ふうけい その1
「後、人参の皮むきを3本お願いします」
「うぇへぇ……」
淡々と宣ったメイドに、俺は思わず心の声が漏れ出した。
このピーラーとやらが思ったよりも便利だとは分かったが、料理をするってのは存外大変なんだな……。
「それが終わったら、休憩にしましょう」
「うぇーい……」
あの日、メイドに「見栄を張らせて欲しい」などカッコつけて言ったことを今更ながら後悔していた。
確かに、協力したいという気持ちも、この見栄を張りたい気持ちも嘘ではないが、それにしたって料理の準備に屋敷の掃除。
そして――
「ああ、そういえば食後のデザートが足りませんね。それが終わったら、休憩前にぶどうを2房ほど取ってきてください」
たまに入る収穫作業。
「おーぅ……」
同意と観念の両方を兼ね備えた声で返事すると、べりべりとピーラーで人参の皮を剥いていく。
実際は皮むきの後に包丁で切って鍋に入れて煮込まなければならないのだが、
「まだ包丁は早いです」
などと言われた。
俺は小学生か、と言い返したかったが、下手にそう言い返すとまた仕事が増えそうだったので、ひとまずは反論の言葉を飲み込んだ。
しかし、料理については準備の準備、つまり具材調達と皮むき、調味料の準備くらいしかしていないし、後は後片付けくらいしかしていないはずだが、結構大変なんだな、これ。
準備を手伝うようになってから、料理の品数も若干増えているような気がするし、折角手伝わせているのだから、色々手伝わせようというスパルタ癖がむっくりと成長してきているんじゃなかろうか。
皮むき終了後に外へ出て、収穫作業のために畑の隣りにある果樹園へ。
その道すがら。
「暇じゃなくなったのは良いが……毎日これは大変だな」
……しかし、こちらから言った手前、撤回するわけにもいかない。
というか、たまに疲れた様子を見せる度に、
「前の言葉、取り消しますか?」
なんて雪原みたいな単調さで言われたら、こっちだって引き下がるわけにはいかない。
やってやろうじゃねーか……!
「いや、まあ……言うほどまだ働いてないんだが」
俺はぶどうの房を見上げながら独り言ちる。
畑の真横にあるここも、1種につき本数は少ないながらもりんごやみかん、ぶどうなど幅広い種類の木が植えてあるが、ぶどうが元気に結実していて、りんごはまだ赤くないから、多分今は夏頃なんだろうと思っている。
どうやら、太陽や月はなくとも、気温や湿度などから察するに、季節の概念は俺の知っている範囲と近い形で存在しているようだ。
そういえば、夜中も少しずつ暖かく……というより暑くなってきているしな。
「プールとかがあればいいんだが……」
あの青に惹かれて落ちかけたあの日以降、一時期監視役付きの散歩が続いていたが、危険なことはしないとようやく分かってもらえたのか、最近はまた1人で出歩くことも可能になってきた。
というわけで、館の内外を色々調査してみたが、あまりそういう避暑的なことが可能な場所は、周囲に存在する森というべきか、林というべきか、そんな木々の合間に隠れるくらいしかなさそうだった。
後は、強いて言えば屋敷の敷地中に小川と言うにも小さい川が流れていて、ちんまい子供であれば水遊びも出来そうだとは思うが、流石にこの歳でこのサイズの川で遊ぶのはちょっと無理があるな。
いや、この歳でと言いながら、自分の年齢が幾つなのかは良く知らないが、見た目的なアレで考えるとな。
「泳げる大きさと言えば、あの風呂場くらいか……」
幼少期に風呂で泳ぐなと注意されたような記憶が薄ぼんやりとあるが、2人しか存在しない世界ではそんなことを考えていても詮無いことだろう。
閑話休題。
ぶどうの品種は良く分からないが、ここに生っているぶどうの中では粒が大きい方よりも小さい方が好きだ。
小さい方が甘い気がするからというのもあるが、それより何より種が無いから食べやすいという理由が大きい。
だから、いつも小さい方ばかり持っていくのだが。
「……たまには大きい方を持っていくか」
いつも俺の趣味に付き合わせているし、たまには別のものも食べたかろう。
鋏で切り取った2房を小さな籠に入れる。
結構、綺麗なものを選んでみたが、見れば見るほど美味しそうに見えてくる。
……ちょっとだけ味見してみたい。
左右を確認。
よし、あいつは居ないな。
別段、悪いことをしている訳ではないはずだが、元々は今晩の夕食後のデザートとして準備する予定だったものなのだから、勝手に食べるのはよろしくない、はず。
だから、鋏で切り取った側の1粒だけを千切って、こっそりと口に運びかけた俺は、
「摘み食いですか」
という声が後ろから掛かったことで、ぽーい! と上空にぶどう1粒と、折角集めた籠ごとぶどうの房までも投げ捨ててしまい、俺を驚かせた犯人が、その両方を無事キャッチしていた。
「……すまん」
「何故謝るのですか」
悲劇的な結果を免れたぶどうを両手に持って、何を考えているのか分からないような目のメイドが俺に尋ねる。
「いや、ほら……なんだ。夕食のデザートだったんだろ」
「別に夕食以外に食べてはいけないというルールがあるわけではないです」
「だが、摘み食いって……」
「咎めているのではありません。摘み食いしたくなるほど、お腹が減っていたのであれば、食事量を増やす必要があるかと思ったからです。いえ、それともデザートをもう少し多めにしましょうか」
淡々と、本当に淡々と文字を読み上げるような声で言ったメイドは、
「何にせよ、夕食のデザートは別にして、暑いですし……折角ですからそこの小川で冷やして食べましょうか」
などと、にこりとも笑わずに言った。




