第102話 ポーラ島混浴物語
「――って感じの話になってるみたいよ~」
ジェイ達が宮廷会議の様子を聞いたのは数日後、補習を終えた休憩室での事だった。
エラの解釈により、「先取り新婚生活」の部分が強調されているのはご愛敬である。
「おお! 学園も気が利いてますねっ!」
「い、いいのかな~……そんなの」
立ち上がり、両手を挙げて全身で喜びを露わにする明日香。モニカは照れ臭そうにしながらも、チラチラとジェイに期待の眼差しを向けている。
対するジェイは、その視線を受けつつも複雑そうな面持ちだ。
ある種の特別扱い。そうしなければならない理由は何かと考えていた。
「ジェイ君……」
エラはテーブルの下で周りから見えないように手を握り、その思考を止めた。
エラとしては、この場ではそれを話したくないのだ。ジェイもそれに気付き、その件には触れずに話を進める事にする。
「……一応聞いておくけど、赤点があった場合は?」
「中止かしら?」
頬に指を当ててさらっと答えるエラ。明日香とモニカが頬をひくつかせる。
実際に中止になるかは微妙なところだ。しかし「優秀だから、一年早く長期実習を受けさせる」という理由が使えなくなってしまうので、宮廷は困った事になるだろう。
「が、がんばりましょうモニカ!」
「そうだね、明日香!」
結果として、二人が気合いを入れ直したので、良かったのかもしれない。
そして帰宅後、ジェイはエラから特別扱いの理由を聞き出そうとする。おおよその見当はついていたが、確認のためだ。
そして、明日香とモニカにも知っておいてもらうためでもある。
「じゃあ、お風呂で話しましょうか♪」
「どうしてそうなる?」
すかさずツッコむジェイだったが、エラは笑顔のままだ。
「あまり大ぴらにできる話じゃないのよ~」
そのまま顔を近付け、耳に息を吹き掛けつつそうささやいた。
要するに場所を選ぶ、できれば家臣達にも聞かせたくない話という事だ。
先日なし崩し的に一緒に入浴して以来、ジェイが一人で入浴する事はなくなっていた。
そのため眉をひそめながらも、それならばと承諾。その後ろでモニカが小さく、そして明日香は力強くガッツポーズを取っていた。
なおこの時、ポーラも一緒だったのだが、ならば自分の青い部屋を使えば良いとは指摘しなかった。
「それではジェイ。今日は母が背中を流してあげましょう」
自分も一緒に入るためである。
なお魔神である彼女は、本来入浴を必要としないのは秘密である。
この家の浴場は、魔動湯沸し器が備え付けられたバスルームだ。華族のための宿舎だけあって大きめである。といっても流石に五人で入ると少々手狭ではあるが。
ジェイは腰に、他の面々は身体にバスタオルを巻いて入ると、すし詰めとまではいかないが、お互いに距離が近くなるのは否めない。
「さあ、聞かせてくれ」
早速ジェイはエラから話を聞こうとする。視線は不自然に上を向いている。
対するエラは椅子に腰掛けてバスタオルを外す。色白の背中が露わになった。
「誰かに背中を洗ってもらいながらだったら、気持ち良く話せそうだわ~」
「それじゃ……」
「今日は力強くゴシゴシして欲しいわ~」
ジェイは誰かに任せようとしたが、エラは先回りしてそれを阻止した。
「……いいんだな? 力一杯やっても」
「そう言いつつ、絶対怪我させようとはしないジェイ君が好きよ♪」
「…………」
これは敵わないと、ジェイは反論を諦め、絶妙な力加減でその背中を洗い始めた。
明日香達は掛け湯をしてから湯舟に入り、自分達の順番を待つ。
もちろん湯舟に入る際はバスタオルを外す。マナーである。
「前も洗ってくれるかしら?」
「その前に話! 明日香達もちゃんと聞いててくれ!」
「はいはい。といっても、ジェイ君は予想してると思うけど……」
クスッと笑みを浮かべたエラは、宮廷側の意図を話し始めた。
ポーラ島を守る南天騎士団としては、防衛態勢の見直しと戦力増強を行いたいが、その間に再び幕府の隠密部隊が来ると困るという事。
そのため夏休みの間、ジェイ達には島外に行って欲しい事。
そして、アーマガルトに帰郷するのも危険であり、長期実習の名目で防備が整った所に行かせようという話になった事を伝えた。
「それってジェイを囮にするって事ですか!?」
話を聞き終えたモニカは、湯舟の縁に手を掛け立ち上がりざまに身を乗り出してきた。
「うわっ!?」
「おっと危ない!」
勢いでバランスを崩して倒れ掛けるが、ジェイがその柔らかな身体を受け止める。
「囮の件は気にするな。どの道狙われてる事には変わりないんだ」
「そ、そうなの?」
頬を染めたモニカは、声を上ずらせながらぴゃっと離れて湯舟に鼻まで沈み込んだ。
それを見ていた隣の明日香も、対抗して身を乗り出してきた。
しかしこちらはバランスを保っており、ジェイの目の前で大きく揺れる。
「大丈夫ですか? ジェイがいなくても、お義母様達がいますけど」
「……そこは、まぁ、なんとかな」
ジェイは視線をそらしつつ答えた。
アーマガルト忍軍を動かし、場合によっては東天騎士団に援軍を頼む。
夏休みに帰郷できない以上、ここから手紙で手配する事になるだろう。
「ふむ……戦時体制に移行するという事ですか?」
「そこまでは……」
ポーラの問い掛けに、エラは曖昧に答えた。どこまでやるつもりなのかは、彼女にも分からないのだ。
「まあ、いいでしょう。ここは今の学園のお手並み拝見といきましょう」
しばし天井を見上げて考えていたポーラだったが、やがて湯舟から出てジェイの背後に回った。
ジェイに青い部屋を使えと言わなかった事もそうなのだが、彼女は自分に頼り過ぎるのも良くないと考えていた。
そもそもセルツは、魔神を統べる『暴虐の魔王』を打倒して興った国。それが魔神である自分をいつまでも頼っていて良いのかという話である。
「ジェイ、長期実習に行く時は、私もついて行きますよ」
「……えっ?」
「手は貸しません。しかし、相談には乗ります」
それはそれとして、全く頼られないのも寂しいと思っていたりもする。
そんな彼女が、魂の子と言うべきジェイに甘くなってしまうのは、ある意味当然の事なのかもしれない。
そのまま宣言通りに、彼の背中を洗い始めるポーラ。必要以上に密着して洗う彼女に、ジェイは反応できずに固まるしかなかった。
今回のタイトルの元ネタは、拙作『異世界混浴物語』です。
これしかないかなとw
異世界混浴物語
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