第119話 お酒は成人になってから(異世界では)
お茶を飲み終え、一息ついたエラは、改めてジェイの方に向き直る。
「ジェイ……この度は本当に申し訳ありませんでした……」
そして、沈痛な面持ちで深々と頭を下げた。
ジェイの計らいで無かった事にする方向で話を進められるとしても、それはそれとして謝罪は必要という事だろう。
しかしジェイは、これを素直に受ける事ができない。
「俺が言うのもなんだけど、エラだってこの件では被害者だろう。むしろ怒ってもいいんだぞ?」
「被害者なんて、そんな事は……」
慌てて否定するエラ。代わりに縁談に参加した事を「被害」だなんて言えないというのもある。しかし、それ以上に縁談として悪くなかったという思いが彼女にはあった。
「本当にあの子は、私の苦労も知らないで……!」
それでも今回の事は腹に据えかねたのか愚痴が零れる。
これは思い切り吐き出させた方が良いだろう。そう考えたジェイは、家臣に命じて酒を用意させる事にする。
なお、この国では成人すれば飲酒可能だ。成人してから入学する華族学園の生徒は、皆飲めるという事になる。
ひと昔前は飲めなければ一人前じゃないみたいな風潮もあったが、今はそうでもなく人それぞれだ。現にジェイもあまり飲まない。
そんなジェイの影響もあって、あまり酒が食卓に並ぶ事のなかったジェイ達の食卓。
しかし、エラは元々飲む方だったらしい。いざ飲み始めると勢いよくグラスを空けていく。
「私だってねぇ~、気にしてるんですよ~!」
そして愚痴る。ジェイに抱き着き、割と泣き上戸である。
明日香も付き合って飲んでいたが、こちらは弱かったようで早々につぶれてしまった。
「しゅぴ~……」
今はジェイに膝枕をしてもらって、にへっとした顔でお休み中である。口元のよだれに気付いたジェイは、それをそっと拭った。
「私だけこ~んなに年上だしぃ~……」
「いや、気にする程じゃないでしょ」
「そうですよ~」
ジェイとモニカは飲んでいなかったので、お酌をしつつ聞き役だ。
モニカはジェイに合わせて飲まないだけなので、今夜に限っては飲んだ方が良かったかと考えている。
一方ジェイが飲まないのは「お酒は二十歳になってから」という日本人だった前世の感覚に従っての事だ。
勇者でも魔王でもない普通の日本人であった「自分」を見失いたくなかった。無意識の内にそう考えていたのかもしれない。
そんな彼から見たエラは、言うなれば「女子大生」。気にする程じゃないというのは紛れもない本音である。
この世界の一般論として、華族学園卒業までに結婚できないのは男女問わず「遅い」のは事実なので、エラが気にするのも無理の無い話ではあるが。
「ホントですか!?」
「ホント、ホント」
「じゃあ、どこがダメなんですかぁ~~~!!」
誰もダメとは言っていない。しかし、理屈は通じない。
「胸ですか!? やっぱりおっぱいですか!?」
「ちょっ、エラ姉さん……」
変な方向に話題が流れ出したので止めようとするが、力が無い。
実際、大きい順に並べると明日香、モニカ、そして大きく離れてエラとなるので、モニカとしても口出ししにくい話題だった。
視線でジェイに助けを求めると、彼はグッとサムズアップする。
「大丈夫、エラは腰だ!」
「…………ジェイ?」
酔っているのか?と疑ったが、飲んでいる形跡は無い。
「いや、まぁ、分かるけどさ……一番細いし」
自分のお腹を密かにむにっとつまみながら言うモニカ。腰回りに関してはモニカ、明日香、エラの順となる。
なお、明日香が胸、エラが腰だとすれば、モニカはお尻だと考えているのは、ジェイだけの秘密である。
少し上機嫌になったエラの飲酒ペースが更に上がって行く。その様子を眺めながらモニカは疲労を感じさせる声で言う。
「そういえば、思い出したわ……」
「何がだ?」
「エラ=冷泉=ダーナ……内都のダーナ区って、お酒の名産地よ……」
「……なるほど」
華族の名前に地名が入る場合、それはその土地の領主か管理を任された家である事を表している。ダーナは内都の地区名なので後者となる。
お酒の名産地で生まれ育ったエラ。それだけお酒は身近な存在なのだろう。もしかしたら最近飲めていなかったのも、ストレスになっていたのかもしれない。
言ってくれればとも思うが、メアリーの件を考えると遠慮して言い出せなかった気持ちも分かるというものだ。
「これからは、俺に遠慮しないで飲んでもらおうか」
「飲み過ぎないように気を付けてもらわないとね」
今夜ほど深酒する事はないだろう。そう思いつつ二人は、夜遅くまでエラに付き合うのだった。
翌朝、エラは一番最後に目を覚ました。
時間は朝はとうに通り過ぎてお昼近く。ジェイ達は仕事に行っているのか姿が無い。
二日酔いになっており、エラは頭の痛みを堪えながら身体を起こす。
お酒を飲む事自体久しぶりなのもあって、飲むペースを間違ってしまった。
そんな事を考えつつ、とにかく顔を洗おうと、エラはフラフラした足取りで備え付けの洗面台に向かう。
そこで彼女は見てしまった。
「…………どうして?」
何故か自分が頭にウサミミを付けて、バニーガール姿になっている事に。
「えっ? えっ? 酔ってる間に着替えたの? ジェイの目の前で!?」
慌てて部屋に戻ると、脱ぎ散らかした服、服、服。全てジェイを誘うのに使えないかと彼女が用意していた衣装だ。
「私、昨日何したの~~~~~っ!?」
響き渡るシャウト。隣の部屋で仕事をしていたジェイ達は、その声でエラが目を覚ました事に気付くのだった。
今回のタイトルの元ネタは、標語「お酒は二十歳になってから」です。
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