第108話 ポーラ先生のヒミツの相談室
「子供の作り方が分からぬのですか? 私が教えても構いませんが」
直後、ジェイが茶を噴き出したのは言うまでもない。
「し、知ってますよ! それぐらい!!」
顔を上げると目に飛び込んでくる比類なき双丘。ジェイは思わず教えてもらいそうになる衝動に負けじと反論したが、直後何を言ったのかに気付いてテーブルに突っ伏した。
「ならば、何故子供を作らぬのです?」
ポーラは、そんな反応を意に介さず話を続ける。彼女は彼女で真剣である。
「そもそも俺はまだ、正式な跡継ぎでは……」
「卒業できるかどうかを気にするような成績ではないでしょう?」
ジェイは言い返せなかった。
在学中に子供ができる事は、忌避されるものでもない。しかし、推奨もされない。
それ故に避ける者が多いのは事実である。育児で忙しくなった結果、成績が落ちたという例も無い訳ではない。
「……それだけではないのでしょう?」
「あまり大っぴらにはできない話ですけど……」
「安心しなさい。ここでの話が外に漏れる事はありません」
この青い部屋は、ポーラ以外だと魔王と勇者の魂を受け継ぐジェイしか入れない。
そのため二人がここにいる以上、会話が外に漏れる事は無い。
それならば、相談するのも悪くないだろう。ジェイはそう判断して口を開く。
「では……子供ができたぐらいで和平反対派がおとなしくなると思ってますか?」
「フム……」
「なる訳ないでしょう。子供を作らないなんて明日香を蔑ろにしているのか。まだ正式な跡取りでもなのに子供を作るなんて無責任だ。どうとでも言えますよ」
ジェイは、子供ができたところで和平反対派は変わらないと考えていた。
「最初に子供ができるのが誰かによっても文句を言う奴は現れますよ」
「『子供ができれば和平が強固になる』という主張自体は否定しません。ですが、それは同時に反対派を追い詰める事になるのでは?」
「……否定できませんね」
「ここまで言えば分かるでしょう?」
その問い掛けに、ポーラは答えなかった。だが、理解はしていた。何故ジェイが「大っぴらにできない」と言ったのかも。
追い詰められた和平反対派は、起死回生を目論むだろう。その時に狙われるのは誰かといえば、おそらくは明日香達だ。生まれていれば子供も狙われるかもしれない。
その時、ポーラ島は隠密部隊の侵入を防げるだろうかと問われると、現時点では難しいと言わざるを得ない。
要するに、現時点での騎士団の守りは信用できないのだ、ジェイは。確かにこれは大っぴらにはできない。
「なるほど……」
そう呟いたポーラは、魔草茶を一口飲んだ。
今回彼女は、息子夫婦の危機だと感じて首を突っ込んだ。
そして聞き出した理由は、妻子の安全が心配だという極めて真っ当なもの。
ジェイはこれまで何度も隠密部隊と戦ってきたのだ。その力に関してはポーラよりも詳しいのだろう。おそらく南天騎士団についても。
そのため、この判断についてはポーラは何も言えなかった。
「ならばひとつだけ確認です。子供を作る事自体が嫌という訳ではないのですね?」
「それは……はい」
ずいっと身を乗り出しての問い掛けに、ジェイは眼前に迫ったそれから視線を逸らしつつ答えた。
それは誤魔化しなどではない。彼も本音を言えば望むところなのだ。
しかし、隠密部隊の潜入を防げていたら、そもそも和平反対派がいなければ、こうなっていただろうか。
尻ぬぐいとして子供を作れと言われているのではという疑念が拭えなかった。
そう考えるあたり、ジェイは三人との縁談を政略結婚と割り切れていないのだろう。
対するポーラは、彼の内心を見抜いていた。元教師だけあって、こういうタイプは何度も見てきたのだ。
同時にもうひとつの事にも気付いていた。しかし、これについてはあえて口にしない。
政略結婚と割り切っていないという事は、逆に言えば婚約者達と真剣に向き合う意志があるという事。
にもかかわらず、頼りにならぬ者達の尻ぬぐいのために子供を作れなどと言われているのだ。ジェイが頑なになるのも無理は無い。
その性格は魔王似か、勇者似か。そんな事を考えたポーラだったが、すぐに負けず嫌いは両方だったと思い直した。
なお、ジェイも結構な負けず嫌いである。龍門将軍に戦いを挑むぐらいには。
「うぅ~、ジェイ大丈夫でしょうか?」
一方明日香達は、居間でやきもきしていた。
ポーラがどういう話をしているかは知っているので心配は尽きない。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ~」
落ち着いているように振る舞っているエラだが、どことなく不安そうだ。
そんな二人の間で借りて来た猫のようにおとなしくしているのはモニカ。
ただ、二人のように気を逸らせてはいない。彼女は二人と違って国を背負っていない。
一応、シルバーバーグ商会を狙う縁談攻勢から逃れつつ、貿易により和平のメリットを上乗せするという名目があるが、和平に必須という訳でもないのだ。
なによりモニカとしては、ジェイの婚約者になれた時点で本懐を遂げたと言っても過言ではなかった。
やっぱり華族って大変なんだな。モニカは結婚すれば自分も華族になる事を棚上げにしながら、そんな事を考えた。
かくいう彼女も、幼馴染だけあってジェイの内心を見抜いていた。どうして彼が、ああも頑なになっているかも。
「……ちょっと話してみよっか」
モニカは頬が紅潮しているのを自覚しつつ、手にした魔草茶を一気に飲み干すのだった。