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第9話 南天の剣

「それがどうかしたっスか? 悪趣味っスね~」

 ジェイが持つ短剣を覗き込んで、小熊が笑った。

 家臣によると、やはり鞘は無かったようだ。

「先日、レストランで立てこもり事件を起こした犯人も、同じ物を持ってたんですよ」

「マジっすか!? 聞いてないっスよ!?」

 まだ調べられていないのか、それとも何かあって隠されているのか。

 一度確認した方が良さそうだと考えたジェイは、抜き身の短剣を布で包んで持ち、小熊と共に南天騎士団本部に向かう。

「本部に戻れば治療もタダっスから、早く戻るっス!」

 世知辛い小熊の言葉は、聞かなかった事にして。


 南天騎士団本部は学生街と商店街の北側、島と本土をつなぐ橋の近くにあった。

 いざという時は防衛施設としても使えるよう補強された頑丈そうな建物だ。

 中に入ると、すぐに数人の南天騎士に出迎えられた。小熊は捕らえた男の怪我の具合と応急手当だけしている事を告げると、すぐに彼等に男を引き渡す。

 小熊は治療の前に騎士団長に報告しに行くとの事なので、ジェイもそれに同行する。

 その途中の廊下で細面で長身、キツネのような目をした騎士と出会った。

「見てましたよ、小熊さん。手柄を上げたそうですね」

「は、はい! 狐崎(こざき)隊長! ありがとうございまっス!」

「学生騎士の手を借りねばならず者も捕らえられないとは……まぁ~、情けないっ!」

 やや甲高い神経質な声で、上げたと思ったらすぐに落としてきた。

「いいですか、小熊さん! 騎士たるもの……」

「何やら騒がしいが、何かあったのかね?」

 そのままヒステリックな説教が始まるかと思った時、背後からの声がそれを遮った。

 狐崎は邪魔をしたのは誰かと勢いよく振り返るが、その直後「か、狼谷(かみや)団長!」と慌てて廊下の端に寄って深々と頭を下げる。

 そこに立っていたのは額が広めで白髪交じりの初老の男。優し気な雰囲気だが、その眼差しは知性の鋭さが感じられる。彼こそがポーラ島の治安を担う、南天騎士団の団長だ。

 狼谷は、狐崎を一瞥してその前を通り過ぎ、ジェイの前に立った。

「君はもしや、レストランの事件を解決してくれた……?」

「はい、ジェイナス=昴=アーマガルトです」

「そうか、君がジェイナスか。流石はレイの孫だな」

 レイというのは、ジェイの祖父レイモンドの事だ。ジェイは初対面であったが、二人は親しいようだ。

 明日香は直感で彼が只者ではないと感じているようで、少々緊張気味である。

「ふむ……まずは君達の話から聞こうか。小熊君は治療を受けてから報告に来たまえ」

「りょ、了解っス!!」

 狼谷に案内されて、ジェイ達は団長室に入る。地味だが、落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 ジェイと明日香は促されてソファに並んで座り、家臣達はその背後に控える。

