第100話 会議は踊り、そして進む
「さっさと子供作らせて、正式に結婚――」
「今の発言は、議事録に残さなくていい」
冷泉の話を聞き終え、真っ先に口を開いたある宮中伯の言葉を、バルラ太后が遮った。
現実的に考えると間違った事は言っていないのだが、推奨して良いものでもないのだ。
しかし、これにより他の面々は発言を躊躇してしまう。
「まずは侵入経路を掴まねばなりません! 極天にお命じください!」
その沈黙を破ったのは武者大路。玉座でうとうとしているアルフィルクを、真っ直ぐに見ていた。
今の少年王に意見を求めてもまともな答えは返ってこないのだが、極天騎士団は王命で動くという事を示そうとしているのだろう。
言うなれば王の後見人として権勢を振るっているバルラ太后への牽制だ。当の彼女はその事に気付きながらもスルーして触れない。
南天が警察、東天・西天が軍隊だとすれば、極天は公安警察だ。
今回のような件は本領であるため、極天騎士団の名前が出てくるのは当然である。
問題があるとすれば、ポーラ島は南天騎士団の管轄だという事。
これまでは極天が出張るような事件は内都で起きていたため問題にはならなかったが、それがジェイ達の縁談によって状況が変わってきた。
言うなれば、南天の縄張りに極天が踏み込むという事となる。ここは宮廷でその是非を判断し、王命を下した方がスムーズに話が進むだろう。
「武者大路、南天は動けんのか?」
「戦力が足りぬのです」
挑発的な視線を返す武者大路。
ポーラ島は南天騎士団の管轄であるため、まずはそちらを確認する。しかし、今の南天騎士団では幕府の隠密部隊を相手どるには戦力不足との事だ。
国同士の問題であるため、王家直属の極天騎士団が出るのは筋が通る。
南天騎士団、この場合は全ての騎士団のトップである武者大路が反対しないと言うのであれば問題無いだろう。
「……では質問を変えよう。戦力増強は可能なのか?」
「それは……」
バルラの問い掛けに、武者大路は言葉を詰まらせた。
南天騎士団が対応できればそれに越した事はない。しかし、一言で騎士といっても様々なのだ。
前述の通り南天騎士団は治安を守る警察。侵入者を見付ける事は本領だが、今回の事件のように侵入したのが敵国の軍人となると手に負えない。
ハッキリと言ってしまえば専門分野が異なる。
だからと言って無理ですとは言えないのが騎士団ではあるが。
「武者大路、自由騎士から腕の立つ者を採用するのはいかんのか?」
「いや、それはいかんぞ冷泉。ここは東天から招聘すべきだ」
冷泉が提案するも、武者大路はそれを遮って別案を出した。
これにはすぐさま冷泉も反論する。
「何を言うか、武者大路。幕府がどう動くか分からぬ今この時に、東天の腕利きを引き抜けと申すか?」
「それこそ腕利きの自由騎士で補えばよろしい。戦場ならば、あやつらも役に立とう」
腕が立つ「だけ」の自由騎士ではいけない。その意見に冷泉は首を傾げた。
そこに玉座の傍に控えていた愛染が助け船を出す。
「南天は学生達を相手にするため、相応の礼儀が求められます。東天の騎士ならば、最低限は備わっているでしょうね」
学生と一言でいっても、連合王国に名を連ねる他の王家の子女が混じっている事があるのがポーラ華族学園であり、ポーラ島という場所だ。
あと数年もすれば、アルフィルクだって入学する事になるだろう。
そんな場所に傭兵まがいの自由騎士が来ればどうなるか、という話である。
武者大路も我が意を得たりと言わんばかりに、うんうんと頷いている。
かくいう冷泉も、自由騎士を知らない訳ではない。ただ、彼に会えるという時点で上澄みである事を知らなかった。
「……そこまでか?」
「腕利きなのに自由騎士のままでいるのには、それ相応の理由が有る……かもしれないという事ですよ、宰相」
愛染はにっこり微笑んで答えた。
「ふむ……ここは武者大路の意見を採用すべきか」
「異議無し」
バルラの言葉に、真っ先に賛成の意を示したのは冷泉。餅は餅屋。二人の騎士団長の意見に納得したようだ。他に反対する者もいない。
「ならば、至急東天から対隠密に秀でた者を送らせよう。侵入経路については……」
バルラが愛染にチラリと視線を向けると、彼はアルフィルクを優しく起こした。
目を覚ました少年王は、眠そうに目をこすりつつ、愛染に促されて命を下す。
「う、うん……極天に頼む」
「お任せください!」
極天騎士団は王の命でのみ動く。その建前を崩さないための措置であった。
それからも話し合いは進んで行く。
まず今回の件について、秘密裡に幕府に報せる事となった。
大上段に構えて抗議すると大事になりかねない。かと言って黙っていては甘く見られかねない。それ故に、秘密裡に接触するのだ。
抗議とまではいかないが、和平反対派をどうにかするよう求める事になるだろう。
この件を任せられたのは冷泉宰相。今回の場合は、縁談を通じて幕府に伝手があるというのが大きい。
続けて、潜入を許した学園。南天騎士団でも手に負えなかったものに対処しろというのも酷な話だが、何の処分も下さないという訳にはいかない。
それだけ華族学園というのは責任が重いのだ。セルツ以外の王国華族の子女も預かっているのだから当然である。
だが処分だけでなく、改善策も並行して進めていかねばならないだろう。
期末試験が終われば夏休みに入る。その間に何か手を打たねばなるまい。
忙しくなりそうだ。バルラは思わずため息をつく。宮廷伯達も心は同じであった。
いつの間にか夜も更けていた。玉座ではアルフィルクが完全に寝入っている。まだ幼いのだ、無理も無い。
その小さな姿を見つめるバルラの内心は複雑だ。
とにかく今は、自分がこの国を支えるしかない。バルラはそう自分を奮い立たせ、会議を進めるべく皆に檄を飛ばすのだった。
今回のタイトルの元ネタは「会議は踊る、されど進まず」という、ウィーン会議を風刺した言葉です。
舞踏会などをやる暇も無いので、踊ってはいませんが。