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つまらない人生

作者: 2221

1.


──あの中庭の木にくっついてる、今にもとれ落ちそうで情けない枯れ葉がどうなろうが、あたしの知ったことじゃあないし、あたしの行く末に関わるわけでもない。そんなもんに生死ゆだねてたまるか。


「中坊のくせに、おーへんりーなんて知ってんのか。物知りだな。」

「オーヘンリーって誰だよ。知らないよ、そんなやつ。」

「作者だよ、『最後の一葉』の。…ん、それもわからんか。その病人が自分をツタの葉になぞらえる話のタイトル。」

「あっそ。」(たぶん読まねーな。)


そっけない返事をした方の少女は、「中坊」ではなく「高校生」なのだが、始めにそれを訂正した際に「こんなとこでのんべんだらりと暮らしてんだったらどっちもかわんねえよ。」と言われてしまった。

以来、直す素振りを全く見せないので少女の方が諦めてしまった。


「まあ、ああいう病人にはなれんね、絶対。」

そう言って彼がふーっと息を吐くと同時に白い煙もゆらゆら揺れ昇る。右手には火のついたそれを持っている。

「確かに。あんたはそういうのじゃないね。」

少女はもう彼のタバコに慣れていた。

「お前もだぞ。」

少女が反論しようとする前に彼が続ける。

「一日中なにするでもなくぼーっとしてるだけじゃねえか。」

少女は押し黙ってしまった。口元をぐっと結んで、沸く苦虫を噛み潰している。

嫌味を放った爺はタバコを持った右手でポリポリと頭をかいた。



2.


理解できるようなそう思い込んでるだけのような、そういう難易度の本を読むといいらしい。

──そう思うときってだいたい内容つかめてないよな……。

どこで知ったかも忘れた俗説に否定的なスタンスでありながら、彼女はそういう読み方をするのが好きで、今も病室で読み進めていた。

日本語訳されたタイトルがいかにもな古典的SF作品を、入院する前に数冊買ったものの読むことなく放っておいた。入院を機に手を伸ばしてみることにした。

爺は今日も煙をくゆらせている。この病院のほとんどの病室に共通の間取りで、病人たちを区切るカーテンのすき間から立ち上るのでわかる。


爺はあれから考え込むことが多かった。彼にしては珍しく口数もめっきり減っていた。

その彼が以前とは少し変わったトーンで話しかけてきたことを少女は察してとれた。

「お前さんよぉ──」

あまり良い予感はしない。第一、普通は病室でタバコを吸うような話し相手なんて望んでもほしくない。

「寝る前に『二度と目が覚めませんように』とか起きたときにちょっと『まだ生きてる』ってがっかりしたりしてねえか。」

──してる。図星だ。

「……ま、そういう前提で話すぞ。」



3.


と言ってあの人は話始めた。曰く「自殺するだけの根性もないなら生きるしかない。諦めろ。」「空を飛ぶような生き方なんざそういうやつにしかできねえし地べた虫のように這いりまわるしかない。諦めろ。」「俺だってそんなんだ。そんなこんなでもうクソジジイだ。お前もそうなれ。諦めて生きろ。」とかそんな感じの話だった。細かいところは忘れた。

もう昔日の話だ。現在“普通に”日々を過ごすあたしにとっては、とうにありがたみの薄れた教訓であった。

しかしあの病室があたしの人生において転機であったことは間違いなく、世の中の事物半分以上に拒否反応を覚え、煮え切らないものを腹のうちに常に抱えていたクソガキにはああいった説法はかえって効き目があったのだ。


一期一会とはよくいうものであのジイ様には退院以後それきりだった。

年を重ね、変わらず本を読み、社会適合者のフリをして、独り立ちして生きていけるようにまではなれた。

気づけば煙草税に愚痴を垂れ、ヤニによる本棚の汚れに舌打ちするようになっていた。吸いたくて吸ってんだけどさ。

SFは古くも新しきも嗜む自信がついたが、オー・ヘンリーは薄い短編集のその半分で読むのをやめた。


やはり中庭の葉が落ちようが落ちまいが関係のないまま生きて、着実に死んでいく。

ただまあ、運が良ければ今日は死なない。死ぬようななにかがあってほしいとか、そういうことは願わない。


ついでだ。

今のあたしを見たらあのジイ様はなんて言うんだろうな。

たまにはそういうこと考えたっていい。

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