 腰を下ろした瞬間、二人は座り心地の良さに驚き、明日香は思わず「うわぁ……」と感嘆の声を漏らす。一見地味だが、質の良い物が揃えられているようだ。

 この部屋の主は二人の様子に苦笑しつつ、執務机の椅子ではなくテーブルを挟んで向かいのソファに腰を下ろした。

「まずは、前回に引き続き部下を助けてくれた事にお礼を言っておこう。ありがとう」

「いえ、これも騎士……風騎委員の務めですから」

「ふむ、こういうやり取りも慣れたものだな。東天か?」

 東天騎士団。王国の東、主にダイン幕府から王国を守る騎士団である。

 ジェイは三年前に龍門将軍の親征から王国を守って以来、何度も幕府から王国を守ってきた。東天騎士団を助けた事も一度や二度ではない。

 ジェイこそが国境防衛の要というのは、冗談でも誇張でも無かった。

「さて、今日は直接こちらに来たという事は、何かあったのかね?」

 前回は現場の騎士に任せたのに、今回は直接騎士団本部まで出向いてきた。狼谷はそれで何かあったと判断して、ジェイ達を団長室に招いたのだろう。

「先程小熊卿と協力して捕らえた男が、これを持っていました……ご存知ですよね?」

 そう言ってジェイは、テーブルに例の短剣を置いた。狼谷の眉がピクリと動く。

「先日のレストランでの一件で、これと同じ短剣を調べていただけるようお願いしていましたが、あちらはどうなりましたか?」

「それなら、ポーラの桐本先生に鑑定をお願いしているところだ」

「桐本……歴史の先生、ですよね?」

 明日香の方が覚えていた。狼谷はコクリと頷く。

 狼谷曰くこと鑑定に関しては王国屈指、ポーラ島では間違いなく一番の人物らしい。

「……これ、先生のところから盗まれたなんて事は?」

「それならこちらに連絡が来ているはずだが……確認をする必要はあるだろうな」

 ここで狼谷は、テーブルの上の短剣の悪趣味な柄を指でトントンと叩きつつ、意味ありげにジェイと明日香の顔を見る。

「これは君達が持ち込んだ件だ。捜査の優先権は君達にある訳だが……どうするかね?」

「よろしいので?」

「そのつもりで、私の所まで手放さずに持ってきたのだろう?」

 そう言って狼谷は笑い、ジェイも釣られて笑みを浮かべた。図星である。

 この曰く有りげな短剣。二本目が目の前に現れた時、ジェイは何か因縁めいたものを感じてしまった。この剣、いや、この件は、これからも自分に関わってくると。

 こうなると彼の行動は早い。向こうから来るのを待つのではなく、自分から動く。

 エラから聞いた「捜査優先権」の話を思い出し、南天騎士団に直接短剣を持ち込んだのは狼谷の指摘通りだった。

「分かりました。引き受けましょう」

 だからジェイは、迷う事なく承諾の返事をした。

「では、ちょっと待っていなさい」

 狼谷は執務机に向かい、書類を作成し始める。

「……ああ、ひとつ確認を。これと同じ短剣、他にも見つかってますか?」

「いや、この二本だけだな。三本目が無いとは言い切れんが」

「そうですか……」

 それが、両方ジェイの前に現れた。二度ある事は三度ある。三度目の正直。さて、これはどう受け止めるべきか。

 ジェイがそんな事を考えていると、治療を終えた小熊が団長室に入ってきた。

 狼谷の前に立ち大きな声で報告するが、新しい情報は捕まえた男が会話もできない状態だという事ぐらいだった。先日ジェイが捕まえたボーと同じ状態である。

 一通り報告を聞き終えた狼谷は、ジェイと明日香を手招きする。

 ジェイが小熊の隣に、明日香がその隣に立つと、狼谷はジェイに「捜査委任状」と「鑑定依頼書」を手渡してきた。

「ジェイナス君、君に短剣の出所の捜査を要請する」

「承ります」

「小熊君。南天からの援軍は君だ。彼と協力して捜査を進めてくれたまえ」

「えっ? ……あっ、ハイっス! お任せください!!」

 不意に振られて一瞬呆気に取られた小熊だったが、すぐに大きな声で承諾。ジェイと握手をかわして協力を約束する。

「それじゃ、早速行くっスか?」

「いや、流石にもう帰ってるんじゃないですかね……?」

 男を捕らえたのが夕暮れ時、外は既に夜となっていた。

 しかし、小熊は初めて騎士団長に頼られたと張り切りまくって止まりそうにない。

「桐本先生に届けるのは、明日でいいよ。小熊君は後で合流しなさい」

 結局狼谷の提案により、ひとまず鑑定依頼だけはジェイ達だけで先に出しておき、現時点での情報を得てから放課後に小熊と合流する事になった。

 懐にしまい込む前に、二枚の書類に間違いは無いか確認する。

 その時、ジェイはある事に気付いた。

「ん? タデウス……狼谷……オーカー!?」

 騎士団長の署名の部分、そこには最近知り合った友人と同じ名前が書かれていた。

「どうかしたかね?」

「あ、あの、このオーカーって……」

 セルツ式の名前表記の場合、名前=家名=氏名(うじめい)となる。

 つまり同じオーカー氏の山吹家と狼谷家、二人は親戚という事だ。

「ああ、オードを知っているのか。あいつは私の甥だ」

「オードのおじさんだったんですか!?」

 こんなところでクラスメイトの親戚と出会うとは。しかも、南天騎士団団長とは。

 世間というものは、広いようで意外と狭いものらしい。

 今回のタイトルの元ネタは、原哲夫先生の『北斗の拳』……ではなく、その前日譚『蒼天の拳』です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そこでポーラでは週三日で~残りの四日で~ に…日日月火水木金金体制(汗 学生に寧日無し、かな?
[気になる点] 二本目が出てきたか。 これは無差別にばら撒いているのか 意図的に相手を選んでいるのか。 [一言] 愛され系の上限突破してんな明日香w そしてやはりモニカはオタカルチャー系女子の 可能…
2021/01/17 20:42 退会済み
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