を申し込みに来た事もあった。当然断られたが。
それでもめげずにいたところ、トドメを刺したのはメアリーの駆け落ち……そしてエラの縁談である。
というのもエラがジェイの婚約者になった時点で、メアリーは婿を取る立場となるのだ。駆け落ちしていなければ。
無邪気にメアリーへの片想いを語るオードに、駆け落ちの件を隠さなければいけなかったのが辛かったようだ。
「元々目は無かったんじゃないか?」
オードは嫡男で婿入りできない立場なのだから、元々噛み合わなかったというのも事実だ。
「それでも駆け落ちの事を知れば、早く切り替えれたかもしれないし……」
「どーかなー、あの調子じゃあ……」
オードが走り去った方向を見ながらモニカが言う。
立ち直るのに時間が掛かりそう。それがジェイ達の共通見解であった。
何にせよ、しばらく戻ってきそうにないので、ジェイ達は次の場所に案内してもらう事にする。
商人達も、下手に触れるとゴーシュの一番の目玉である『愛の鐘』亭の名に傷が付きそうだと悟ったようで、彼の事には触れずに案内を続けるのだった。
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