第117話 あの時歴史が動かなかった
三歳年上のエラと、一歳年下のメアリー。元々年齢的にジェイと釣り合いが取れているのはメアリーの方だ。
エラの言う通り、元々冷泉家としてはメアリーを婚約者として出す方向で話を進めようとしていたらしい。
オードが昴家と冷泉家の縁談と聞いてメアリーが行くと考えたのは、まったく根拠の無い話でもなかったのだ。
しかし、その頃既にメアリーは、コックとして家に仕えていた自由騎士のケイと恋仲になっていた。
だが、その縁談相手は『アーマガルトの守護者』であり、幕府との和平が懸かっているという。
メアリーは、これは断る事ができないと判断。ケイと共に逃げる事を選択したのだ。
「短絡的ですね……」
ポーラがそう呟いてティーカップに口を付ける。メアリーが何か言いたげな涙目で見ているが、ポーラはどこ吹く風だ。
かつて『婚活学園』の学園長であった彼女にとっては、珍しくもない話なのかもしれない。
当然、冷泉家は必死にメアリーを探したが、それでも見付ける事はできなかった。その時二人は既にセルツを出国し、アーロに行っていたのだから当然だ。
結局見つける事ができずに、エラが婚約者として送られたというのが真相であった。
それらの事情を一通り説明し終えたところで、エラはため息をついてジェイを見た。
彼は目を瞑り、黙って話を聞いている。ケイが緊張した面持ちでチラチラと様子を窺っていた。
メアリーはまだ華族学園に入学していない身、すなわち未成年だ。
そのため子供がやった事……と言えなくもない。といっても日本で言うところの高校二、三年ぐらいなのでギリギリの範疇ではあるが。
しかし、家同士の話となるとそれだけでは済まされないのが華族社会である。
故に、ジェイが確認するのはひとつであった。
「……我が家に、正式に縁談が持ち込まれた時点で、相手はエラだったのか?」
するとエラは、硬い表情でコクリと頷く。
「それなら、殊更に俺から言う事は無い」
そしてその言葉に安堵し、大きく息を吐いた。
ここで冷泉家といざこざを起こすのは、両国の和平においてデメリットしかないという政治的判断もある。
しかし、それ以上にジェイとメアリーは今日が初対面。婚約者を取った取られたどころか、「エラの妹と聞いているが、知らない人」というのが彼の本音であった。
実際会ってみた第一印象については、言わぬが花であろう。お互いに。
「えっと、それで大丈夫なんですか?」
商人の娘であるモニカは、いまいち理解が追い着いていないようだ。ポーラに耳打ちして尋ねる。
「正式に縁談を申し込む以前に彼女が駆け落ちしたならば、それは冷泉家内の問題……という事ですね」
「でも、そういうのって、ほら、根回しとか地ならしとかしますよね?」
水面下で話を進めて調整していた。その時にメアリーの話も出ていたのでは?とモニカは言っている。
これに対し、ポーラとジェイは何も答えない。代わりに答えたのはエラだ。
「ええ、だから、昴家は冷泉家に貸しひとつという事になるわね。実際そうなってるんじゃないかしら?」
「ああ、貸しひとつにして話を続けたと……」
商談のようなものと捉える事で、モニカの理解は一気に進んでいた。
冷泉家との縁談は現当主にしてジェイの父親であるカーティスが進めていたので、なんとか穏便に済ませようとしていた事が容易に想像できる。
モニカは思った。もしこれがジェイの祖父レイモンドや、母のハリエットならば、少なくとも冷泉家との縁談は打ち切っていただろうと。
縁談を申し込んだ側が、逃げて反故にする。それだけ失礼な話なのだ。
ジェイも知れば昴家の名誉を守るために動いていただろう。
しかし、メアリーはその辺りがまだ理解できていないようだ。
それを見透かしたエラは、あえて厳しい事を言う。
「メアリー……あなた、下手すれば『アーマガルトの守護者』が内都に殴り込んできていたかもしれないって事分かってるの?」
「討ち入りですか!? 四十七人集めて!!」
「明日香、ステイ」
先程とは別の意味で目を輝かせる明日香を、モニカが止める。
「はぁっ!? 内都で騒ぎを起こしたら、王家が黙ってないわよ!!」
「あの状況だと、王家も昴家の味方をしてるでしょ。そうなる原因が誰にあるか……分からないとは言わないわよね?」
「……っ!!」
メアリーは憮然とした顔でそっぽを向いた。
実際その状況だと、よっぽどの事がない限り王家は昴家の味方をするだろう。非は冷泉家側にあるし、和平の問題も絡んでくるのだから。
王家も味方してくれない。それは内都の華族令嬢であるメアリーにとっては衝撃的な話だったらしい。
しかも、それを指摘してきたのは姉のエラ。未婚のまま学園を卒業した以外は優秀な姉が、間違った事を言うとは思えなかった。
みるみるうちに彼女の顔色が悪くなっていく。
ぷるぷる震えながら涙目になっているメアリー。
ジェイは、一応彼女をフォローする事にする。
「安心しろ。いきなり殴り込んだりしない」
「そ、そうよね!」
「まずは抗議して、こっちが怒ってる事を伝えて、その後は冷泉家と王家の出方待ちだ」
「…………えっ?」
同時にトドメも刺したが。
だが実際のところ、武力行使は最後の手段である。その前にやれる事は多い。
「それをやられたら、お爺様が初手で謝罪していたでしょうね」
そもそも王家がジェイ達の縁談に食い込もうとしたのは、国境を守る昴家と幕府が接近し過ぎてアーマガルトごと寝返る事を恐れたからだ。
最悪、ジェイと龍門将軍が肩を組んで内都まで攻め寄せていた可能性もあった。
おそらく冷泉宰相とカーティスは、気が気ではなかっただろう。
そう考えると、実はメアリーは普通に縁談を断れたのではないだろうか。
なにせ和平が懸かっている上に、明日香姫という対抗馬がいるのだ。嫌々行かせたところで上手く行かないと判断された可能性は高い。
これを言うとトドメを刺したところに、更に追撃する事になってしまうので、ジェイはあえて口には出さなかったが。
かく言うジェイは、当日まで縁談について知らされず家族に抗議した身だ。
しかし、今なら分かる。水面下の調整が終わるまで隠していた家族の判断は正しかった。
実際、聞いていれば家の名誉を守るために動かざるを得なかっただろう。そして面倒な事になっていたはずだ。
そう考えると冷泉家の問題ですと押し付けられる今の状況は、不幸中の幸いと言える。
ジェイはふと窓の外に目をやり、遠い空の下にいる家族に感謝するのだった。
今回のタイトルの元ネタは、NHKの歴史情報番組『その時歴史が動いた』です。
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