第113話 おいでませゴーシュへ
日に日に日差しが強くなっていく。本格的な夏の到来だ。
突き抜けるような青い空には大きな入道雲がそびえ立っている。
前世の記憶があるジェイは、日本の夏はもう少し蒸し蒸ししていたかなと感じていた。
南天騎士団も必死なのかあれから大きな事件が起きる事もなく、ジェイ達は平穏無事に終業式を迎えていた。
通知表に一喜一憂していた者達も、今はもうこれから始まる夏休みに想像の翼を羽ばたかせている。
帰郷する者に、島に残る者。予定は様々だが、皆それぞれに充実した夏を過ごそうと張り切っていた。
「イイなー! 皆遊びに行けてー! ドチクショー!!」
ただし、補習がある者を除いて。
そしてジェイ達は、もちろん長期実習だ。
準備は既に終わっているので、後はアーロに向かうだけである。
翌朝、ジェイ達一行はポーラ島の港にいた。快晴で今日も暑くなりそうだが、絶好の船出日和だ。
アーロに行くには定期船もあるが、それでは北側の港までしか行けないため、シルバーバーグ商会の船で直接西側のゴーシュまで行く事になっている。
普段は交易で使われている、商会自慢の魔動エンジンを搭載した船――魔動船だ。
アーマガルトは南方を海に面しており、船はそこの港から来ている。援軍として呼んだ者達も乗り込んでいた。
また商談も兼ねているそうで、エドも一緒に行く事になっている。
なお、宿舎の方には留守居役を残して行く事になっており、そちらの援軍はこの港で降りる事になっている。
彼等と入れ替わりでジェイ達が乗り込むと、船はアーロに向けて出港した。
海を隔てた島と言ってもそこまで離れてはいない。魔動船なら昼までに着くだろう。
「思ってたより近いんですね」
「おかげで本土と島の間の海峡は流れが速くてね」
明日香のつぶやきに答えたのは船長。
アーロ島の西側には行った事が無いが、海峡を越えた先にあるマクドクには何度も行った事があるそうだ。
ちなみに島の北端から真っ直ぐ北上すると、丁度セルツとマクドクの国境辺りに差し掛かる。つまり本土側は、海峡を越えるとマクドクである。
「難所なんですか?」
「いや、あの辺で獲れる魚は身が引き締まってて美味いんだよ!」
海鮮が美味いのは多分西側も変わらないと、船長は豪快に笑っていた。
ただし、揺れは大きくなるので船酔いに注意との事だ。
「大丈夫か? エラ」
「皆、よく平気ね……」
結局、船酔いになったのはエラだけだった。ジェイとモニカは慣れており、明日香は初めてだが船に強かったようだ。
ちなみにポーラはまったく表情を変えず、そもそも揺れを感じていないように見えた。
エラにとって不幸中の幸いなのは、船に乗る時間がそれほど長くなかった事だろう。
そのまま何事もなく船はゴーシュの港に到着。エラも少々顔が青ざめているが、自分の足で歩ける程度の状態で船を降りる事ができた。
港は住民総出で大歓迎……とまではいかないが、町長をはじめとする有力者達が出迎えに来ていた。
先頭に立って港に降り立ったジェイは、一歩前に出て、両手を広げて歓迎の意を示す男性に近付き握手を交わす。
「どうもどうも、町長のナッシュ=ベネットです」
「ポーラ華族学園一年白兎組、ジェイナス=昴=アーマガルトです」
黒々とした口髭を整えた、体格の良い中年男性だ。
ベネットは集まった他の有力者達を、ジェイは婚約者達をそれぞれ紹介していく。
明日香は目的地に到着してはしゃぎ回りたいところだが、挨拶中と言う事で我慢しているようだ。
モニカは緊張気味だが、なんとか取り繕って姿勢を正している。
そしてエラはというと、先程までの不調っぷりはどこへやら、優美な微笑みを浮かべて対応していた。
なお、ポーラについてはハッキリと『賢母院』ポーラ本人ですと紹介した。この件は既にアーロ側にも伝えているので問題は無い。
ゴーシュ側の有力者達は、自警団の団長、町の有力な商人達、そしてゴーシュ小神殿の神殿長が集まっていた。
ゴーシュ小神殿というのは、アーロを統治するアーロ大神殿を囲むように点在する七つの神殿の内の一つだ。
セルツでいえば大神殿の神殿長が王、小神殿の神殿長が地方領主といったところか。
アーロにおける華族というのは、この神殿長達の事を指していた。
ベネットが商人達を紹介してきたので、ジェイもエドを紹介すると彼等の目が光った。あちらも商談したくてうずうずしているようだ。
それを見たベネットは苦笑し、この場は話を切り上げて移動しようと提案してきた。
移動先はベネットの代官屋敷。そこで代官業務実習を始める手続きをするとの事。
一緒に来るのは小神殿の神殿長。今回は実習なので正規の任命の儀は行われないが、手続きを見届けに来るそうだ。
エドを含む商人達はこの場に残る。あとは自由に商談すればいいという事だろう。
代官屋敷に向かう途中の道すがら、ベネットは笑いながら話し掛けてくる。
「彼等は、セルツから商人が来るのを楽しみにしてたんですよ」
「そういえば、交易船はこちらまで回って来ないという話でしたね」
「よくご存知で」
そんなやり取りをしつつ、ジェイは周囲を観察しながら歩いて行く。
セルツの華族学園から実習生が来る事は既に伝わっているのだろう。町の人達が好奇の視線を送ってくるのを感じる。
それ自体は気にならない。好奇の視線といっても、悪いものは感じられない。
とりあえず歓迎されてないという事は無さそうだ。そんな風に感じながら、ジェイはベネットの後を付いて行くのだった。
という訳で、いよいよ夏休みの長期実習スタートとなります。