第11話 三つ目にご用心
図書館を出て本校舎に戻る頃には、既に昼休みは終わりかけており、ラフィアスに話を聞くのは放課後となった。小熊には家臣を一人使いに出し、少し遅れる旨を伝えている。
サロンに移動して話す事にしたが、気になるのかついて来ているクラスメイトが多い。
入学して一月も経っていないのに南天騎士団から捜査を委任されたジェイと、希少な魔法使いであるラフィアス。気になるのも仕方がない話ではある。
現時点ではそこまで問題になるような話にはならないだろうが、念のためエラに皆が近付き過ぎないよう見てもらっている。
「ああ、間違いない。これは魔法国時代のデザインだな」
「悪趣味な時代だったのだな……」
そんな皆が遠巻きにしている中、空気を読まずに会話に参加してきたオード。その視線には、趣味の悪さを憐れむ気持ちが込められていそうだ。
それはともかく、一通り事情を説明して短剣を見せてみたところ、ラフィアスはあっさりとそれが魔法国時代のデザインだと断言した。
「…………悪趣味なのは否定はしないが、ちゃんと意味があるんだよ」
ラフィアスは柄の先端――柄頭にある、角の生えたドクロの彫刻を指差す。
「その角ドクロに意味が?」
「いや、角じゃない。眼だよ、『第三の眼』」
そう言って短剣を手を取り、ジェイの眼前に突き付けてきた。
左右から明日香とモニカも顔を寄せて覗き込む。よく見るとそのドクロには両目以外に額にも穴が空いていた。
「『第三の眼』? もしかして、この額の穴の事か?」
「ああ、それだ」
と言いつつラフィアスは右腕の袖を捲り、身に着けている腕輪を見せてきた。
「ハハハ、安物だなっ! それなら吾輩の腕輪の方が……!」
「そうじゃない! こっちだ! これが『第三の眼』だ!」
ラフィアスは腕輪のレリーフを指差す。そこには虎に似た魔獣が彫り込まれている。
その顔にも角ドクロと同じく目が三つあり、それぞれに親指の爪ほどの大きさの魔素結晶が嵌まっていた。
「その目の部分に嵌め込まれている石は魔素結晶か?」
「ああ、これは魔法使いの、いざという時の備えさ」
つまり自前の魔素が枯渇した時のための予備タンク、魔素結晶本来の使い方である。
もっとも魔素結晶を通貨にしている以上、財布があれば事足りるのだが、『純血派』では象徴的な意味合いでそうした習慣が続いているらしい。
腕輪自体はただの台座で、魔道具などではないとの事だ。
「すごいですねっ! それも当時の物なんですか?」
「いや、これは入学前に作ってもらった物だ。『魔獣に第三の眼』が最近の流行りでね」
『純血派』魔法使いの間の流行なので、ものすごく狭い範囲の流行である。
そして『ドクロに第三の眼』は、魔法国時代の流行りだったそうだ。
「ただ、それにも嵌め込まれていたかはちょっと分からないな。そのサイズだと込められる魔素もたかが知れているから、備えとしてもちょっとね」
確かに小さな角ドクロの眼では、米粒以下の小さな魔素結晶しか入らないだろう。
ラフィアスも、短剣タイプの物は見た事が無いとの事だ。
「つまりこの短剣は、その『魔法使いの備え』ではないと?」
「そのサイズだと、三つ全部使っても魔法一回分ぐらいじゃないか? 備えとしては役に立たないだろう」
「一回、ね……それ、使い切った後だと魔素は検出されるのか?」
「使った直後なら」
魔素結晶は、魔素を使い切ると跡形も無く消えて霧散する。使い切ってしばらく経った後ならば魔素は検出されないだろう。
「まぁ、ずっと残るものだったら、ボク達今頃魔素まみれだよね。いつも魔素種と結晶持ち歩いてるし、魔動機使ってるし」
結局のところは、モニカの言う通りであった。
さて、ここまでの情報で、短剣が魔法王国時代のデザインである事が分かった。
しかし、この短剣自体はそれほど古いものではない。つまり誰かがあえて魔法王国時代の様式に合わせて作っている、あるいは作らせているという事だ。
「となると、やっぱり気になるのは『何のための短剣か?』だな」
「そんなの分かる訳がないだろう。儀式に短剣を使う事はあるが、柄のデザインまで定められている儀式なんて聞いた事がない!」
ラフィアスは「そんな事も分からないのか」と言いたげだ。
「あ……こういう悪趣味なデザインばっかじゃなかったんだ?」
「当たり前だ! 君は魔法使いをなんだと思っているんだ!?」
怒鳴られ、モニカは逃げるようにジェイの背に隠れる。
「待て、ラフィアス。それはつまり……これを作ったヤツは、あえてこのデザインを選んだという事か?」
「ん? まぁ、そういう事になるな」
「そうなると『第三の眼』が気になるな。これには何か特別な意味があるのか?」
「ああ、例のドラマにはまだ出てきてないのか? いずれやると思うが……」
言うまでもなく、ドラマ『セルツ建国物語』の事である。
「って、君は何をしている? この僕がわざわざ説明してやるというのに」
何故か明日香が背を向けてしゃがみ込み、両手で耳を押さえていた。
「あ~! 聞こえません~! ネタバレ聞きたくありませ~ん!」
「ネタバレって、あれは王国の歴史に基づいて……」
「あたし、幕府の歴史しか知りませんっ!」
「大丈夫だ、吾輩はネタバレなんぞ気にしないぞ!」
「お前は知っておけ、王国華族ッ!!」
明日香については諦めたようだが、オードに対しては力を込めてツッコミを入れた。
「ラフィアス君。ポーラに来て初めて建国の歴史を学ぶ人って結構いるわよ?」
「…………そうなのですか?」
