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第10話 いのち短し読書せよ乙女

 翌日ジェイと明日香は、登校するとまず風騎委員長トレイスを訪ねた。

「主導権を取ったか! でかした! ならば、風騎委員からも援軍を……!」

「まだ捜査の段階ですから、今来てもやる事無いと思いますよ?」

 捜査委任状を見て興奮する委員長を、ジェイはやんわりたしなめた。ジェイ自身は立場的に慣れているが、他の風騎委員が新入生の下について平気かは別問題である。

「ムッ……すまん。私とした事が焦っていたようだ」

 彼もそれに気付いたようで、援軍の件は引っ込めた。

 そして二人は、上手く功績を上げてこいという声援かどうか微妙なものを背に受けながら、風騎委員室を後にする。

 その後桐本先生にも会おうとしたが、生徒が質問しに行く程度ならともかく、仕事の話となるとまとまった時間がいきなり取れるものでもないらしい。

 そこでジェイ達は、その場は昼休みに会う約束だけを取り付けて教室に向かう。

「そういえば、昨日南天騎士団長と会ったんだ」

「ああ、吾輩の叔父上だな」

「君は騎士団長の甥だったのか!?」

 教室でそんな会話をかわしつつ、昼まで過ごす。

 オードの叔父の件は、クラスの皆が驚きを隠せなかった。中でも特に驚いていたのは、ジェイとオードの友人の『純血派』魔法使いのラフィアスだったりする。

 彼等の中で、オードがどういうポジションなのかが窺い知れる話であった。


 そして昼休み、ジェイと三人の許婚が勢揃いで桐本先生に会いに行く。

 明日香は、風騎委員として。モニカは、会う場所が普段は生徒が入れぬ資料室であると興味を持って。そしてエラは、桐本をよく知っているという事で同行している。

 実はジェイ達はまだ歴史の授業を受けた事が無く、桐本先生に会った事が無かった。

 その資料室は、ポーラ華族学園の図書館の中にある。

 図書「館」という名前の通り、ジェイ達の教室がある校舎とは別の建物丸々一つが図書館となっている。資料室は、その中の一角だ。

 まだ移転して十年も経っていない新校舎と違い、図書館は建物自体に歴史的、芸術的価値がある。生徒達の憩いの場としても人気の高い場所だ。

 昼休みなので、図書委員とまばらながらも生徒の姿があった。図書委員に桐本先生と約束している事を伝え、四人は資料室に向かう。

 ジェイが資料室のドアに手を掛けようとしたその時、中から何か重い物が崩れ落ちるような音がした。

 瞬間、ジェイの意識が学生から騎士へと切り替わった。

 声を上げそうになったエラの口を押えて止め、扉から離す。

「あ、あの……」

「大丈夫、ここで待ってて」

 そして自らは腰に佩いた剣を抜き、目配せでモニカに扉を開けてもらい、先頭に立って資料室に突入。明日香も刀を抜いて後に続き、モニカはエラの後ろに隠れる。

 中は蔵書であろう本が散乱していた。床はそうでもないが、左右に二つ並んだ机の方は乱雑に本が積み上げられている。その先は本棚が林立しており、部屋の奥は見えない。

 会う約束をしていた桐本先生の姿は無い。狙ったのは件の短剣か、ここの蔵書か。それとも桐本先生本人か……。

 慎重に進んでいると、部屋の奥から微かな声がジェイの耳に届く。「助けて~」と聞こえた。そう認識した瞬間、ジェイは弾かれたように駆け出す。

 この状況を生み出した「敵」がいる可能性もある。不意打ちを警戒しながら声の主を探す。すると資料室の一番奥の壁際で、空になった本棚を発見した。

 その前には、その棚に納められていたであろう本が山を作っていた。

 辺りを警戒するが、敵の気配は無い。本の山に近付くと、今度はハッキリと聞こえて来た。「お~い、そこに誰かいるのか~」本の山の中から助けを求める声が。

「……敵は、いないみたいだな。皆、手伝ってくれ!」

 先程の音の原因はこれか。状況を理解したジェイは、外にいるエラ達を呼ぶ。

 するとエラより先に二人の図書委員が入ってきて、手慣れた様子で本を片付け始めた。

「あらあら、またやったんですね。ソフィちゃん」

 続けて入ってきたエラが、ひょこっとこちらを覗き込みながら呟いた。

「……また?」

「ええ。よくやるんですよ、これ」

 そう言って苦笑しつつ、エラも本の片付けを手伝い始めた。ジェイ達もそれに倣う。

 その隣でモニカも「わっ、すごっ」「これ持ってない」と漏らしつつ手伝っている。

「知ってたなら教えてくれても……いや、俺が止めたんだったな」

「ふふっ、凛々しいお顔が見れました♪」

 嬉しそうに微笑むエラ。ジェイは少し頬を紅潮させて言い返そうとしたが、結局何も言葉が出ずに本をどかす手を早めた。

 すると本の下から色白の手が姿を現した。まるで地面からアンデッドの腕が飛び出たような光景に、モニカは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてジェイに抱き着いた。

