第101話 オークンジオークンジ
「最後の問題は……アレだな」
バルラの呟きに、謁見の間が静まり返った。
最後の問題、それはジェイ達だ。正確には彼等を狙ってまた事件が起きないかである。
幕府の和平反対派も、まだ諦めてはいないだろう。連合王国側も、意思が統一できている訳ではない。幕府を「蛮族の末裔」と蔑む『純血派』の動きも気になるところだ。
極天騎士団の調査、南天騎士団の戦力増強、そして学園の防衛態勢の見直し。
それらが終わるまでに事が起きては困るというのが宮廷の本音であった。
「冷泉、縁談が成立すればそなたは姻族となる。何か意見はあるか?」
バルラが問い掛ける。冷泉を気遣っているようにも見えるが、それだけではない。
こうなると冷泉も立場上、身内だからと甘い事を言えなくなってしまう。バルラも、それを見越して話を振っていた。
「はっ、しからば……一時的に島から離すべきかと」
狙いはジェイ達なのだから、彼等が夏休みを期に島を離れれば、時間を稼げる。
しかし、それには問題もあった。
「つまり、アーマガルトに戻すと?」
「それは危険です!」
国境に面するアーマガルトに彼等がいるとなると、それこそ幕府の和平反対派を呼び込みかねない。声を上げた武者大路は、それを危惧していた。
ジェイならば対処できるかもしれない。しかし、龍門将軍も王国の動向を注視している事を考えると、囮のように扱う訳にはいかないだろう。
連合王国頼るに足らずと判断されたら、それこそ和平どころではなくなるからだ。
「故郷に戻さず、身を隠させるという手も有りますが……」
「それで幕府の隠密部隊が、王国中を探し回ったらどうする!?」
ある宮中伯がおずおずと提案するが、すぐさま別の宮中伯がそれに反論した。
これについては後者が正しい。ジェイ達を島から離れさせる策は、幕府側に彼等の居場所が伝わっていなければ逆効果になりかねない。
それを皮切りに、他の宮中伯も次々に意見を出し始めた。
「やはり何かしらの方法で、どこに行くのかを発表する必要があるでしょう」
「どう発表すると言うのだ!? 幕府を恐れて逃げたと思われかねん!!」
これはどちらも正しい。島を離れる理由次第によっては、幕府を恐れたと思われかねない。それは王国としても看過できなかった。
「……『アーマガルトの守護者』、成績は悪くないのだったな?」
黙って宮中伯達の話し合いを見ていたバルラが、不意に口を開いた。
騒めきがピタリと止み、皆の視線が彼女に集まる。
「入学当初から風騎委員として活躍。尚武会でも良い成績を残し、座学も悪くないと聞いておりますな」
答えたのは冷泉。自慢げに見えるのは、気のせいではあるまい。
同年代の娘を持つ親からしてみれば、彼が基準になって目が肥え過ぎはしないだろうかと心配になるレベルである。
和平に絡む縁談が無ければと、歯噛みしている者もいるかもしれない。
「ならば……長期実習を前倒しにするのはどうか?」
続けて紡がれたその言葉に、広間はざわめいた。
華族学園の実習授業は数多くなるが、その中でも「長期」と付くのはひとつしかない。
それは卒業後の進路に合わせ、主に夏休みなどの長期休暇中に行われる実務研修だ。
たとえば騎士団入りを目指す者はどこかの騎士団に見習い騎士として入り、領主の座を継ぐ者は代官業務を任せられたりする。
当然基礎もできていないような者に実習を受けさせる訳にはいかず、また進路自体縁談の結果が大きく影響する。
そのため長期実習、基本的に二年以降、縁談がまとまった者達から優先して受ける事になっていた。
一年が受けるというのは異例だが……。
「『アーマガルトの守護者』は入学前から父に代わって軍の指揮を執り、実務にも関わっていた……そうだな? 冷泉」
「ハッ、そのように聞いております」
ジェイの場合は縁談によって進路が変わる事は無いし、実務能力は実証済みだ。
代官業務を任せたとしても、そつなくこなして見せるだろう。
「なるほど、一年生で長期実習をやるとなると、PSニュースで取材されても不思議じゃないですね」
愛染が面白そうに言う。彼の言う通り、ニュースとして報道すれば、幕府側にも知らせるという問題はクリアできるだろう。
「国境から遠く、防備も堅い所に行かせれば、隠密の連中も躊躇するでしょうな!」
武者大路が言う通り、ジェイ達を狙う者達への抑止力にもなる。
何より、この理由ならば王国が幕府を恐れて避難させたとはならないだろう。この点については皆あえて口に出しはしなかったが。
「フム……反対は無いようだな」
他の宮中伯からも反対意見は出なかったため、バルラはこの案で進めて行く事にする。
「武者大路、極天から一部隊派遣できるか? 密かに護衛するのだ」
「……できなくはないでしょうな」
憮然とした表情の武者大路。
「陛下、陛下」
「ふゎ……極天に任せる……」
「お任せください!」
すかさず愛染がアルフェルクを起こして命を下してもらう。
彼としては、内心こんな事でわざわざ起こしたくないという思いもあったが、これも王としての権威を守るために必要であるのも事実であった。
「あとは……どこに行かせるかだな。何か意見はあるか?」
バルラのその言葉に、宮中伯達は顔を見合わせる。
どこに行かせるかも重要だが、それだけではない。
彼等があえて口に出していない事がもうひとつあった。
というのもこの長期実習、代官業務の場合は家族、すなわち婚約者も一緒に実習を受ける事になる。言うなれば、領主だけでなくその配偶者の練習でもあるのだ。
そのため代官業務の長期実習は、新婚旅行、いや新婚生活の先取りだと言う者もいたりするぐらいだ。
青春時代は遠い彼方だが、かつて学生であった彼等はその事をよく知っていた。
それ故に、彼等があわよくば子供ができてくれれば和平が確固たるものに……などと考えていたとしても、誰も責める事はできないだろう。
夏だから海が良いのではないか。いや、温泉だ。いっそ娯楽が少ない方が良いのではないだろうかと、彼等は極々真面目な顔で話し合いを進めていくのだった。
今回のタイトルの元ネタは、某人材派遣会社のCMのフレーズ「オー人事オー人事」です。
今回のタイトルはカタカナにしていますが、漢字で書くと「訓辞」です。
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そちらの方もよろしくお願いいたします。