第116話 恋の遁走曲
メイド姿のメアリーが逃げ出し、主賓がそれを追う。見送った会場は、何事かとざわめいていた。
その場はエラが、ポーラにフォローされながら上手く収める。
『愛の鐘』亭の主人に確認したところ、メアリーは最近ここで働き始めたばかりで、セルツから来た事は知っていたが華族である事は初耳との事。
その話を聞いて、モニカは首を傾げた。
「えっ? ホントにここで働いてたの? 冷泉家のお嬢様が? なんで?」
当然の疑問だ。
「それは……」
しかしエラはその疑問に答える事は無く、困ったような笑みを浮かべるだけだった。
一方ジェイは、長いツインテールを揺らしながら逃げるメアリーを追跡。会場を出るのが少し遅れたが、徐々に距離を縮めていた。
メアリーは追跡を気にする素振りを見せながらも走り続け、厨房へと飛び込んだ。
包丁でも取る気か。ジェイは更にスピードを上げてその後を追う。
「ケイ、お姉様が来たの! 早く逃げましょう!!」
「メアリー、逃げると言っても一体どこに……」
厨房の中に入ると、メアリーが一人のコックに詰め寄っている場面に遭遇。
メアリーはジェイの一歳下だが、ケイと呼ばれた男は少し年上に見える。赤毛の短髪で精悍な顔付き。メアリーが小柄なので一際長身に見える。
男の方は厨房に入ってきたジェイを気付いたようで、すぐさまメアリーを背に隠す。
その動きが、素人には見えない。ジェイは警戒して身構えた。
するとケイは少し慌てた様子を見せ、次に深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありません! 全ての非は自分にあります! どうか、お嬢様には寛大な処置を……!!」
「…………はい?」
突然の反応に呆気に取られるジェイ。
それを否定的な反応と捉えたのか、ケイは必死にまくし立てる。
「自分はどうなっても構いません! ですから、どうか!」
「落ち着け! 事情が分からん!」
彼の背に庇われているメアリーは、涙目ながら明らかにも敵意が込められた視線でジェイを見ている。
しかし彼には、その理由が分からない。彼女とは初対面だし、そもそも縁談でエラと会うまで冷泉家とは付き合いが無かったのだ。
その時思い出したのは、会場でのエラの驚いた表情。やはり何か事情が有る。そう判断したジェイは、ひとまず二人をエラと会わせる事にする。
家臣を呼んで二人を預け、自身は会場へと戻るのだった。
その後会場に戻ったジェイは、まずパーティーを穏便に終わらせた。
彼が戻る前にエラとポーラと『愛の鐘』亭の主人、それに町長のベネットと神殿長の間で話し合いをしており、事を荒立てないという事で話がついていた。
部屋に戻ると、メアリーとケイの姿があった。
拘束などはしていないが、ジェイの家臣達に見張られ、ケイは体格の良い長身を縮こまらせて肩身が狭そうにしている。
一方メアリーは、反抗的な態度を崩していない。エラがそれを咎めもせず、複雑そうな顔をしている方が気になる。
話を聞くのはジェイ、エラ、明日香、モニカ、ポーラの五人。つまりは身内だ。
オードを始めとする関係者には、後程説明する事になるだろう。どこまで説明できるかは、これから聞く話次第ではあるが。
「とりあえず、そちらの名前から聞こうか……華族なんだろう?」
視線を向けると共にそう言うと、ケイはビクリと肩を震わせた。
鍛えられた身体とメアリーを庇った時の動きから、正規に武芸を学んだ者だと推測したが、図星だったようだ。同時に大した腕ではないとも思っていたが。
「は、はい。ケイ=火口=ヒューズと申します」
「冷泉家の寄騎か?」
「い、いえ、専属のように雇われておりましたが……」
「……彼は、コックとして雇われていたのよ」
「ああ、なるほど……自由騎士か」
エラの補足に、ジェイは納得する。自由騎士とは、無役騎士の中でも積極的に騎士ギルドから任務を受けている者達を指す。
宰相の仕事をサポートする寄騎ではなく、彼の腕を見込んで冷泉家が個人的に雇っていたという事だろう。ほぼ専属となるような長期雇用も、無い話ではない。
しかし、そうなると腑に落ちない点がある。
「コックを任されていたという事は、相応に信用もあっただろう。それがどうして冷泉家のご令嬢を連れて、更に身分も偽ってここに?」
「そ、それは……」
ケイは口ごもり、助けを求めるようにメアリーを見る。しかし彼女はぷく~っと頬をふくらませて何も言おうとしない。
それを見たエラはため息をつき、二人に代わって説明を始める。
「二人はね……駆け落ちしたのよ」
その瞬間、黙って話を聞いていた明日香とモニカが目を輝かせた。
駆け落ちというのは、華族社会において推奨はされないが無くはない。年頃の少女達にとっては一種の憧れでもある恋話であった。
大華族のお嬢様と、その家に仕える家臣。駆け落ちとしてはありがちと言えるかもしれない。ジェイも納得できる。
しかし、ある事にも気付いた。メアリーはジェイより一歳下。つまり、華族学園入学前だ。そんな彼女が駆け落ちしたのは、何か切っ掛けがあったのではないかと。
ジェイには、その心当たりがひとつだけあった。
「…………もしかして、縁談か? ウチとの」
その一言にケイは身を震わせ、メアリーはそっぽを向いた。
これでは埒が明かないと、代わって険しい表情のエラが、震える唇で言葉を紡ぐ。
「……そうよ。メアリーは、あなたとの縁談が持ち上がって、それが嫌で逃げ出したの……元々婚約者候補は、メアリーの方だったのよ」
その言葉に明日香とモニカは、先程とは打って変わって戸惑いの表情となり、部屋はしんと静まり返るのだった。
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