 ジェイはそのまま手の先があるであろう部分の本を脇に退けていく。そして淡い紫色の髪が見えると、白い手を取り本の山から引きずり出した。

 中から姿を現したのは、寝ぐせ混じりの長い髪がぐしゃぐしゃになった女性だった。

 年の頃は二十代半ば、地味な色合いのローブは、埃まみれになっている。

 野暮ったい眼鏡を掛けた彼女は「あ~、助かったぁ~」と言って、そのまま倒れ込んできた。ジェイは慌てて彼女を抱き止める。

「エラ、もしかしてこの人が……?」

「はい。その人がソフィア=桐本=キノザークですよ」

 そう、だらしない出で立ちで本に埋もれていた彼女こそが、鑑定にかけては島一番だといわれているポーラ華族学園の歴史教師であった。


 図書委員達は、手早く落ちていた本を片付け終えた。こちらが風騎委員の仕事で来ている事は先程告げているので、彼等はすぐに資料室を出て行き扉を閉める。

 これで落ち着いて話ができる。ジェイ達は少しスペースが確保された机の方に移動し、ソフィアが気だるげに椅子に腰掛ける。

 するとエラが、当たり前の事のように彼女の寝ぐせ混じりの髪をすき始めた。彼女はあまり身嗜みを気にしないタイプらしく、こうしてお世話をする事がよくあったそうだ。

 その様子は姉妹のように見えなくもないが、年齢的にはお世話をされているソフィアの方が「だらしない姉」、略して「だらし(ねえ)」である。

「よ、よく知ってるって話だったけど、思ってたより仲良いんだね~」

 ジェイと明日香も感じていた事だが、口に出して尋ねたのはモニカだった。

「ここって雰囲気の良い庭園もあるから、よく通ってたのよ。そこでお友達とお茶会する時とかに彼女も誘って」

 いつも一人でいたから……とは、口に出しては言わなかった。

「ところでエラちゃん、今日はどうしてここに? お茶会の約束は無かったはずだけど」

 するとエラは髪をすいていた手を止め、ジェイの隣に立ち「私の許婚で~す♪」と満面の笑顔で腕を組んだ。

「ああ、その子が前に話してくれた……」

 かくいうソフィアは二十四歳。家を継ぐ立場ではないため、今もこの通り趣味を仕事にして邁進し続けており未婚である。

 そんな我が道を行く彼女を、唯一友達扱いしていたのがエラだったそうだ。

 ちなみにエラの開くお茶会は、彼女のそんなノリについて行ける「少数精鋭」だったとか。どんな人達か気になるが、知るのも怖い気がする。


 それはともかく、ジェイは捜査委任状と鑑定依頼書を見せて、自分が二本目の短剣の鑑定のために来た事を彼女に告げ、彼女に短剣を差し出した。

「新入生が捜査を委任されるとは……やるねぇ、許婚君」

 眼鏡の位置を直し、鑑定依頼書を確認しつつ、彼女はそう呟く。

「先日鑑定を依頼した一本目の方はどうなりましたか?」

「ああ、あれ? 魔道具の類じゃあなかったわ」

 魔素をエネルギーに動く電化製品のようなものが「魔動機」とすれば、「魔道具」はいわゆる魔法の杖や魔法の護符のようなマジックアイテムだ。

 魔法使いが減った今では、作れる人も少なくなっている希少品である。

「……うん、これも魔道具じゃないわ」

 机の引き出しから取り出した大きな虫眼鏡のようなもので短剣を調べつつ、ソフィアは言う。その虫眼鏡も、魔素を見る事ができる魔道具の一種だ。

