第103話 一難去ってまた一難
そして迎えた期末試験。学科試験については、ジェイ達には特に問題は無かった。
意外だったのは明日香の王国史の成績が、学年でもトップクラスだった事だろうか。
幕府の姫に、王国の歴史のテストで負ける。これに衝撃を受けた者は多かったようだ。
「ドラマで興味を持って、モニカちゃんに色々読ませてもらいました!」
明日香的には、ドラマ『セルツ建国物語』のおかげだったようだが。
なお、コレクションを貸したモニカの方も、王国史は好成績を残している。好きこそ物の上手なれという事だろうか。
全体の結果としてはジェイがトップ争いには食い込まなかったものの上位、モニカと明日香が中位といったところで、赤点は無しである。
「まぁ、一年最初の試験で赤点取る方が珍しいけどね」
そう言って笑うのは、エラ。
最初の試験という事で、問題も基礎的なものが多く、赤点を取る者はほとんどいないそうだ。入学前に家で教育を受けていた者も多いので尚更である。
「やべぇ、赤点だーーーっ!!」
色部の大声が教室に響き渡った。
それでも数人、赤点を取る者が現れるのも例年通りの事だそうだ。
「いいもんねー! 俺は実技試験に懸けてるもんねー!!」
そう言って奇妙な動きで踊り出す色部。負け惜しみ……とも言い切れない。
というのもポーラ華族学園は、華族の後継者を育てる学園だ。
しかし、華族といっても全てが領主ではない。むしろ割合としては低い方だろう。
ならば一番割合が高いのは何かというと、いわゆる武官となる騎士達だ。
騎士とは国を、民を守るために戦う者。言うなれば公務員であり、職業軍人である。
学科試験で問われるのは、領主や指揮官に求められるものが多いため、色部のように自分には必要無いと軽視する学生は少なからずいるのは否定できなかった。
「でも、追試は受けないとダメよ~」
エラの一言に、色部の動きがピタリと止まった。
将来領主や指揮官にならないとしても、試験で赤点を取ってはいけないのである。
その騎士を目指す者達が重要視する実技試験は、学科試験の後に行われる。
学科試験で上手くいかなかった鬱憤を晴らさせるために後に行われるという説が有るらしいが、真相は不明である。
実技試験が行われるのは、学園内のグラウンド。こちらも今回は基礎という事で、教師を相手に武芸の腕を見せる事になる。
一年生一学期の期末試験は、試合ではない。それでは対戦相手次第で成績が変わる事になり、公平ではないからだ。
「皆、がんばって~♪」
実際に生徒と相対する教師だけでなく、周りで評価する教師達もいる訳だが、エラはその中に混じって見学している。ポーラも一緒だ。
この試験の結果が、今後の基準になると言われている。
婚活にも影響するため、色部を始めとする相手が決まっていない者達は必死である。
「はぁ……くだらん」
逆にやる気を見せないのはラフィアス。こちらは領主の家を継ぐ立場であるため、騎士のような個人武勇を必要としていない。
ましてや彼は、魔法があれば剣など無意味と考えているタイプなのだから尚更だ。
ちなみに魔法の試験は無い。昔はあったのだが、魔法使いの数が少なくなったため試験自体が廃止されてしまった。彼のやる気の無さは、その辺りにも理由が有りそうだ。
「ま、赤点取らない程度にね」
モニカ、エイダ、シャーロットといった面々は、もう少し気楽だ。
モニカは領主夫人になる身であり、エイダは婿を取る立場。
シャーロットはまだ分からないが、自分が騎士になるのは無理だと自覚していた。
彼女達は、自衛できる程度の腕があれば上々と考えており、騎士を目指している面々と比べれば気楽な立場であった。
「そういえばモニカさん、あなた剣を習ってましたの?」
「えっ、あ~……ジェイの練習に付き合ってちょっと、ね」
本格的に学んでいた訳ではないが、多少は扱えなくもないといったところだ。
ジェイからは、いざという時抵抗しようとか考えるな。すぐに逃げて、助けを呼べと言われていたりする。
「とりあえず、目指せ赤点回避って事で!」
「同志……!」
握手を求めるシャーロット。小柄な彼女もまた、武芸は苦手分野であった。
「楽しみですね、ジェイ!」
一方明日香は、やる気満々組の一人であった。
しかしジェイは、少し困った表情だ。
「あ~……あんまりやり過ぎないようにな」
というのも先日の事件でハッキリしたのだが、龍門将軍に鍛えられた明日香の剣の腕は相当なものがある。並みの騎士では敵わないだろう。
「試験なのだから、手加減してはいけないのでは?」
「手加減するんじゃない。状況に合わせて、戦い方を変えるんだ」
前回の件で、もうひとつ分かった事がある。
明日香は腕が立つが、実戦経験はそれほど多くないという事だ。幕府の姫だったのだから、当然と言えば当然である。
「全力全開!」しか無いと言い換えてもいいだろう。
試験官をする教師も、剣術を担当するだけあって相応の腕を持っているが、こういうのは一線を退いた騎士である事が多い。
彼女の場合は、やり過ぎてしまう可能性が有る。ジェイはそれを心配していた。
「明日香、こういうのはどうだろう。『敵を倒す』じゃなくて、『犯人を取り押さえる』つもりでやってみるんだ」
「……なるほど! つまりは生け捕りですね!」
「そんな感じ、そんな感じ」
「分かりました! 敵に部下にしたいような武将がいると考えればいいんですね!」
「……そんな感じ、かな?」
ジェイは犯人を逮捕する時を想定していたが、そこは誤差である。多分。
「あ、どうしましょう。試験だと投網とか罠は使えませんよね?」
「む、無理だな~……とりあえず、剣だけで無力化できないか試してみようか」
「分かりました! がんばります!」
元気良く返事し、どうやろうかと考え始める明日香。
ふと試験官を見ると、何か言いたげな顔でジェイを見つめていた。
対するジェイは、やれるだけの事はやった。あとは頑張ってくれと、目を逸らして心の中でエールを送るのだった。
今回のタイトルは、「一難」と書いて「しけん」と読みます。