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第118話 ぺちぺちぺちぺち

 ジェイが遠い目をしている一方で、エラは複雑そうな表情でメアリーとケイを見ていた。

 姉としては妹には幸せになってもらいたい。しかし、華族としてはそれだけでは済まされない。一体どう対処すればいいのかと頭を悩ませていた。

 大事にしないために昴家は、冷泉家に下駄を預けた。

 だからと言って冷泉家も、なあなあで済ませる訳にはいかないのだ。

 むしろ、昴家を納得させる処分を考えなければいけない。今後の信用に関わってくる。

 しかし、一方的に彼女を責めるのは酷だとも考えていた。

 エラは思うのだ。もし、メアリーが逃げずに縁談に参加していても上手く行かなかったのではないかと。

 王国側から見ればジェイ達の縁談は、昴家を王国に引き留めるという目的も含まれている。要するに「婚約者になりました。でも、不仲です」では済まされないのである。

 その観点で見た場合、幕府側の対抗馬となるのが明日香だ。

 メアリーに対抗できたかと言われると、首を捻らざるを得ない。内心想う男が他にいるのだから尚更だろう。

 メアリーは縁談を受けるよりも、逃げた方がマシだったのではないか。どうして自分に相談してくれなかったのか。どうして自分は相談に乗ってやれなかったのか。

 そんな後悔があるエラは、なんとか妹を守ってやれないかと考えていた。


「ひとまず、あなた達の事は家に知らせるわ」

 この件について最終的に判断を下すのは祖父となるだろう。現当主は父だが、実権は宰相である祖父が握っているためだ。

「その上で、あなた達は……長期実習が終わるまで、家人として働きなさい」

「えーっ!?」

「それとも、今すぐ帰りたい? お爺様がこの件を聞くタイミングで帰る事になるけど」

 思わず腰を浮かして抗議の声を上げたメアリーだったが、すぐに小さくうめいて再び腰を下ろした。

 これは温情である。今すぐ帰らせるのではなく、ワンクッション置くのだ。

「頑張りなさい。そうすれば私も擁護できるから」

 その上で、自分の下で働かせて少しでも罰を与えたという事にする。エラはそれを擁護の材料にしようと考えていた。

「それならバッチリ! ケイの料理は町の皆にも評判なのよ!」

「その、料理ならお任せください!」

 嬉しそうにケイの料理の腕を褒めるメアリー。ケイも必死にアピールしてくる。

「却下」

 しかしジェイは、それを一言で切って捨てた。

「なんでっ!?」

 悲鳴のような抗議の声を上げるメアリーに、エラはため息をつく。

「……メアリー、私達が日々口にする物を作る料理人って信用が第一なのよ? 雇い主の娘を連れて逃げる人を、私は推挙できないわ」

「うぅ……それは……」

 毒殺なども警戒しなければならない立場上、料理人にも相応の信用が求められるのだ。

 エラに説明されて理解したようで、メアリーはガックリと項垂れた。ケイもそう返されるのは予想外だったようで、ショックを受けている。

 これは同じ華族でも、命を狙われかねない立場にあったかどうかの違いが大きいのだろう。

 今まで守られる立場にあったメアリーは、その辺りがまだ理解できていなかったようだ。


「あと、途中で逃げたら、あなた達は死んだって報告するからね」

「ちょっ、ヒドくない!?」

「ヒドくないわ」

「お姉様、冷たい!!」

「火口さんがあなたを庇って死に、あなたは後を追ったという事にするのよ! それくらいしないと、火口家が責任を問われるでしょ!!」

 ヒートアップしていく二人。メアリーは立ち上がり、半泣きで声を張り上げ、エラも思わずテーブルをぺしぺししながら声が大きくなっていく。

 初めて見る彼女の姿に、明日香とモニカは目を丸くしていた。


「……華族も、おとなしくなったものですね」

 そんな姉妹ゲンカは、ポーラがお茶を飲みながら呟いた一言でピタリと止まった。

 一体何を言っているのか。皆の戸惑いの視線が彼女に集まる。

「私が学園長をしていた頃は、保護者のほとんどがカムート魔法国との戦いに参加していた世代でした」

 彼女が自らの名を冠した学園を設立したのは、まだ戦の記憶が色褪せない頃だった。

 それだけに戦に参加していた親世代は、まだまだ血の気が多かったらしい。

「舐められたら剣を抜け……剣を抜いたなら必ず仕留めろ……縁談のいざこざから刃傷沙汰に発展する事も珍しくない時代でした……」

 遠い目をして語るポーラ。今回と似たようなケースを、何件も見てきたのかもしれない。

「あの頃に比べたら優しいものですよ。しっかり償いなさい」

「あっ……はい……」

 据わった目でそう言うポーラに、メアリーも毒気を抜かれてしまう。

「エラ、二人は私が預かりましょう。安心なさい、厳しくいきますから」

「あ、はい……お願いします」

 教育者でもあり、縁談絡みのトラブルには慣れているであろうポーラ。その申し出に、エラもこくこくと頷くしかなかった。



 ひとまず『愛の鐘』亭の主人に事情を説明してくると、ポーラは二人を連れて行った。

 その背中を見送ったエラは、力が抜けたようにソファに身を沈める。

「その、お疲れさまです……」

 お茶を淹れ直して差し出すモニカ。なんだかんだで聡明な彼女は、おおよその事情を理解していた。

 そして気付いた。実は自分が、危うい位置にいた事を。

 なにせ王国側の婚約者と、幕府側の婚約者。女の戦いをバチバチやり合うような二人であった場合、そういう姿をジェイに見せる事は無いだろう。

 代わりに板挟みとなっていたのは、三人目の婚約者であるモニカだ。

 エラはやれるか、やれないかでは前者だと思われる。しかし、好き好んでやるタイプではないだろう。

 そして明日香は、そういう事とは縁遠いタイプに見える。裏でやり合うより、表で正々堂々と刀で決着付けそう的な意味で。

 二人のおかげで、今のような気楽な立場でいられる。そう気付いたモニカは、その幸せを噛みしめるのだった。

 今回のタイトルは、怒ったエラがテーブルを叩いている音です。弱そう。


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― 新着の感想 ―
[一言] むしろ、駆け落ちなど、その後の関係が断絶することを覚悟して行うことであり、死んだことにされるのはむしろ本望ではなかろうか… それをヒドくない?というのは、やはり諸々理解と覚悟が足りなかった…
[一言] 弱そうwww
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