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第120話 エラちゃんじゅうきゅうさい

「エラ、起きたみたいだな」

 エラが起きたようなので様子を見に行こうとすると、エラの侍女が「ここはお任せを」と手で制して、一人隣の部屋に行ってしまった。

 昨夜の惨状を考えると、寝起きの姿は見られたくないか。そう思い直したジェイ達は、おとなしくエラが来るのを待つ事にする。

 現在部屋にいるのは、ジェイとモニカと明日香の三人。ポーラは朝食後すぐにメアリーとケイの所に行ってしまった。しっかり再教育すると張り切りながら。

 昨夜は飲まなかったモニカが、早々に酔いつぶれた明日香に視線を向ける。

 すぐにつぶれた割には顔色も悪くなく、ケロッとした様子だ。

「明日香は平気そうだね」

「あたし、二日酔いになった事ないんです!」

 弱い割には、後に残らないタイプなのかもしれない。

「それにしても昨夜(ゆうべ)のエラ、すごかったですねっ!」

 笑顔でそう言う明日香。彼女の事だから悪い意味では言っていないだろう。

 しかし、確かに昨夜のエラはすごかった。色々な意味で。

 ひとしきり愚痴ったかと思えば、急に一人ファッションショーを始めたのだ。目の前で着替え始めて。

 思わず見惚れてしまったが、それ以上に彼女が用意していた衣装の数々に驚いた。

 フェチズムをくすぐるというか、マニアックというか、日本人のDNAが余計な仕事がしたのかと言いたくなるぐらいにとにかく凄かったのだ。


 それに昨夜の愚痴は、エラが抱え込んでいたものをさらけ出していた。

 彼女は「駆け落ちした妹の代わりに来た」事を負い目に感じていたのだ。

 父が認めた男子と喜び勇んでやってきた明日香に、幼い頃から想い続けていたモニカという比較対象がいたから、余計にそう感じていたのだろう。

 ジェイから見たエラは、飄々とした掴みどころの無いお姉さんという印象だった。

 しかし昨夜でその印象は変わった。ジェイは思う、彼女の方は負い目を感じているからこそ踏み込めずにいたのかもしれないと。


 それからしばらくして部屋に現れたエラは、昨夜と同一人物とは思えないほどにしっかりと身嗜みを整えてきた。

 しかしよく見ると頬が赤く、小刻みにぷるぷると震えてる。なんとか誤魔化そうとしているようだ。

「遅れてごめんなさい。もう仕事を始めてたのかしら?」

 「デキるお姉さん」に見せようとしているのが見て取れる。

 そんなエラは昨夜、海でお披露目する予定の新しい水着を先走ってお披露目しようとするミスを犯していた。

 間一髪でそれに気付いてなんとか止めたのはモニカ。それだけに彼女がエラを見つめる目はどこまでも優しかった。

 ジェイも赤い頬には触れずに話を進める。

「夜の内に起きた事を聞いてたところだ」

 自警団による見回りは毎晩行われているのだが、ジェイは昨夜の内から家臣達を数人それに参加させていた。

「何かあったの?」

「酔っぱらいのケンカが一件あっただけみたいですよ~」

 自警団も、普段ならば神殿には報告せずに処理してしまうような案件である。

 しかし今回は代官代理の実習中という事で、自警団の団長に報告に来てもらった。

「向こうも慣れてない様子だったけどな」

「それは、お客様の前だから?」

「いや、今の団長は五年目らしいが、報告するような事件は起きた事がないそうだ」

「へ、平和なのね……」

 見回りに参加した家臣曰く、自警団員はのんびりした連中との事。国境を守るアーマガルト軍と比較するのも酷な話ではあるが。

 その一方で、指揮を執っていた神殿騎士はかなりの手練れそうだったとの事。

「ところで、俺達はこれからエドさんを見送りに行くんだが、大丈夫か?」

「えっ? ええ、大丈夫よ。行きましょう」

 代官の仕事という訳ではないが、ジェイ達はこれからエドを見送りに港に行く。

 彼は船でアーマガルトまで戻り、メアリー達の件を昴家に報告するだろう。そしてカーティスを通じて冷泉宰相に伝わるはずだ。

 エドは直接宰相とは接触できないため、このルートとなる。その後はカーティスと冷泉宰相の話し合い次第だ。

 今のエラに獣車の揺れはキツかろうという事で、一行は徒歩で港に向かう。

 海まで見渡せる坂道を歩いていると、潮風が心地良い。

 少し回復したエラの隣にはジェイが付き添い、少し先をはしゃぎながら進む明日香とモニカを見守りながらゆっくりと歩いて行く。

「……地元の商人達は、かなり期待しているようですな」

 不意に背後から掛けられた声に、エラは小さくひっと声を漏らしてジェイの腕に抱き着く。おそるおそる振り返ると、いつの間にかエドがすぐ後ろに来ていた。

 ジェイの方はとうに気付いていたようで、前を向いたまま返事をする。

「この長期実習にか?」

「ええ、正確には若の実習が起爆剤になる事を、ですね」

「……なるほど、セルツから人が来る観光地としてか」

「はい」

 そこまで聞いたところで、エラも理解した。

 このアーロという島国は、セルツに近い東側の方が発展している。

 立地条件の差と言ってしまえばそれまでだが、それで西側が仕方ないと納得するかどうかは話が別だ。

 そこに降って湧いた長期実習の話。来るのが『アーマガルトの守護者』となると、期待するなと言う方が難しいだろう。

「商人の目から見て、どうなんです? この町は」

「フム……まぁ、利益は出せますな」

 そう言いつつ、その声は、エラが聞いてもトーンを押さえているように感じられた。今ならば、ほぼ独占状態で交易できるにもかかわらずだ。

「魔動船の燃料か?」

「その通りです。利益は出ますが、わざわざこちら側まで船を回す程かとなると……」

 そう、魔動船を動かすには魔素結晶が必要なのだ。アーロ島の西側まで船を動かすと、その分余計に結晶が必要となる。

 その辺りのコストを考えると、東側の港で良いではないかというのが、現在のところの商会当主エドの判断だった。

「その、つまり、観光客を運ぶついでに交易ができれば……とお考えですか?」

 エラが尋ねると、エドは「それなら十分考慮に値しますな」と笑った。

「後は、ここの商品の価値を高めるか、だな」

 そうジェイが呟くと、エドは返事をしなかった。

 どうしたのかとエラが視線を向けると、彼は満足気ににこにこ笑っている。

「若、頼めますかな?」

「そうだな……探してみよう」

 エラが分からず小首を傾げていると、ジェイが説明をしてくれる。

「セルツの方で、ここの物を欲しがる人が増えればいいんだよ」

 需要が増せば、商品価値も上がるという事だ。

「それは、まぁ……でも、どうやって?」

「来るんだろ、取材」

「あっ……」

 一年生の身でありながら長期実習に入るジェイは注目されている。華族学園に関するニュースを中心に報道するPEテレの『PSポーラ・スチューデントニュース』は確実に来るだろう。

 そこでゴーシュの物を紹介すれば、セルツで欲しがる人が増える……かも知れないという話である。

 思いの外平和そうな町、ゴーシュ。そこの代官代理としての最初の仕事は、テレビで紹介する物を探す事になりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹もどうせ駆け落ちするなら外国まで行けよな笑
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