見かねたエラが声を掛けた。彼女の言う通り地方の領主華族は、そういう事はポーラで学べば良いと考える者が少なからずいる。
その代わりに領主の仕事を手伝わせるなど、実践的な事を学ばせるのだ。
これが内都の華族であれば、幼年学校で基本的な事を一通り学ばせたりするのだが。
ちなみにジェイも学ばなかった口だが、モニカの影響で幼い頃からその手の本を読んでいたため知っている。
「あれは、知ってる話がどう映像化されるかを見るのが面白いのに……」
そんな彼の背に隠れながら、モニカがポツリと呟いていた。
結局明日香は、エラの所に行って距離を取った。なにげにこちらの様子を窺っていた生徒も数人いなくなっている。あのドラマ、結構人気があるらしい。
ラフィアスはコホンと咳払いをし、気を取り直して話を続ける。
「君達は『魔神』というものを知っているか?」
「えっと、『暴虐の魔王』の事だよね? 『カムート魔法王』だっけ?」
「それは正確ではないな。魔法王も魔神だったのは確かだが」
モニカがおずおずと答えたが、ラフィアスがすかさず訂正を入れた。
「魔神というのは、魔法の極みだ。いや、魔法を極めた者が魔神に至ると言うべきか」
「ちょっと待て、ラフィアス。さっき魔法王も魔神って言ってたよな? つまり、他にも魔神がいたのか? 魔法を極めたヤツが何人も」
「当時は魔法国の名の通り、魔法使いがこの地を統治していたのは知っているだろう? 魔法使いの数も多く、また今よりも優れた魔法の技術があったのさ」
当時は魔法使いが、魔法を使えない人達を支配していた。しかしその支配は苛烈なもので「魔法使いに非ずんば人に非ず」という考え方がまかり通っていたとか。
だが、それを良しとする魔法使いばかりではなかった。
ドラマ『セルツ建国物語』では、騎士と武士が『暴虐の魔王』を打倒するために立ち上がったとされているが、その騎士も実は当時の魔法使い、すなわち魔法騎士である。
そう、カムート魔法国打倒の戦いは、実は魔法国の内乱という側面も持っていたのだ。
「ああ、吾輩も知ってるぞ! 魔王を倒した魔法使いの子孫こそが吾輩達だ!!」
この辺りは先祖、家の歴史に関する事なので、華族ならば歴史を学んでいなくても知っている人は珍しくない。
「でも、魔法を使えるヤツは減っているんだよな」
「魔法を使えなくても魔動機は使える。時代の流れであるな」
「フン! 武士などという連中の血を混ぜるからだ!」
実のところ、当時の戦いは「魔神になれるレベルの魔法使い」と「なれない魔法使い」の戦いだった。普通に考えれば後者に勝ち目は無い。
そこで起死回生の一手として行われたのが、異世界から勇者を招く召喚儀式であった。
そうして召喚されたのがドラマにも登場する「武士」達だ。「東京」から来たという彼等は、総勢数百人はいたと言われている。
おそらくその武士達は江戸が東京になった後、すなわち明治維新後あたりの士族達であろう。この歴史を知ったジェイは、自身の前世の記憶からそう判断していた。
「でも、武士がいたから勝てたんだよね?」
「そ、それは! そうなん、だが……!」
思わずツッコんだモニカだったが、ラフィアスが凄まじい苦悶の顔になったため、怖くなって再びジェイの背に隠れた。
「なるほど、魔法王を倒すのに武士達の力も借りたから、その後興ったセルツは魔法使いだけが支配する国じゃなくなったのか」
その時一部の武士が離脱し、武士の国を興している。それがダイン幕府である。
「そうだ! 結果として魔法使いの血に不純物が混じり、魔法の力が弱まった!」
このままではいずれ魔法の力は消えてしまうだろう。だからこそ魔法使い同士で婚姻して、再び魔法使いの血を濃く、力を強めていかなければならない。
そう考えているのが、ラフィアス達『純血派』であった。
「ところで……『第三の眼』はどこに出てくるんだ? 話がズレてきていないか?」
「あ……ああ、すまない。少し熱くなっていた。『魔神になった者は、第三の眼が開く』と言われているんだ。だから第三の眼は、魔神の象徴でもある」
そのため昔から「強い魔法使いになれますように」という願いを込めて、第三の眼をモチーフにしたお守りを持たせる風習があるそうだ。
ラフィアスの腕輪もそれだが、こちらは自分で作らせたという話なので、魔法使いとしての向上心の表れと見るべきだろう。
「じゃあ、この短剣を持っていた二人も『純血派』……?」
「ハッ、魔法使いになってから言え!」
ラフィアスは鼻で笑った。ジェイも、自分で言っていて無理があると思う。
残念ながら、ラフィアスもこれ以上の情報は持っていなかった。
何のために作られた短剣かという方向から調べるのは、この辺りが限界のようだ。
だが、収穫もあった。魔素結晶を嵌め込んでいれば魔法一回分ぐらいにはなる。
これがただの短剣という可能性は低いとジェイは感じている。やはり魔素結晶が嵌め込まれていたと考えるべきだろう。
それが二人を捕らえた時点では無くなっていた。つまり使われていた。
ならば、その一回分がどう使われたのかを調べる価値はあるはずだ。
「ありがとう、ラフィアス。次の捜査の指針になったよ」
「そうか、役に立ったなら何よりだ」
ラフィアスに礼を言うと、ジェイ達は小熊と合流するべくサロンを出た。
今回のタイトルの元ネタは『三つ目がとおる』+『ドロロンえん魔くん』のエンディングテーマ『妖怪にご用心』です。
『三つ目てナイト』も候補でしたが、内容的に合っているのは「ご用心」かなと。




