ふうけい その2
上流に籠ごとぶどうを浸し、その下流に足を突っ込んで冷やす、という夏っぽいことをしながら、俺とメイドはお互い言葉も掛けずに空を眺めた。
無言だったのは、別に前みたいに居心地の悪さが原因ではなく、ただ思ったよりもせせらぎの音が気持ちよくて、そのまま芝生に寝転がるのが気持ち良かったからであって、それを邪魔しないように、と思ったか定かではないが、メイドも横でじっと空を眺めていたからだ。
風は吹き抜けるが、空に雲はない。
青色がずっと遥か遠くまで続いているのみ。
だから、俺は世界の果てやその足元に広がる青から察するに、この世界が空を飛ぶ島みたいなものだと想像している。
飛行機に乗ったときのようなふわふわ感はないが、島が浮くとこんなもんなんだろうか。
「ぶどう、冷えてきましたよ」
無意味な考察は、俺の視線と青の間にひょいと顔を出したメイドの行動で霧散した。
起き上がって、メイドからぶどうを受け取ってから口に運ぶ。
「……美味いな」
「そうですか。普段、小さい方しか選ばれませんでしたので、こちらはお嫌いなのかと」
「いや、嫌いではないんだが。種が面倒なだけでな」
「大きな種無しぶどうがお好きと」
小さく首を傾げてきたメイド。
「いや……2択にされると難しいが、どちらか選べと言われたら、やっぱり小さいぶどうの方が好きだな」
「そうですか、承知しました。では――」
「ちょっと待て」
大きい粒の方のぶどうを抱え、立ち上がったメイドの腕を、俺は慌てて掴んだ。
俺自身、珍しくやや乱暴にその腕を掴んだせいか、珍しく驚愕を少しだけ混ぜ込んだ顔が見えた。
「あ、いや、なんだ。そのぶどうも嫌いなわけではないからな。お前のことだから小さい方のぶどうを取りに行こうとしたんだろうが、今はこれを食べたい。そういう気分だ」
「そういう気分、ですか」
「ああ。というより、好きなものでも、いつも同じだと飽きないか?」
俺の言葉に硬直するメイド。
「飽きる……ですか」
「そういうの、無いか?」
「……分かりません」
少しだけ腑に落ちないような表情だったけれど、再び座り直したメイドは再びぶどうを勧めてきた。
「ああ、ありがとう」
そう言って、皮を剥いて渡された俺はぶどうを頬張る。
そして、もごもごとした後、口の中で種を分離した俺は、口の中の種の居場所をどうしようか悩……む暇すら与えずに、すっとメイドが皿を差し出したのを見て、
「ぺっ」
と種を出す。
……世話を焼かれているというよりは、介護されていると言っていいレベルだが、俺が種を苦手としているということからすぐにこうやって補助してくれるのは非常に助かる。
「そういえば」
「何でしょう」
ぶどうを更に1粒受け取ってから、俺が声を掛けると即座に返事があった。
「お前は、俺と2人で嫌じゃないか?」
「……」
メイドは黙りこくった。
やや……いや、かなりデリカシーに欠ける質問だとは思うし「2人きりとか最悪です」とか言われたら、俺も立ち直れない気はする。
ただ、嫌なのであれば無理にこうやって世話を焼いてもらう必要はない。
少し距離を置いて、たまに顔を合わせるくらいでも丁度良いだろう。
「たった2人で、それも相手は男だ。普通だったら、嫌だろ」
「……」
まだ答えない。
ま、まさか!
「お前、俺のこと好き――」
「それはないです」
真顔で即答された。
……それはそれで傷つくわ!
「こほん、まあ……それは冗談だが」
「まあ、私も冗談ですが」
「え゛っ」
お、おい……!?
「さあ、どうでしょうか」
やっぱり真顔でそう返してくるから、俺は目を白黒させながらメイドを見る。
「……ま、まあ、なんだ。どちらにしてもだ。前の世界……の記憶がお前にあるのかは知らんが、お前だって家族に会いたいとか、そういう気持ちがあったりするだろ」
「ありません」
即答の追い打ち。
「……」
と言いつつ?
「待たなくても、それ以上の言葉は出てきません」
「マジか」
前世というか、以前の記憶が残っているのか。
名前を教えない、というのも実は思わせぶりな態度なのかと思っていたが、どうやら違いそうだな。
……いや、待てよ?
更にこれがブラフということも……?
ぐぬぬ……分からん。
「眉間にシワを寄せて食べても美味しくないですよ」
そう言って、ぶどうを差し出すメイド。
「……まあ、そうだな」
上手いこと流された気がするが、まあいいか。