「では、二本の短剣に特別な効果は無いと?」

「短剣自体に、魔法とか呪いの効果が無いって意味なら、そうなるね」

「とすると、このデザイン自体に意味が有る……?」

 何かしらのグループに属するメンバーの証として、特徴的なデザインの小物を使うというのはよくある話である。

「そっちの方が可能性高いね。これ、作られたのは最近っぽいんだけど、デザイン自体はめっちゃ古いし」

「古いって……えっ? これが流行った時代があるんですか?」

 このデザインが受け入れられていた時代があった。その方が驚きであった。

「魔法国時代だからねぇ、そりゃ今とは色々違うよ」

「魔法国……ドラマに出てくる敵国ですねっ!」

 明日香が嬉しそうに声を上げた。そう、「魔法国」というのは、ドラマ『セルツ建国物語』に登場する暴虐の魔王が支配する国の事だ。

 セルツ連合王国以前にこの地を支配していた国、その名も「カムート魔法国」である。

「あんたもあのドラマ見てる口? これって、あの時代の短剣に似てるんだよねぇ」

「これがあの時代の! すごいですねっ!」

 明日香が嬉しそうに覗き込む。

 一方ジェイは、その話を聞いてまた新たな疑問が浮かんでいた。

「そんな物を今になって作る……何のための短剣かは分かりますか?」

「それを調べるのに資料を探してたら、ああなったのよ」

「ああ……」

 実のところ、この図書館に魔法国時代のしっかりした資料は少ないらしい。

 そのため建国当時の古い資料を手当たり次第に当たって、手掛かりを探しているところだったそうだ。鑑定が長引いていたのも、それが理由らしい。

「もしかしたら、『純血派』とか古い魔法使いの家とかに聞いたら何か分かるかもね」

「そうなんですか?」

「あいつら、魔法国時代の魔道具とか持ってたりするし、魔法に関しては詳しいわよ」

 当時のしっかりした資料も、持っているとすれば彼等だそうだ。

 なおジェイの場合は、独学で修行して魔法が使えるようになっただけなので、専門的な知識は持っていない。

 ソフィアは伝手が無いそうだが、ジェイは心当たりがあった。友人のラフィアスだ。

「それでは、魔法使いの方はこちらで当たってみます。短剣を一本持って行っても?」

「構わないわ。それなら一本目の方を持っていきなさい。二本目は、念のために詳しく調べてみるから」

「分かりました。それではよろしくお願いします」

 二本目と取り換える形で一本目の短剣を受け取ったジェイは、早速ラフィアスの下に向かうのだった。

 今回のタイトルの元ネタは、歌謡曲『ゴンドラの唄』の一節です。

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり厨二病の時代だったのか・・・>古代王国
[気になる点] 騎士団の間でも情報共有が為されてないのか、 それとも情報操作なのか。 [一言] ジェイ君、ついに大義名分を得て動くの巻。
2021/01/20 22:09 退会済み
管理
[良い点] 更新乙い [一言] 小熊君が仲間に加わった!!(テレッテテレテー
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