第107話 逃げてー! ラフィアス超逃げて―!
期末試験の結果が発表されて、一喜一憂する生徒達。
後は大きな行事も無く、終業式と夏休みを迎えるだけなのだが、ここから生徒達、特に一年生がにわかに騒がしくなってくる。
「この時期の一年は、毎年こんな感じらしいですからねー」
白兎組に、その情報を持ち込んだのはロマティ。自身は兄の進路が決まるまで婚活しないという事で、記者として飛び回っているらしい。
「他のクラスでは、変動が起きてるらしいですよー」
「……変動?」
「ハイ! 人気集める人に変化が!」
期末試験で新たに有望株として浮上した者達に、人が集まるという事だ。終業式までと期間が限られるだけに、気合の入り方が違う。
それが夏休み中の、ひいては今後の婚活に影響してくるのだから皆必死である。
「その点、このクラスはおとなしいものですよー」
「まぁ、予想通りだもんねぇ」
そう言ってビアンカが視線を向けたのは、教室の入り口。他クラスの女子が数人、中を覗き込んでいる。
「あ、また来てる」
大体ラフィアス狙いの者達だが、以前より人数が増えていた。
他では人気を集める者自体が変わっているクラスもあるそうだが、このクラスの変化はこれぐらいである。
「……行け、色部」
「オッケイ! おっじょうさぁ~~~ん!」
ラフィアスに小声で命じられて、軽やかな足取りで入り口に向かう色部。
すると女子達は、きゃーきゃー言いながら、蜘蛛の子を散らすように帰ってしまった。
「どうして、こんなに寄ってくるんだ!?」
全員いなくなったところで声を荒らげるラフィアス。すまし顔ではあったがなにげに堪えていたようだ。
元々人目を惹く端麗な容姿。領主華族家の後継者であり、彼の故郷アーライドは国境に面しておらず比較的安全だ。
そして今や希少な魔法使い。尚武会では魔法の力を見せつつも結果は奮わなかったが、期末試験で見事に学年首位となって挽回している。
「僕が有望なのは分かる! しかし、僕にはもう三人の婚約者がいるんだぞ!」
「ケッ、自慢してんじゃねえよ」
吐き捨てるように言うのは、女子に逃げられた色部。夏休みは補習漬けになる事が決定済みである。
そのまま色部を追撃すると思いきや、ラフィアスはくるりとジェイの方を向く。
「有望なのは君もだろう! 君だけ楽をするな!」
「そうは言ってもな……」
ジェイは同じく有望株である事は確かなのだが、彼狙いの者はあまりいない。こちらも三人の婚約者だが、和平問題が絡んでいるからだろう。
「どうして、僕にばかり!」
「はっはっはっ、先日の言葉が原因ではないかな?」
オードが笑いながら指摘した。先日というのは、期末の成績が発表された日の事だ。
ラフィアスはこう言った。婚約者に会いに行く事は「面倒だが仕方がない」と。更には子供を求められ、それに応える素振りも見せた。
ラフィアスを狙う者達は、それを見てこう判断したのだ。
押し切って婚約者になる事さえできれば、態度はどうあれ義務は果たしてくれると。
実際、今彼を追い回しているのは、押しが強く、勢いの有る者達ばかりだった。
そんなラフィアスの存在は『純血派』にとって希望の星のようで、彼の里帰りにこぞって護衛用の人員を提供していた。入学式の時のような学生行列再びである。
実のところ、長期休暇の里帰りで学生行列をする者は少ない。理由は単純で金が掛かるからだ。ラフィアスは特殊な例だが、これもコネあっての事。
それも彼の評価を上げる一因になっているのは、ここだけの話である。
「はっはっはっ、帰ったら年上の婚約者に慰めてもらいたまえ!」
そして自前だけで学生行列の人員を用意し、帰ったらバカンスに行くという山吹家の経済力は言わずもがなである。
これでもう少し成績が……と思っている人は意外と多いかもしれない。
ちなみに当の本人はエラの妹に惚れ込んでいるためか、婚活には興味が無い様子だ。
エラはこの件については曖昧に笑って濁すばかりで、縁談が進んでいるという話も聞かなかったりするが……。
一方ジェイは、婚活に関しては割と安全地帯にいる。しかし、彼は彼で悩みがあった。言うまでもなく和平問題に絡む「早く子供を」の件である。
この件は明日香達の方は乗り気だったが、ジェイの方がそうでもない。
そもそも家同士の縁談であり、本来ならばポーラ華族学園を卒業しなければ家を継げない。卒業してからというのは筋が通っている。
そのため三人も強く出れないというのが現状だ。
それを見かねて動いたのは学園の創設者、母と名乗る魔神ポーラだった。
その夜、ポーラに呼び出されたジェイは、彼女の『青い部屋』に入る。
「来ましたね。ここに座りなさい」
中央にはテーブルを挟んで二つのソファが置かれており、奥側にポーラが座っている。
テーブルの上に用意されていたティーセットの白さが、淡い青に彩られた部屋の中で一際目を引く。なお、家で普段から使っている物であって、この部屋にあった物ではない。
ジェイは促されるままソファに座る。子供の頃の、親に怒られる直前のような雰囲気を感じながら。
そう感じるのは、何故呼び出されたかが分かっているからだろう。
とはいえ彼にも言い分はある。話を聞いたらしっかり言い返そうとか考えつつ、彼女が魔草茶を淹れてくれるのを待つ。
しばし流れる静寂の時間。ジェイが差し出された茶に口を付けたところで、ポーラは真剣な面持ちで話を切り出した。
「子供の作り方が分からぬのですか? 私が教えても構いませんが」
直後、ジェイが茶を噴き出したのは言うまでもない。




