第105話 一閃!若さま剣法
それからも実技試験は滞りなく進んで行く。
眺めていた試験の監督官は、白兎組は良い成績が出るのではと感じていた。
「まぁ、あれを見たらなぁ……」
試験再開後の明日香の対応は、彼から見ても満点に近いものであった。
彼女が見せた防御法は、これから試験を受ける者達にとって参考にできるものだっただろう。
「いや~、結構参考になったよ~」
「あたしも、槍はあんまり使わないので参考になりました!」
試験を終えて、きゃいきゃいとはしゃいでいる明日香とビアンカ。
彼女はしっかりした技術を持っており、明日香の試験で得た情報を十分に活かす事ができていた。
王国騎士と幕府武士。どちらも元をたどればかつて召喚された日本の武士だけあって、多少の違いはあれど、共通する部分は多いのだろう。
「はい、甘い!」
「ぬおぉっ!?」
現にオードは、翻弄されて苦戦中だ。
彼は長身で体格も良い。フィジカルならばクラス、いや学年でも上位に入るだろう。
しかし、それ故に力頼りの剣から脱却しきれていない面があった。もっとハッキリ言ってしまえば技術が足りないのだ。
他の生徒の試験を見て、それを参考にして良いのはこのためだ。結局のところは戦いの中で実際に対応できるか否か。参考にしただけでできるならば苦労は無いのである。
試験官もオードに技術が足りないと判断するや、ここぞとばかりに攻め立てる。
こういう試験は、今の自分を確認する意味もある。そう考えると、試験官はしっかりその役割を果たしているといえるだろう。
このように参考にしようにも技術が追い付かない場合もあるため、明日香の試験を参考にする事は良い影響ばかりとはいえない。
しかし、それでもクラス平均でいえば成績が底上げされているはずだ。
ジェイは他のグループの試験も見ていたが、明日香の試験で得た情報を一番活かしていたのはおそらくラフィアスだろう。
やる気はそこまででもない彼は、楽に試験をこなそうと、ここぞとばかりに情報を活用したのだ。彼にはそれができるだけの技術があった。
尚武会で二敗し、魔法ありきと思われていた面もあったが、それを覆す結果である。
同じく中位グループのエイダは自分の番が来るまで、情報をしっかり分析していたようで、試験も上手く立ち回っていた。
結果は可もなく不可もなく、その動きはやや防御寄りといったところか。彼女は自衛できれば良い立場なので、それに合わせて鍛えているのだろう。
その一方でロマティは振るわなかった。
新聞発行を任されている百里家に生まれた彼女。記者でもあるため、彼女の戦いは情報を持ち帰る事を第一とする。つまり、逃げが大きなウェイトを占めている。
そのため防御はそれなりに高い点数をもらえたが、それ以外が全然ダメだったようだ。
そして下位グループだが、色部は見事に情報に振り回されていた。
格好を付けて明日香の動きを真似ようとして失敗。かえって不利になるという悪循環を繰り返していたのだ。
ジェイから見れば、それでも諦めず食らいつき続ける根性は実戦向きだ。
しかし、それが試験官に評価されるかどうかは、また別問題。現時点で技術が足りないという点については、ジェイも否定できなかった。
シャーロットも元々武芸が不得手という事もあって、明日香のようはいかない。
しかしこちらは自分には無理だと、早々に参考にする相手をエイダに切り替えていたようだ。おかげでギリギリ赤点は免れていると思われる。
防御を中心にと言われた明日香。それに合わせて防御寄りで立ち回ったエイダ。彼女達を参考にしたおかげであろう。
同じグループのモニカも、情報を活かしていたとは言い難い。
しかし、意外にも試験の結果は良い方だ。担当していた試験官は、彼女はとにかく判断が早いと評価していた。
動きはつたないが、とにかく咄嗟の対応が上手いのだ。幼い頃からジェイを見続けてきたのは伊達ではないという事だろう。
モニカが試験を受けたのは終盤だったが、もっと早ければ彼女を参考にする者が現れたかもしれない。
というのも彼女の避け方は、とにかく劇的に見える。見えてしまう。
要するにモニカでは余裕をもって避ける事ができないためなのだが、それがかえってギリギリ感を生み出しているのだ。
色部のような格好良く戦いたいタイプが、率先して真似しようとして赤点になっていたかもしれない。
そう考えると彼女の試験が終盤だったのは、白兎組としては運が良かったといえる。
そして実技試験、白兎組のトリを飾るのはジェイだ。
先に試験を受ける者を参考にできるというシステム上、『アーマガルトの守護者』として隔絶した実績のある彼は、後に回さざるを得なかったとも言う。
オードがかなり粘った事もあり、ジェイが受ける時には既に他グループの試験は終わっていた。そのため他の試験官も、この試験に注目している。
「先に聞いておくが……武器破壊はできるのか?」
「できますけど、やりますか?」
「やらんでいい!」
という訳で、ジェイも防御を中心にと注文を受けて試験が始まった。
試験官は、まずはペースを掴もうと攻撃を繰り出す。
しかし、ジェイの身体が一瞬揺れたかと思うと、試験官の剣は空を斬っていた。
「なっ……!?」
驚愕の声を漏らす試験官。避けられた事自体は問題ではない。ジェイがどう避けたかが分からなかった。
更に連続で攻撃、課題となる攻撃も交えて繰り出すが、ジェイはゆらりゆらりと捉えどころのない動きで避け続けた。
周りで見ている面々も呆然としている。
「まったく、やりにくい剣だな」
「それが目的の剣ですから」
ジェイの剣は、子供の身で大人の武士に対抗するための剣。元々正面からぶつかる類のものではないのだ。
言うなれば、相手の力をいなす柳の剣。この剣を学んだ者達がアーマガルト忍軍であると考えると、騎士でも武士でもない「忍者の剣」と呼ぶべきだろうか。
試験官もベテラン騎士だけあって、翻弄されつつも課題を出していく。
それに対し、受ける、避ける、反撃する。どう対処するかが問われる訳だが、ジェイはその全てをかすらせる事もなく避けてみせた。
「これが最後の課題だ、行くぞォッ!!」
ならばと試験官は、最後の渾身の一撃を繰り出す。
「はい、これで終わり!」
しかしジェイはそれを避ける動きで背後に回り込み、剣の柄頭で後頭部に一撃。それで試験官は昏倒した。
忍者の剣というのは、騎士の剣を教える教師達にしてみれば実に評価しにくい剣であるが、それでも文句のつけようがないスマートな勝利である。
別の試験官が、ジェイの勝利と試験終了を宣言。
それと同時に明日香とモニカが駆け寄り、勢いよく飛びつく明日香を、ジェイはがっしりと受け止めるのだった。
前回のタイトルとセットになっています。
若さまの方がスピード系かも。