序章
本日より新連載スタートです。
「毎週水曜・日曜の週2回更新」を目指しております。
春。それは数多の生命が冬の眠りから目覚め、新たなるドラマが生み出される季節。
学生、特に新入生にとっては、大きく変わる環境に不安と、それ以上に大きな期待で胸ふくらませる季節でもある。
セルツ連合王国の王都カムート。その中枢である内都の南に浮かぶポーラ島。
そこは島全体が『ポーラ華族学園』を中心とする学園都市であり、王国華族の子女達が日夜修練に励んでいる。
この学園には、華族を育成する学園ならではの少々変わった『委員』が存在していた。
石造りの店が立ち並ぶ商店街。その喧騒を、荒々しい怒声が切り裂いた。
「どけどけッ! ブッ殺されてえのか!?」
石畳の大きな通りを、人相の悪い五人組が道行く客達を押しのけて駆けていく。
「御用だ! 御用だ!」
後を追うのは四人。チェインメイルを身に着けた家臣二人が先行している。
その後に続くのは浅葱色のロングコートを羽織る二人の男女。
「『風騎委員』である!」
「逃がしませんよっ!」
短めの黒髪をナチュラルに真ん中で分けた少年。名はジェイナス=昴=アーマガルト。
もう一人は太陽のようなオレンジ色の長い髪をした少女、龍門伊織明日香だ。
通行人達は自分から五人組を避けているようで、彼等の行く手を阻むものは無い。
このままでは追い付くのに時間が掛かり、その前に追い詰められた五人組が邪魔になった通行人を攻撃するかもしれない。
その時、ジェイナスの視界の端に屋台が飛び込んで来た。これぞ好機と、俊敏な肉食獣の如き動きで屋台の屋根から立ち並ぶ商店の屋根へと飛び移る。
屋根の上を駆け、追い抜き、そのまま勢いで屋根から跳躍して飛び込んだ。通行人が避けて空いた空間、五人組の目の前へと。
空から降ってきたかのように突然現れ、夕日を背に立ちはだかるその姿。五人組は思わずたたらを踏んで足を止めた。
その隙に明日香が追い付いた。前方に一人、後方に三人の挟み撃ちの形だ。しかし、前方の方はよく見ると細身で、まだ子供っぽさが抜けきっていない顔立ちの少年である。
こちらならば切り抜けられる。そう考えた五人組は雄叫びを上げ、ショートソードを抜いて一斉にジェイナスに襲い掛かった。
「……『踏』……」
しかし、ジェイナスの口が『力ある言葉』を紡いだ瞬間、今にも斬りつけようとしていた二人の動きがピタリと止まる。
更に後ろの一人がぶつかって止まり、その隙を逃さず明日香達が三人を取り押さえた。
「チッ! こっちだ!」
残りの二人は形勢不利と見て転進、レンガ造りの店の脇から路地裏へと身を躍らせる。
「明日香、ここは任せた!」
「はいっ!」
ジェイナスはその場を明日香に任せ、二人の後を追って路地裏に飛び込んだ。
入り組んだ細い路地を、あちこち身体をぶつけながら右へ左へとひた走る二人。
時折後ろを振り返り追っ手がいないか確かめるが、それらしい姿は無い。
扉が開いたままの倉庫に迷う事なく飛び込み、二人掛かりで重い扉を閉めた。
扉が完全に閉まり切ると、中は高い位置の窓から入ってくる光しかなく薄暗い。
しかし、追っ手は完全に撒いていた。ここに入るところは見られていない。
逃げ切った。安堵した二人は、閉じた扉にもたれ掛かるようにへたり込む。
「や、やりましたね、兄貴……!」
「へっ、逃げ切ったな! しょせん学生騎士の風騎委員なんてこんなもんよ!」
あの妙な少年、ジェイナスがいなければ今日も五人で逃げ込めたはずなのだが、今の二人にとってはどうでも良かった。自分達が助かった事の方が大事だ。
「……なるほど。商家の倉庫、扉が閉まっているとなると証拠も無しには調べにくいな」
その時、背後から静かな声が聞こえて来た。今一番聞きたくなかったあの少年の声が。
二人が弾かれたように振り返ると、荷物の陰の暗がりからジェイナスが姿を現した。
「て、てめえ! なんでここに!? 一体どこから入りやがった!?」
二人は懐から取り出したショートソードを突きつけ凄むが、この場所がバレるとは思ってもいなかったためか、その切っ先は震えている。
顔も知られているため、無関係の商家の使用人だと誤魔化す事もできない。
切り抜けるにはやるしかない。二人は再び雄叫びを上げてジェイナスに襲い掛かる。
「う、うわあぁぁぁッ!!」
だが、ジェイナスは慌てる事なく剣を一閃。兄貴と呼ばれた男の手からショートソードを弾き飛ばし、返す刀でもう一人のショートソードも叩き落す。
「おとなしくお縄につけ!」
そして間髪を入れずに追撃を加えて二人を昏倒させ、手早く二人を縛り上げた。
その後ジェイナスは、捕らえた二人を連れて明日香達と合流した。そちらも無事に三人を捕らえており、これにて一件落着である。
石畳の大通りを悠々と進むジェイナス達。
「よっ、風騎委員!」
「見直したぜ、学生騎士!」
五人組を連行するその姿に、商店街の人達や学生達が声を投げ掛けてくる。
ポーラの学生服を着た、短めのポニーテールの少女が近付いてきた。
「ご覧ください! 入学して間もない新入生風騎委員が、またもややってくれました!」
カメラを持ったスタッフを連れ、マイクを片手に実況している。
二人は腕には腕章を付けている。どうやらポーラの放送部員のようだ。
彼女の声で更に注目を集め、更に見物客が集まってきた。そして今年の風騎委員はやりそうだ、将来が楽しみだと口々に噂している。なんとも賑やかである。
そんな言葉を聞き流しながらジェイナスが空を見上げると、雲一つなく晴れ渡り、透き通るような青い空がどこまでも続いていた。
時は春。若き華族達が青春の日々を過ごすこの島で、今新たな物語が始まる。
おかげさまで前作『異世界混浴物語』は、無事完結いたしました。
新作『華族学園の風騎委員 流れ星は影で斬る』も、よろしくお願いいたします。